第三章:思うところがありまして
第15話:合間にて
土曜日。JAの出荷場が開いていないので、収穫もほとんどしないと聞いた。
農繁期になれば曜日も関係なくなるそうだが、キャベツはこの辺りの主力作物でないから。
「会合に出にゃならんしなぁ」
と、輝一さんはトラックで出かけていった。近隣の農家や協力者と、何はなくとも顔を合わせねばならないらしい。
ついでに付き合いのある直売所へばら撒く。そう言って、コンテナ五つ分のキャベツと共に。
「譲さんは日向ぼっこでもしてきぃ。ずっと張り詰めとったんじゃろ、ガス抜きせにゃあ」
手持ちぶさたの僕に、久嬉代さんも用はないと言った。自身は家じゅうの掃除をするそうだが、このみさんと二人で手は足りると。
むしろ邪魔と家からさえ追い出されたのも、温情だと信じたい。
表の風に作務衣では肌寒く、ウインドブレーカーを重ねた変な格好をした。
日向ぼっこなど、生まれてこのかたやったことがない。幼いころに両親と花見へ行き、うたた寝したのがそうかなというくらいで。
「海太くんは何しとるん?」
玄関を出てすぐ、いつものジャージ姿の彼を見つけた。サンダル履きで、僕と同類に違いない。
「見ての通り、歩いとる」
「ほうじゃろうけど」
ここに慣れた海太くんなら、いい時間潰しを知っているはず。しかし駆け寄ると、目論見の外れたことに気づく。
口では冗談であしらわれたが、持ち上げた手に工具箱がある。
「なんか作るん?」
「まだ分からん」
「ええ?」
立ち止まる気配はなく、明らかに決めたどこかへ向かう足取り。だというのに分からないとは、またあしらわれているのか。
まあそれでも構わない。来るなと言われなかったので、目障りを承知でのこのこと着いて歩く。
すると到着したのは倉庫。初日に肥料を出した建物だ。
角材を抜き、中へ入るとすぐに照明のスイッチを入れる海太くん。どこだったかと探す素振りもなく。
改めて見ると、トラクターも収めてある大きな倉庫だ。納屋と呼ぶべきかもだが、それには作りが新しい。
タンタンと軽快に、海太くんが階段を昇る。ほぼ、はしごと言っていい傾斜の。
やはり金魚のフンで、よたよたしつつあとを追う。意外に広々とした中二階の隅で、彼は何やら木箱に触れていた。
「それ、
「
「ハチバコ?」
海太くんが膝を抱えれば、ちょうど入れそうな大きさ。正確な直方体の中へ、ファイルケースのごとく何枚もの木枠が並んでいた。
濡れて汚れた風の木枠を一枚ずつ、出しては戻す。そこへ整然とした無数の六角形を見て、ハチバコの正体に気づいた。
「は、蜂? 大丈夫なん?」
「どうかなぁ?」
蜂を飼う、養蜂箱というやつだ。ミツバチは滅多なことで刺さないと言うが、虫と接した経験の乏しい僕には恐怖でしかなかった。
しかも彼は、木枠を投げつけるふりで脅す。
「ほいっ」
「ひっ!」
繰り返されれば、階段を下りて逃げようと思った。が、一度だけだった。
代わりに海太くんの爆笑を貰ったけれども。
「あははははは、大丈夫よ。こりゃあ予備のやつじゃけえ」
「よ、予備?」
「イチゴの受粉に、ハナバチいうのを
刺される心配はない。そう聞いて、ようやく理解する方向に脳みそが働いた。
「あー、壊れた時の予備を海太くんが直すん?」
「ほうよ」
なるほどなるほど、そういうことなら蜂は居ないだろう。疑うわけでないが、恐いと思った気持ちをすぐにひっくり返すのは難しい。
「あ。家具職人いうて、このみさんから聞いたんじゃけど。ごめんね」
まだ引けた腰のまま、脇へ置かれた木枠を手に取る。
「言うとらんかったっけ? なんで謝るん」
「いや。ええんなら、ええんじゃけど」
最後の一枚が突き出される。受け取ると、海太くんの視線がじっと僕を眺めた。
最初は顔で、足先へ下り、戻って胸の辺りで止まる。まさか僕のCカップに欲情した、なんてないだろうに。
「持ってきてぇや」
「う? うん」
感情のない、いわゆる真顔が向こうへ行った。そのまま彼は、またさっさと階段を下りて倉庫を出る。
動きの遅い僕が片手を塞がれたことで、追尾する速度がますます落ちた。
見回すと、木造の農具小屋に彼の姿はあった。まずは小屋自体を調べ、続いて農具の一つずつを点検する。
今日一日で、そういう物を全て修理するつもりのようだ。
「なんか手伝えるかね」
「今はなあけど、暇なら
ひと通りを回り、最後にプレハブの裏へ。軒下に棚が設けられ、太さも長さもバラバラの木材が保管されている。
許しも貰ったので、プロの仕事を見学することにした。コンクリートブロックを積み、即席の作業台を作るくらいは協力して。
電動工具も持ち出し、流れるように海太くんの作業は始まった。
僕ならきっと、やるのはいいけどできるかななんて迷う時間が必要だ。そもそも比べるのが失礼だけど。
「凄いねえ。ほんまにプロなんじゃねえ」
始まって間もなく。半分は無意識で、そんなことを言った。
現物のある物の修理だからか、図面もなしにどんどん進むのを見て。
「疑っとったんか」
「えっ。ほうじゃのうて、感心しとるんよ」
「分かっとるわいや」
じろり、睨まれた。でも慌てた弁解を鼻で笑って、彼の手は動き続ける。
「海太くんて、なんで家具職人になろう思うたん?」
きっと見惚れていた。だからさっきは半分、今度は完全に無意識で聞いた。
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