第27話:活喜ファームという場所
「掃除くらいで、そこまで頑張らんでも。このみさんの分まで、僕がやるけえ」
山に行く。絶対にとまで言われては、ごまかす意味がない。
それなら僕も腹を括る。はっきり、ではなかったかもしれないが、行くなと言った。
「くらい。じゃ、なあんです」
最初から用意していたみたいな、すぐの答えに怯む。
「ええ? あ、いや。そりゃあ掃除も大事じゃけど」
「そうじゃなあて。みんなで決めた行事に、あたしが行かんのはあり得んのです」
掃除の順位を殊更に低く見積もったのではない。あくまでも、このみさんの抱える懸念と比較しての話。
そこのところをツッコまれたと思いきや、彼女の首がゆっくりと横に振られる。運転する視界の端でも、間違いようのないくらい大きく。
「うちの周り。何十年も前は、他にも家があったんじゃそうです。山の上のお宮さんを囲うて、村が」
「活喜ファームの周り?」
まっすぐの道を見計らい、さっと目を向ける。僕の好きな優しい笑みで、このみさんは頷いていた。
「この辺もですけど、どんどん人が減っとります。ずっとずっと昔から街があるいうのに」
「まあ……」
嗜好や志向を別にしても、若い人は都会へ出ていく。府中市よりは福山市、福山市よりは広島市や大阪といった具合いに。
僕は広島に生まれたから、あまり意識しないけれど。
そういう事情は、日本全国どこも似たりよったりだろう。ニュースでもよく取り上げられる話だが、なぜ今?
「しょうがなあです。府中家具の他になんかって言われたら、何にもなあですから。マツダも宮島も、もみじまんじゅうも。金の卵、言うんですかね」
工業、いや大会社。外国からも人の来るような観光地。名の知れ渡った名物。
たしかに抜きん出たものはない。少なくとも同じ広島県民の僕も知らない。
この街にある何かを全国的にプロデュースしろ。と広告デザイナーの僕に依頼があったら、正直困る。
自信を持って請け負えるものが思いつかなかった。何億円かけたとして、むしろ額が多いほど。
「山も川も、気持ちええですけどね。動画とか見よったら、都会は楽しそういうて思います。ここが好きいうて、大声で言えるとこがなあですよ」
肯定するだけの度胸がなかった。否定するほど嘘つきでもなかった。縦にも横にも首を動かさないよう、安全にトラックを走らせるだけ。
「でも。あたしの
覚悟とは違う気がする。諦めに似た、何か。
まだ主旨は分からない。けれども趣旨は、およそ伝わった気がする。「ですね」と、頷いた。
「じゃけえ、あり得んのんです。台風とか雪とか、なんかあった時にお父さんを助けてくれる人ら。お父さんが助ける人ら。そういう人となんかしょう言う時、あたしが
エアコンも利かしていないのに、陽射しが強まったでもないのに。顔が熱くて、本当に火が出そうだ。
たかが、と声に出さなくて良かった。しかし収まらず、謝る。
「すんません」
「えっ、なんでです? 譲さんは心配してくれとるんじゃけえ、あたしのほうが我がまま言うてごめんなさいです」
勘弁してつかあさい。
僕のじいちゃんが、夫婦ゲンカで謝る時の声が蘇る。このみさんを心配するのは変わらないが、あまりに生半可だった。
「いやもう——海太くんもじゃけど、このみさんも。僕が歳上とか恥ずかしゅうて言えんです」
本当にやりたいことを、二人ともが持っている。
きっと僕は勘違いしていた。
どこか自分に合ういい会社や、親友とか結婚相手とか。そんなものを見つけさえすれば、自動的にやりたいことになるのだと。
「そんなこと、なあですよ。譲さんが言うてくれたじゃなあですか、運が悪いだけいうて」
「言うたですけど」
僕のこととは話が違う。どこがどうといちいち挙げるのは、さすがにマゾヒスティックが過ぎて無理だったが。
「あたしは尊敬しとりますよ。譲さんみたあに優しい人、初めて見たです」
「いやいや、僕は」
たぶん事なかれ主義とか、優柔不断とかだ。
こんな時、どんな顔をすればいいか分からない。どこかで聞いたセリフを言いたくなる。
「海太ちゃんもいうのは、ほんまにですね。ずっと二人とも
「ずっと?」
「あっ、いえ。無理いうて分かっとりますよ。理想いうか、そうじゃったらええなって夢みたあな」
笑い飛ばす彼女の声に張りがない。どうにか、何か。このみさんの希望を叶える方法はないものか。
——このみさんの希望を叶える?
ああ、そうか。
突然に閃いた。また一つ、僕が思い違いをしていたことに。そして希望を叶える方法も、もしかしたらあるかもと。
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