第12話:優れたところ

 僕が就職した時、やっと高校生と中学生か。

 福山市を回る間ずっと。頭の中では、その事実がぐるぐる巡った。


 歳上じゃのに、なにやっとんな。などと恥ずかしく思う気持ちはある。でもそれは的外れだ、必死に否定して他の理由を捜した。


「ここが最後ですよ」


 もちろん運転には気を抜かなかった。「え、ここ?」と気づいたのは十五軒目の配送先に到着してからで、どこかぼんやりしていたのかもしれないが。


「ここにも卸しとるんですねえ」

「来たことあるんです?」


 体育館みたいな建物に福山市総合卸売市場の文字。わいわい市場の看板へ、独特のエビやカレイのイラスト。

 他のどことも取り違えようがない。


「恥ずかしながら、海太くんにうた場所です」

「海太ちゃんが?」


 搬入車用の駐車場所にトラックを回す。過ぎていく看板を、このみさんは眺めているようだった。口調も含め、海太くんが居たことを疑う風に。

 出会った時を、彼がどう話したか知らない。あえて伏せていたのなら、後で謝らなければ。


「僕、なんかまずいこと言うたかな」


 しもうた。

 胸のうちで後悔を叫びつつ、問う。ズルいけれど、先に事情を聞けるなら知りたかった。


「いえ全然。海太ちゃん、うちの野菜が売れるかまでは知らんって。売っとるとこに行ったこともないいうて、いつも言うとるんで」

「あぁー。それは僕がバラしたらいけんかったやつじゃ」


 ハンドルを握っていなければ、頭を抱えるところだ。

 ——いや、決めつけるのは早いか。ここには彼の友達が居て、本当に野菜の売り場へは立ち入っていないのかも。

 もしか、と言いかけ、口ごもる。これも余計なお喋りだったら、二重に迷惑をかけてしまう。


「譲さん、なんか知っとりそう」

「いや。なんも」

「ええですよ。あたし大人なんで、はぶてたりせんです」(※はぶてる≒拗ねて不機嫌になる)

「それ完全に、はぶてとる時の言い方でしょ」


 海太くんを立てれば、このみさんが立たず。ようやくトラックを停止させ、声を低くした彼女へ顔を向ける。

 するとあからさまに笑いを堪え、目を背けたイタズラ者が居た。


「ぷっ、ぷははははっ。大丈夫です、言うても海太ちゃんなら来てくれとる思うとったし」

「あ、ああ。まあ、ツンデレじゃし」

「それです」


 さすが。何年も仕事を手伝ってくれる相手となれば、お見通しか。

 それには彼女自身の、人を見る目や信頼の気持ちもあるのだろうけど。


「このみさん、やっぱり跡継ぎに相応しい思いますよ」

「え。なんでです?」

「内緒です」

「えぇー」


 感心させてもらった仕返しをして、さっさとトラックを下りる。

 残るコンテナは十箱。気合いを入れなければ、大切なキャベツを傷つけてしまう。


 ただ、嬉しい計算違いがあった。このみさんが大きな台車を借りてきてくれたのだ。福山市の名がつくだけあって、ちゃんとした搬入経路が整備されているらしい。

 カーゴとかカゴ台車とか呼ばれる、ちょっとした檻みたいな物が二つ。半分ずつを載せて進むと、もう当たり前に思えてくる光景がまたあった。


「おはよう、このみちゃん」

「このみちゃん、精が出るね」


 出会う人、すれ違う人だけでなく。そこからかと呆れるほど離れた売り場のおばちゃんまで、声を張り上げ手を振る。

 彼女もまた、あれが場長じょうちょうさん、あっちは青果主任さん、と教えてくれる。レジに立つ、一人ずつまでも。


 僕、ここまでできとったかな。

 クライアントと顔を合わせたのは、もう何ヶ月も前。既にほとんどの顔を思い出せなくなっていた。


「このみさん、凄いわ。僕、そんなに人の顔を覚えられん」

「そんな凄いです?」

「うん、ぶちよ。ずっと昔からる人ばっかりじゃないでしょ」

「うーん、まあ」


 いくら言っても生返事だけ。優れた人はこうなのかな、と頭を掻いた。

 しかしさておき、のんびりもしていられない。青果の区画は、種類ごとに陳列棚が用意されていた。スーパーの売り場とほとんど同じイメージだ。


 違うのは商品の一つごと、たとえばキャベツならキャベツのひと玉ごとに値段が違う。

 活喜ファームのロゴが入ったビニールテープを、このみさんは取り出した。ざっと売り場を眺め、サインペンで値段を書き込む。

 これを八十個、この場で行うらしい。


 当然、僕は金額に口を出せない。彼女が軽く貼り付けたテープを綺麗に巻きつけ直し、棚へ並べる。

 即興のコンビネーションながら、三十分足らずで作業は終わった。

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