獅堂くんは笑わせてみたい
例えば、過去に失敗をして大勢の人に笑われたことがある、とか。
あるいは、家族との仲が悪くていつも怯えて過ごしていた、とか。
そういった、表情に関しての何かしらのトラウマがあった方が、まだ「仕方ない」と周りに受け入れてもらえたのかもしれない。
けれど、実際にはそんなトラウマもなく、ただ一言「生まれつき」で理由が片付いてしまうのだから、どうしようもなかった。
鏡の前で表情を動かそうとしても、一向に動いている気のしない自分の顔から視線を外し、学校に行く準備をする。
学校に向かいながら私は小さくため息をつく。
どうやら私の表情筋は、人よりも動きづらいらしい。
クラスでも「一緒に遊んでも楽しくなさそう」と噂されているので、今までずっと、友達のあまりいない寂しい学校生活を送っていた。
ただ、最近はそんな生活に変化が起きていた。
「おはよう
その声で後ろを振り向く。
表情の乏しい私とは違い、笑うと周りがパッと明るくなるような笑顔を持つ男の子。
そして、最近私に喋りかけることが多いクラスメイトの
✿
獅堂
教室で誰かに話しかけられることも少ない私とは違い、獅堂くんはいつも教室の中心にいて、たくさんの人と一緒に話をしているのを見かけることが多かった。
一人でいることの方が少ない、いつも誰かと一緒にいる友達の多い人。
一応顔は知っているけれど、実際に話すことはきっとない。
そんな、テレビの向こうにいる芸能人のような印象を持っていた獅堂くんに、いきなり「篠宮さん」と話しかけられた時は驚いたものだ。
きっとその驚きも、表情には出ていなかったのだろうけれど。
「俺さ、目標があるんだよ」
そう言って教えてくれたのは、彼の「絶対に相手を笑わせるムードメーカー」というあだ名通りの目標だった。
今年初めて同じクラスになった獅堂くんは、毎年クラス全員の笑顔を見るという目標を掲げているらしい。
獅童くんはその目標の達成のために、最近は私によく喋りかけているのだ。
私がこのクラスにいる時点で、無理そうな目標だなと思う。
口にはしていないけれど、クラスのみんなもきっとそう思っているはずだ。
だけど、当の獅堂くんだけはまだ諦めてはいないらしい。
「今日こそは絶対笑わせるよ。じゃあまた後でね!」
そう言って獅童くんは走り去ってしまった。
嵐のような人だと思いながら、今日も騒がしいかもしれないと、私は自分の教室と足を進めていった。
✿
昼休みの時間、私がいつものように校庭の花壇で園芸部の水やりをしてから一番好きな花のネモフィラを見ていると、獅堂くんがこちらに近づいて来るのが見えた。
彼のために人が一人分座れるスペースを作ると、獅堂くんは「ありがとう」と言って横に腰を下ろす。
「なんか前に見た時よりも花が開いている気がする」
獅童くんがそういう感想を言えるくらい、ここに彼は来ているということなのだろう。
獅堂くんに花が好きというイメージは今までなかったけれど、知らなかっただけで好きだったのかもしれない。
そう思うくらい、獅堂くんは最近この花壇に足を運ぶのだ。
「……ここによく来るけど、獅堂くんも花が好きなの?」
私の言葉に、獅堂くんは少しだけ悩んだ後、明るい笑みを見せた。
「好きか嫌いかなら好きだよ。でも、篠宮さんほどじゃないと思うな。花見に行ったら俺は断然『花より団子』だと思うし」
「ああ」
花より団子の獅堂くんの姿が想像がついたので、そう相槌をうつ。
それなら尚更、この花壇に来る理由がよく分からなかった。
「あ、でも篠宮さんと行く花見とか楽しそうだな。もうシーズンすぎたけど、いつか行ってみたいかも」
その笑顔に、言おうとしたはずの言葉が消えてしまう。
――私は、獅堂くんのことが分からない。
獅童くんの顔から背けるように花壇の花をしばらく見つめていたが、隣からの視線が気になり、再び顔を向ける。
なんで獅童くんは、花ではなく私を見ているのだろう。
「今、『なんで俺がこっち見てるんだ』って不思議に思ったでしょ」
――なんで分かるの。
言葉には出なかったけれど、私が驚いていることは分かったらしい。
私の様子を見て、なぜか獅堂くんも驚いているようだった。
――俺さ、目標があるんだよ。
そう言って教えてくれた獅童くんの目標は、彼以外の誰もが達成できないと思っていたものだった。
でも、もしかしたらこの人なら、クラス全員の笑顔を見るという目標も達成できるのかもしれない。
そう思えるくらい、獅童くんとしばらく過ごしてきた私は、それまでの学校での私から変化してきている。
きっとこれからも私の隣は騒がしいのだろうなと思いながら、変化していく自分に少しだけ期待して、私は獅童くんに頑張って微笑んでみせた。
篠宮さんを笑わせてみたい そばあきな @sobaakina
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