私の好きなタイプは

折原さゆみ

第1話

「金治(きんじ)君ってかっこいいよねえ」

「私は苦手」


 昼休み、一緒にお弁当を食べていた友達は残念そうに私を見つめてくる。私はそれを無視してお弁当に入っていた卵焼きを口に運んだ。


 私は高校生の本分は勉強だと思っている。確かに部活や友達との交流も大切だと思うが、それ以上に勉強は大事だ。


(部活に高校生活を懸ける意味がわからない)


 将来、スポーツ選手を目指す人や全国大会常連の高校に通う人ならともかく、それ以外の人がそこまで頑張る必要性を感じない。高校生には部活以外にも楽しいことがたくさんあるし、勉強も頑張りたい。


 友達が口にした男はまさに、私には理解不能な人種だった。部活に精力を注ぎ過ぎて、授業中は朝から午後までずっと寝ている。当然、学力があるわけがなく、定期考査では大抵、赤点を取ってヒイヒイ言っている。


 私はそういう人間を『脳筋』と呼ぶことにしている。脳みそにまで筋肉が詰まっているような人間が私は苦手だった。



 中学校ではテニス部に所属していた私は、高校生では絶対に運動部には入らないと固く誓った。部活内のぎすぎすした関係や、脳筋の部活顧問のせいで貴重な中学生生活が台無しだった。さらにはテニスというスポーツが嫌いになってしまった。テニスの話題が出るだけでイライラしてしまう。


 そんな私は高校生では家庭部に入ることにした。週三日の活動で、各々が好きな料理を作ったり、好きな物を裁縫したりする自由な部活だ。部活時間も短く、学校が決めた下校時刻ぎりぎりまで活動する必要はなく、運動部が頑張っている姿を横目に帰宅することがほとんどだった。


 ある日、珍しく活動を終えるのが下校時刻ぎりぎりになってしまった。慌てて被服室の荷物を片付けて玄関に急ぐ。


「下校時刻になりますので、生徒の皆さんは速やかに帰宅してください」


 校内に生徒指導の先生のアナウンスがかかる。廊下を駆け足で抜けて玄関に着くと、そこにはバスケ部の集団がたむろっていた。


 私が苦手な金治君の集団だ。このまま彼らと会わずに帰宅したいところだが、玄関を抜けなければ靴を替えることができない。


「……!」


 仕方なく存在感を薄めて玄関の下駄箱まで歩いていたら、誰かとぶつかってしまう。目を合わさないように下を向いて歩いていたのがいけなかった。ぶつかってしまった反動で後ろによろめいてしまう。


「危ないよ」


 後ろの下駄箱にぶつかりそうになったが、その前に誰かの腕に支えられた。もとはといえば、彼らが玄関を占領しているのが悪い。とはいえ、下駄箱に背中をぶつけなくて済んだので礼を言うべきだろう。


「あ、ありが」


「こんなことでよろめくなんて、弱すぎ。きちんと鍛えたほうがいいよ。女子だからって弱くていいなんてことは無いから」


 お礼の言葉は途中で遮られる。顔をあげると、そこにはバスケ部のエースの一人、隣のクラスの軒下(のきした)君が無表情で私を見つめていた。



「脳筋は嫌いだ」


 今でもそれは変わらない。しかし、あの日見た彼の表情が頭から離れない。軒下君は女子から人気があった。しかし、二人は正反対の性格をしていた。金治君はだれに対しても人当たりがよく、部活命ということ以外は普通の男子だった。軒下君は誰に対しても辛らつな言葉を吐く人間だった。性格に難ありである。


 とはいえ、その日の出来事は私の人生を大きく変えた。


 その日から私は家で筋トレをするようになった。毎日30分、動画を見ながら筋トレを行った。それだけでは足りないと思い、朝のジョギングも始めた。


 三か月も経つと、私の身体に変化が現れた。腰にくびれが出て、腕や足が引き締まった気がした。なんとなく腕や足に筋肉がついた気がした。姿見に映る自分自身の姿に少しだけ自身がもてるようになった。



「またあいつらか」


 この前の出来事の再来だ。部活が長引いてしまったある日、急いで玄関に向かうと金治君率いるバスケ部の集団にでくわした。今度はぶつからないようにしなければ。


 そろりそろりと集団を見ながら下駄箱に向かっていく。今度は誰にもぶつかることは無かった。それなのに。


「またお前か」


 それなのに、なぜか腕をつかまれてしまった。相手は軒下君だ。つかまれた腕を離そうと力を入れるがびくともしない。


「ふうん、少しは鍛えたみたいだね」


 男性と女性の力の差は埋めようがない。どう頑張っても無理だと判断した私は力を抜いて脱力する。それを確認した軒下君は私に視線を合わせる。


「目黒(めぐろ)って、家庭部だったよね。家で鍛えたの?」

「軒下君には関係ないでしょ」


「僕はさ、たるんでるやつは嫌いなんだ。でも、自分磨きをしている人は好きだよ」


 突然、何を言い出すのだろうか。嫌な予感がする。あたりを見わたすと、不思議なことにバスケ部の集団が見当たらない。いつの間にみんな玄関を出ていったのだろうか。


「あいつらは気にしなくていいよ。ねえ、どうしていきなり筋トレ始めたの?僕のせい?」


 軒下君がこんなにやばい奴だとは知らなかった。どうやったら穏便にこの場を離れられるだろうか。


「生徒の皆さんは、速やかに下校してください。繰り返します。生徒の皆さんは……」


 ちょうどタイミングよく生徒指導の先生のアナウンスが入った。すぐに玄関に現れるはずだ。


「せ、先生も来るから」

「僕と付き合うって言ってくれたら、離してあげる」


 軒下君は私の反応を楽しんでいる。にやにやと笑いながらもつかんだ腕を離してくれない。


「私は」



「ねえ、目黒ってさ、軒下君と付き合ってるの?」

「まあ、うん」


「金治君は苦手とか言っていたのに、軒下君は良いんだ」

「脳筋は苦手だけど、筋肉は裏切らないから」


 昼休みにお弁当を食べていると、友達が興味深そうに私に質問してくる。高校生の情報網を舐めていけない。あれから二日後にはもう、私と軒下君の噂はクラス内で広まっていた。




『私は、脳筋は嫌いです』


 私の言葉を聞いた軒下君は、意味を理解して大声で笑いだした。その隙に逃げ出せばよかったが、いきなり笑いだされて戸惑ってしまって逃げるのが遅れた。


「僕も嫌いだよ。もしかして、金治は苦手?安心して、僕も脳筋は嫌いだから」


 笑いが収まった軒下君は、真面目な顔で私の心を読んだかのような発言をする。そしてそのまま自分に都合が良い解釈をする。


「ということで、目黒さんの返事は良いほうに受け取るよ」


 確か、軒下君の成績は上の方だった。毎回テストの点数は学年10以内をキープしていたはずだ。つかまれた腕に力は込められていない。


「い、一緒に鍛えてくれるなら」


 私と軒下君はこうして付き合うことになった。筋トレ用の動画を見ていたら、筋肉について解説するものがあり、そこでは私の知らない筋肉への愛が語られていた。


 軒下君の半そでの袖から見える上腕二頭筋は理想的だった。私はいつの間にか、筋肉フェチになっていたようだ。脳筋は嫌いだが、筋肉質な男性がタイプになってしまった。


 だからと言って、今でも運動部の部活命だという『脳筋』は嫌いである。

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