第39話:馬の骨
「なんでそうなるんや、思春期か」
年甲斐もなく惚れっぽいと言われれば、たしかに。
ただ、それとこれとは話が違う。熱くなる頬に無視を決め込んだ。
「ほしたらなんで、このみさんにメッセージ送ったん? 今が輝一さんなら、最初のも輝一さんじゃろ」
「そりゃあ、別に——理由はないわいや」
細切れに、明らか言葉を探しながら彼は答えた。
「はあ。その薄い戸ぉ一枚で熊とにらめっこしながら、理由もなし? 余裕があるんかないんか分からんねえ、随分と間違いだらけの文章じゃったし」
意地悪な、追い込むような言い方は嫌いだ。けれども筋金入りのツンデレには、こうでも言わなければ埒が明かない。
「俺の文章なんか、いっつもよ」
「ほう? 輝一さんに送ったんは、『手数ですけど救助をお願いします』いうて、丁寧で間違いもなかった気ぃしたけど」
ここは軍事基地か、はたまた数億円を隠した秘密金庫か。海太くんの徹底した屋外監視は、そういうものとしか見えなかった。
傍らのカンタでさえ、リラックスして寝そべっているのに。
「たぶん海太くんは、自分よりこのみさんのほうが心配じゃったんよ。じゃけえ熊が
「違うわ」
言い終わる前にかぶせて、強い否定。なぜか自身の眼や額の辺りを、手でゴシゴシこすりながら。
「聞いとるほうが恥ずかしい想像すな」
「じゃあなんで?」
ちらり。向いた視線が、もう聞くなと睨む。しかし退かない。「なんで?」と繰り返した。
「礼を言おう思うた。けど、
「お礼って、何の?」
長いため息に続けて、ヤケクソっぽかった。
言い分には頷けるけど、まだよく分からない。食い下がると、また巨大なため息。とうとう彼の顔が正面から僕に向く。
「あんた。自分が恩人になったけえいうて、調子ん乗っとりゃあせん?」
「そんなこたあないけど。どうしても聞きたいけえ、話してくれるんなら何でもええよ」
どうしても、と力んで言った。寝転んでいては説得力がないかもだけど、「しゃあない」と海太くんはボサボサ頭を掻く。
「俺の親ぁ、その日暮らしいうやつじゃった。高校行くんも『ムダじゃ、働いて金入れえ』言うとった。まあ俺もバカじゃけえ、やったるわ言うて漁師の手伝い行っとったけど」
「わいわい市場の?」
「ほうよ。船ん乗るんも、店ぇ立つんも」
高校の時の、海太くん言うところのツレ。
あそこのシバエビをバカにされた気がして腹が立った、と以前に彼は言った。
「でもそんなん、学校サボって半月もしとりゃあ噂んなるわ。聞かれりゃあ、ほんまのこと答えとったし」
「まあ、うん」
「ほいで来たわ、太眉毛が。『若ぁのに自分を壊すみたあなことしたらいけん』いうて。今なら、お前も大して変わらん言うけど」
市場で知らない人のない、このみさん。海太くんもきっと、同級生の親御さんに信頼されていただろう。
ああ、さして考えなくともイメージが湧く。
「あとはだいたい話したじゃろ。毎週、畑の手伝いさせてもらうようんなって。高校出たら、木工の師匠んとこ行って」
「輝一さんに、職場ぁ紹介してもろうた」
こくり。彼の首が縦に動き、そのままカンタに向いた。頭を撫でると目を開き、耳をピクピクやってからまた閉じる。
「言うたらやっぱり、このみさんが好きなんじゃね?」
「いや、なんで——」
反射的に声と顔を上げたが、彼は途中で黙った。それから少しの間、黒い頭を撫で続けた。優しく、優しく。
びゅう、と風が鳴って、お宮の中も温度を下げた。するともぞもぞ動きだしたカンタが、海太くんの膝に半身を乗せる。
困ったようでいて嬉しそうな、彼の笑顔が僕も嬉しい。
「どこの馬の骨か、いう奴よ俺は。頭ぁ
「ほうかねえ? 僕が言うことじゃない思うけど」
恋敵を説得してどうする。おそらく彼はそんな風に、困ったという顔を作った。
「前、なんで活喜ファームに連れてったか聞いたじゃろ。あん時に答えたん、何も嘘はないけえ」
「僕が畑仕事でもすりゃあ、ちぃとはしゃんとするいうて?」
「ほうよほうよ」
カンタへの柔らかい笑顔が、僕への小馬鹿な表情に変わる。
うん、やはりそのほうが海太くんらしい。けれどもこの後に言ったのは、あまり
「じゃけど今は、実際にゃ
「僕が?」
「他ぁ誰へ向けて言うんよ。現にあんた、熊に勝ったしなぁあ」
思いもよらない。そんなわけがない。
打ち消そうにも、熊を持ち出されては言えなくなった。どう言えば敬さんの死を貶めずに済むか、考えが及ばなくて。
代わりに肯定も否定もせず、別の問いをすることにした。それで彼と僕との違いを知れると思った。
「変なこと聞くんじゃけど。もし海太くんが、自分いう人間の看板をどっかへ掲げるとしたら。どんなんにする?」
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