第16話:大事なことは見えにくい

「なんでいうて、他になれるもんもなかったけえな。これ、いう得意なこともなあし」

「そうなん? 大概なんでもこなしそうなイメージするけど」


 彼がどう自己評価しようと、もちろん自由だ。しかし選択肢が少なかったと言うなら、なおさら家具職人に落ち着く過程が見えにくい。


 話しながらも、切断する線がまっすぐに引かれる。定規を当ててもないのに、ノコギリの刃がその通りを進む。


「んー……」


 図々しかったか。大型犬を思わす声に謝りたくなった。

 でも工具を置いた海太くんが、宙に並べた両手で何やら操作するジェスチャーを始める。ゲームのコントローラーらしい。


「ゲームって、やる?」

「うん、ドラクエとかマイクラとか。アクション系は苦手じゃったね。どのみち今は、押し入れの奥じゃけど」


 RPGロールプレイングゲーム物作りクラフトゲームの超名作を挙げた。

 就職の前日にもやっていたが、ゲーマーではまったくない。他にやることがなかっただけだ。


「こっから進まんいう時、どうしよった?」

「次の日に学校行って、知っとる友達に聞きよったかな」

「はあ、自分で調べんかったん?」

「じゃねえ」


 インターネットで調べればすぐに分かるものを、遊びでまでサボるなと言われたようで恥ずかしい。実際には「へえ」とだけで、彼の手は作業を再開する。


「俺は調べんかった。誰かのやったんを真似するんは面白うなあけえ、意地んなって自分で解いとった」

「ぶり凄いね。探究心いうんかな、昔からそういうのがあったんじゃろうね」


 家具、はともかく。職人へのスタート地点として理解できる気がした。


「いや、嘘よ。暇潰しじゃのに、時間短縮したらもったいなあじゃろ」

「え? まあ、うん」


 僕の感心は、五秒も経たず否定された。からかってやったと言わんばかり、鼻で笑いながら。


「木工を教えてくれるとこが奈良にあるんよ。寝るとこと食う物も用意してくれる。高校でバイトした金持って、そこに行ったけえ」


 その程度が授業料なら、破格としか言いようがない。なんなら今から、僕も習いに行こうかと思うほど。そんな気紛れでは迷惑だろうが。


「で、せっかく府中家具があるけえって師匠に言われて戻ってきた。ほいで輝一さんが、今の勤め先を紹介してくれたんよ」

「手伝いに来よるんは、そのお返し?」

「そんなとこよ」


 聞いてもないことまで話してくれて、深く頷いた。けれども「あれ?」と、つい疑問の声がこぼれる。


「お。譲さんにしては、すぐ気づくんじゃなあ」

「そりゃまあ、そもそもの質問の答えがなかったらねえ」


 性格を考えると、嘘だと言ったゲームのたとえ話が事実のように思う。ただそれにしても、今の彼とインドアのイメージがうまく重ならない。


「俺もよう分からんのよ。なんか作るんが好きじゃけえいうのは間違いなあけど」


 一つ組み上がった蜂の巣の木枠を手に、上下左右から具合いをたしかめる海太くん。その目がふっとこちらを向き、特に言えることがないと訴える。

 ごまかしているとも見えなかったし、どうしても聞き出したいわけでない。


「うん、ありがと。大事なこというんは、過ぎた後でもなかなか分からんのかもしれんね」


 思いつきで取り繕うと、案外に的を射て感じた。大富豪に成り上がった人へ聞いても、この時がきっかけとは明確に出てこないだろうから。


「じゃなあ……」


 脇へ木枠を置いた、彼の声が萎む。視線が少し泳ぎ、最後にまた僕のCカップに注がれる。

 エッチね、と冗談にすることはできた。僕が言っても絶対にウケないけれど。


 鋭くも透き通った眼に映るのは、太った僕という男だけだ。だが僕には分からない、何か意味がそこにある。

 細かく言えば、小さな草の生える地面。借り物のビニールぞうり。同じく作務衣に、羽織ったウインドブレーカー。


はなしゃあ変わるけど。譲さん、ヤマブキ気に入ったんじゃろ?」


 考えても、辿り着けなかった。こればかりは明日、学校へ行っても誰も知らない。

 別の話題も提供されて、さておく。ヤマブキと名を出されただけで、じゅわっと唾の出てきたことだし。


「あー、おいしかったねえ。また食べたいけど、食い尽くしたら悪いしねえ」

「ほしたら明日、山菜採り行ってみんさいや。ヤマブキはなあけど、ウドやらタラやらも旨いで」


 そう言うのだ、僕の気に入る味に違いない。

 今まで口にしなかったのを、莫大な損失と言っていい。そんなヤマブキと比肩するなら、ぜひともだ。


「山菜採り、やったことないんじゃけど」

「このみが詳しいわ」

「忙しゅうないかね?」

「今日のうちに言うといたら大丈夫じゃろ」


 旨いものを、このみさんと一緒に採る。そんな贅沢があっていいのか、海太くんが神様みたいに見えてきた。

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