第24話:未来と過去と
「金曜まで休みいうたら、土日も
「できんこともなあけど、休んどった間の仕事を見なぁいけんし。仕事場行ったら、ちぃとでも木ぃ触りたあし」
冗談めかして引き留めたものの、分かっていた。身につけた技を生業にする人が、休みを休みとしていては成長がない。むしろ衰えるばかりだ。
看板に関わる人達でも仕事が綺麗だったり、難しい発注をこなしてくれたり。そういう職人さんは、仕事バカみたいに呼ばれる。
悪口のようで、褒め言葉として。
「ほうよね。あ、海太くんの仕事場って近いん?」
自分の軽率をごまかすのと、素直な興味と、両方で聞いた。既に府中市の街並みが向こうに見えていて、あの辺りだろうから。
「ちょっと尾道に寄っとるなあ。今からついでにいうたら、しわいわ」(※しわい=つらい・きつい)
活喜ファームは府中市の北端に近い。尾道市はおよそ真南に、山越えでおよそ十キロ。その途中なら、たしかに面倒な距離だ。
「ええんよ、ええんよ。聞いてみただけじゃけえ」
「正直に言いないや。先ぃ言うといてくれたら、見学くらいできるわ」
吹かしぎみのアクセルで、軽トラックはすっ飛んでいく。カーブばかりの土手の道が、海太くんの運転だとまっすぐに思えてくる。
「それも辞めるまでに言うてくれにゃあじゃけど」
大きく減速して、広い道路へ折れた。府中家具の展示場があれば、スーパーやホームセンターなどもぽつぽつと並ぶ。
「えっ、辞めるん?」
「すぐじゃなあよ。あと二、三年かなぁ。グズグズ引き延ばすかもしれんし、早うなるかもしれんし。分からんけど」
彼のハンドル捌きには迷いがない。こうして話しながら楽しそうに、あるいは意地悪く笑ったりしつつだ。
僕ならどんなに知った道でも、ええとここだっけ? と何度も自問自答するのに。
「まあ、ほうか。職人さんて、独立する人が多いぃよね。あ、じゃのうて今より大きいとこ行くん?」
どちらにしても、そのほうが儲かるのはもちろん。自分の価値をダイレクトに知れると、よく知る内装の職人さんが言っていた。
「そこまじゃあ決めとらんよ。理想を言やあフルオーダーの家具だけやりたあけど」
「お客さんの注文で、一から設計した一点物いうこと?」
「ほうよ。そんなんは人間国宝とか言われにゃあ無理よ」
注文した人の家で寸法を測り、用途や好みから形を決める。そうしてピタリと収まった家具が、何十年もそこにあり続けるとか。
あえてキザな言い方をすれば、浪漫じゃないか。僕にも物作りの技術があれば、同じ希望を持つだろう。
「まあ自分の工房持って。大量生産の内職しながら、オーダーを待ついう感じかなぁ。それでも夢物語言うたほうがええかもしれん」
「ええ思うよ。僕もなんか手伝えたらええんじゃけど」
獲物を狙う鷹みたいな眼が、夢物語など謙遜と言っている。
簡単ではない。たくさん仕事のある鳶や電気工だって、独立に失敗する人は居るのだ。
しかし根拠はないが海太くんなら、どうにかしそうと思う。お世辞でなく、できることを手伝いたいとも。
「自分がどうしたいか分からん人に言われてもなあ?」
「じゃね」
ぎゃふん。その通りすぎて、笑うしかない。力の抜けた冷めた声しか出なかったが。
やがてダメージから立ち直ったころ、倉庫のような建物に着いた。十台くらいを置けるスペースに、僕たちの軽トラックだけが駐まる。
ひと気が感じられず、壁にかすれた農協の文字がなければ、不法侵入でないかとビクつくところだ。
「ああ、活喜さんとこの!」
建物の奥。作りつけられた小部屋から、ワイシャツにエプロン姿のおじさんが出てくる。
海太くんと互いに慣れた空気で、出荷手続きが始められた。
——夕刻。晩ごはんの前に、カンタの散歩へ誘われた。このみさんから。
その割には大きなシャベルを持たされたが。文句はない。
「農協さん、どうじゃったです?」
「僕はコンベヤーに載せるだけじゃったんで。手続きも世間話も、海太くんが全部」
落ち着いて進むカンタのあとを、ゆったりと追う。山菜採りの道に向けてで、動悸を早めながら。
「そうなんですねえ、農協さんには一緒に行ったことがなあて。海太ちゃんと。でもやっぱり、ちゃんとやってくれたんですねえ」
「問題ない思います。僕じゃ、保証にならんけど」
門外漢とは寂しいものだ。もちろん彼のように何年も来るわけでなく、邪魔しないのが正しいと分かっている。
だから卑下したというより、自虐ギャグみたいなものだった。
「そんなん言わんといてください。譲さんが、ものすっ————ごい頑張っとっての、あたしでも分かります」
握り拳を作り、声を溜める彼女を何に喩えよう。可愛らしさが天井知らずで、頭が回らない。
作業用のジャージでなく、緩めのズボンとトレーナーなんて姿も新鮮だ。
「お兄ちゃんのこと、聞いちゃったんでしょ?」
頑張ってますとも言えず、黙っていた。するとさらに答えにくい問いが浴びせられる。
でも、なぜそんなことをと考えれば、ごまかす選択肢はなかった。
「すんません、聞いたです」
「すまなくなあです。あたしが勝手にイメージしとっただけで、パニックになってしもうて。こっちこそごめんなさい」
並んだ彼女の頭が、ペコッと小さく動いた。噛んだ唇を見ると、どうして代わってあげられないのか悔しくてたまらない。
「この先、栗林なんですけど。知っとったです?」
「いえ、植物は全然で」
ビニールハウスを過ぎ、家庭菜園ぽい小さな畑が幾つも作られた間を抜け、整然と並ぶ木々の中へ入った。
この林の向こうが山道だが、このみさんの足が止まる。どれもずんぐりと育った栗の木の一本に触れ、根本の土を手で掬う。
「お兄ちゃんが増やしちゃるって。研究しよったの、これなんです」
「栗の、収穫の?」
ポロポロと。少しの湿り気を感じさす土が、頷く彼女の指から落ちていく。
栄養状態でも確認しているのだろう。見上げると、素人目にも元気の良さそうな葉が豊かに広がっていた。
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