筋肉至上主義が生む物
雅隆は死後、異世界に来た。
よく異世界転生系の漫画や小説で飽きるほど見ているあのパターンだ。
正直、ありえなさ過ぎて嫌気がさしていた。
しかし、俺は筋肉が全ての世界に転生した。
「サイコーだ。この世界は俺のためにある」
俺はつぶやく。
「あんたね。さすがにおかしすぎるのよ。こんな世界」
隣ではメグミが冷静にしている。しかし、その目の奥に僅かに輝きがあることを俺は見逃さない。
彼女も実は楽しんでいるのだ。
「そこのマッチョカップル!話がある!」
俺とメグミに話しかけてきたのはパツパツのワイシャツを着た警官のような人物だった。
身長は2m近くあるだろうか、黒人と思われるありえないレベルのマッチョだった。
「なんですか!私たちカップルじゃないですけど」
メグミはちょっと怒って言った。
「すまないね。トレーニングパートナーだったかな。そんな事より、俺は筋肉警察のロニーだ。さっき君たちと話していた男について聞きたい」
「なんですか、あのマッチョ兄さんがなにか?」
俺は聞きかえす。
「違和感が無かったか。低すぎる声、荒れた肌、不安定な情緒、何か思いついたら教えてくれ」
「どゆこと?」
俺は質問の意味が分からなかった。というより、この筋肉警察の筋肉を見つめていた。
「それって、ステロイドの副作用ってことですか」
わかってるメグミがつぶやく。
「ああ、そういう事だ。さっきの男はシャープ街から違法薬物を購入しているというタレコミがあった」
「あの兄ちゃんユーザーなんすか!確かに声が低いというか、ありえない筋肉量ではありましたけど…」
俺は驚きを隠せない。
「あの、気になる事があるんですが、シャープ街ってなんですか」
「なんだ姉ちゃん。トレーニングのし過ぎで世間知らずなのか。まあ教えてやるよ。国民の義務であるトレーニングをせずに、筋肉証明書も持たずに現政権に反抗してる奴らの街さ、何度か調査に言った事があるが、酷い有様だったよ」
シャープ街。この世界では筋肉がない者が悪なのである。そんな恐ろしい現実が雅隆に突きつけられた。
「二人共分かったか。俺はさっきの男を追う。くれぐれも、違法薬物とオーバーワークに気をつけろよ!」
黒人の筋肉警察は体重からは想像出来ない程の軽やかなフォームで男のランニングして行った方向に走り出した。
「シャープ街って、筋肉がない人、トレーニングをしてない人が差別されてるのね」
メグミはなんだか悲しそうに呟く。
「筋トレはみんなするべきっすよ。義務っていうのはどうかと思いますけど」
俺はトレーニングを容認しながらも、義務という言葉に引っかかっていた。
「そうよ!私の所属しているジムでも、ただランニングが趣味な人がいたり、ヨガが好きな人がいたり、ダイエットが目的だったりトレーニングを単体でする人の方が少ないのよ。それを義務だなんてちょっと変かも」
熱弁するメグミの言葉を聞いて、俺も自分の友人やジムの様子を思い出してみた。
「確かに。俺の友達にも、どんだけ筋トレしても筋肉つかない奴もいるし、胃腸が弱い奴もいます。怪我で脚トレは出来ない人もいるし、逆に下半身しか筋トレ出来ない人もいるっす」
この世界では、そういう人はどうしているのだろう。
シャープ街で暮らしているのか、はたまた奴隷の様に扱われているのか分からなかった。
「とにかく、いいジムとジムに通いやすい家でも探しましょう!」
俺は暗い雰囲気を打ち消すためにメグミい言った。
「そうね。とにかく筋トレして忘れろね」
メグミの笑顔が可愛すぎて俺は顔が熱くなるのを感じた。
ところで、現実世界には様々なタイプのジムがある。
大型でプールやテニスコートが併設されているジム。
本格トレ二ーにおすすめなハードコアなジム。
マシンや内装がインスタ映えなオシャレジム。
増え続ける24時ジム。
俺は、本格ジムと24時ジムを掛け持ちしている。
しかし、この世界はレベルが違っていた。
僅かなレッスンスタジオやストレッチエリアやカーディオスペースがあるが基本はハードコアなマシーンとフリーウエイトである。
俺は100kgのダンベルが10セット置かれている事に驚いた。
そのジムでは、10セットのうち半分をマッチョなアニキ達が担いでベンチに運んでいる所を目撃してしまった。
「マジかよ。あれがSSランクのマッチョか…」
俺は言葉を失った。そのジムでは男子も女子もまるで全日本大会にでるスーパー選手のようにハードにトレーニングしていた。
プロテインサーバー、タンニングマシーン、併設されたマッサージルームもある。
驚いたのは料金設定だ。
SSランクは月額500円。
Sランクは月額1000円。
Aランクは月額2000円。
B以降は月額4000円となっていた。
それだけで十分安い。
しかし、このジムはこの世界ではトップクラスに金額が高いらしい。
会社や学校には無料のジムが併設される事が法律で定められており、家庭にもパワーラックを置くためのトレーニングルームの建設が、建築基準法で定められていると聞いた時は笑いが止まらなかった。
「ジムと家は決まったけど、収入がないわ」
メグミは肝心な事に気づいた。
「俺は1文無しです。金をください」
「働くわよ。求人を見てくるわ」
メグミが街の中に消えてしまった。
俺はブラブラと歩いた。
すると、高校生くらいの少年が数人の学生服を着たマッチョに囲まれている現場に遭遇してしまった。
筋肉至上主義世界 栗亀夏月 @orion222
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