マッチョが異世界転生?
「ここはどこだ。俺は、どうなった」
トレーニングウェアのまま、雅隆はなぜか公園のような場所に倒れていた。
トレーニングしていたのは夜のはずなのに、朝日が公園を照らしている。
「ああ、俺はダンベルを頭でプレスしようとして死んだのか。笑えるぜ」
俺は己の恥ずかしい死に様をなんとなく思い出した。
それにしても、あの時のトレーニング女子は非常に美しかった。
とりあえず、プロテインを探す。しかし、持ち物が近くに落ちている訳もなく。
ただ、朝の公園を眺めるしかなかった。
少し離れた場所に噴水がある。
俺は、なんとなく水が飲みたかったので噴水に向かって歩き始めた。
「死んでも、筋肉はちゃんとついて来たな」
俺は筋肉を触りながら話しかける。いつもの事だ。気にしないでくれ。
噴水の中を覗いた。
キレイな水と、人?
「人がいる!」
俺は焦って、水の中の人を引きずり出した。
その途中であることに気づく。
「女子だ。やべ、触っちゃったよ」
俺は女子に弱い。死因も女性の美しさだから仕方ない。
「あの、大丈夫ですか」
俺は呼びかける。
その顔にはなぜか既視感があった。
歳は俺より4つくらい上だろうか。20代中盤だ。
そして、可愛い。
「1、2、3、4…」
不意に女性がカウントを始めた。
「生きてるみたいだな。いや、ここは天国だとしたらこの人も死んでるか」
「8、9、ラスト、10!」
その時、その女性が起き上がった。
その表情はおそらく、スクワットのラストセットをやりきった人間のそれだった。
「わ、私死んだ?」
唐突に尋ねる女性。
俺は女子に話しかけられて混乱した。
「えっと。俺も死にました。はい、たぶん」
「というか、君!小沼雅隆くんじゃない!」
「へいっ!そうですけど、なんで知ってるんすか」
「知ってるも何も、私。水垣メグミよ。この前の全日本で女子フィジーク三連覇した!」
「あー。そういえば」
俺はやっと思い出した。全日本のラストに撮影会があり、メグミ選手とは並んで写真を撮った記憶がある。
しかし、メグミ選手の美しさと時々見せる可愛さに完全にハートを撃ち抜かれ、ずっと緊張していた。
「思い出してくれた?にしても偶然ね。2人揃って死んじゃうなんて」
「そんなことより、減量始めましたか」
俺は女子フィジークに詳しくない。
減量期間、食事、チートについて様々質問したかった。
「はっ?今そんな事聞く?減量は来週からの予定だけど」
「じゃあ、食事ってどんな感じですか」
「まあ、私は沢山食べれるタイプだから、鳥、牛、卵をいろんなバリエーションで…」
俺は興味津々で聞き入った。
三連覇している選手に個別インタビュー出来る事はなかなか無い。
そうこうしていると、雅隆とメグミはある人物に声をかけられた。
「君たち、すごい筋肉じゃないか。ランクはどれくらいだい」
俺達は振り返った。そして、驚きのあまり声をあげそうになった。
そこには、全日本クラスの筋肉を持つ大柄な男性がいたのだ。
「えっと。外側広筋めっちゃいいですね」
俺は、つい筋肉コミュニケーションしてしまった。
「わかるか兄ちゃん!これでも脚は苦手なんだぜ」
嘘だろ!計測したら70cm以上はあるはずなのに、それで謙遜するとは、恐るべきマッチョだ。
「そんなことより!ランクってなんですか」
3人の中で最もまともなメグミが質問する。
「姉ちゃんそんなのも知らないのかい。もしかして、シャープ街の出身か!」
「えっと。全く分からないんですが、教えてください」
俺もなんとか我に戻り、会話に参加した。
「そうか、兄ちゃん達は筋トレしすぎて寝ぼけてるんだな。わかった。教えてやる。まずこの世界は筋肉が全てだ。これはわかるよな」
「はい!筋肉が俺の人生なんで!」
俺は答えた。しかし、メグミは俺を肘でつつく。
「何言ってんのよ!おかしいでしょ!」
「とにかく、続けるぞ。今、国民の義務はトレーニングだ。そして、学校の入学、卒業時にはトレーニングについての筆記と実技の試験がある。社会にででもボディビルの順位やウエイトリフティングの重量が優劣を決める。さっきのランクだが、ボディビルやウエイトリフティングの成績、トレーニングの上手さ、トレーニングの知識を総合して個人に付けられるE~SSまでのランクの事だ。もちろん高ければ高優遇され、低ければ一生奴隷だな」
俺は震えた。夢のようじゃないか。
俺は死んでからこんな素晴らしい世界を体験出来るのだ!
「ちょっと待って下さい!そのランクってどうやって確認するんですか」
メグミはいたって冷静だ。
「あれ。免許書の他に、筋肉証明書があるだろ。常に携帯してねぇとダメだぞ。筋肉警察にパクられる」
俺はポケットを探ってみる。
メグミもそうしている。
「あった!俺は、知識60、ウエイト80、トレーニング指数95、ボディビル大会100。総合でAだな」
「私は。知識90、ウエイト70、トレーニング指数80、フィジーク大会100。総合Aね」
するとマッチョの男性が驚き戸惑う。
「すげーよ兄ちゃん達!大会数値が100ってことは優勝者か!俺はBだから兄ちゃん達を敬わないとな。いつか合トレしてくれ!」
突然、眼差しが羨望が変わった。
俺たちは握手を求められ。男性はカーディオ(有酸素運動)のためにジョギングを始めた。
「あの話ホントだと思う?」
メグミは少しして俺に聞いてきた。
「俺は、信じますよ。死んでもこんなに楽しい経験が出来るって幸せじゃないですか」
「でも、筋肉がすべてで、優劣が着くなんてちょっとおかしいわ」
「考えて下さいよ。メグミさん。俺たちマッチョは現実世界でバカにされ、笑われて、ネタにされて、酷い扱いじゃないですか。この世界は違うんですよ。俺たちが輝ける。ステージ上だけじゃ無くて実生活でも!」
メグミは不満な顔をしている。
俺はこれから始まる生活に心を踊らせていた。
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