ジムに通ったら筋肉じゃなくて脂肪が付いて、なぜか可愛い彼女が出来ました

みすたぁ・ゆー

ジムに通ったら筋肉じゃなくて脂肪が付いて、なぜか可愛い彼女が出来ました

 

 来月から俺は高校生になる。中学の時はいわゆる陰キャというか、クラスでも目立たない存在で月見草のように生きてきた。


 でもこれを機にそんな人生とはオサラバしたい。絶対に高校デビューして、充実した楽しいスクールライフを送るんだ! 陽の当たる場所へ出るんだ!


 ――というわけで、その第一歩として俺は春休みを利用して体を鍛えることを決めた。マッチョなボディで明るく振る舞っていれば、キャラ付けはバッチリ。きっとみんなの輪の中心に近いところへ入っていける。


 ちなみに近所に住む工務店のおじさんから聞いた話によると、1か月ほど前に隣町の国道沿いにジムが新規開業したとのこと。何というベストタイミングだろうか。


 俺が住んでいるのは地方の田舎町だから、ショッピングモールとか田んぼとか畑とか、あとは自動車整備工場、それにゴルフ用品店ばかりだもんなぁ。つまりこれは神様の思し召しに違いない。


 こうして春休み初日である今日、俺は自宅から自転車で1時間ほどかけてそのジムへとやってきたのだった。




 土間引き戸となっている出入口のドアの上には『狩刈がりがりジム』と書かれた真新しい看板が掲げられているほか、壁面には開店祝いの紅白の花輪が立てかけられている。場所はここで間違いないだろう。


 ただ、ジムにしては外観が零細企業の作業所といった感じで、中から人の話し声や物音などがしない。中の様子を窺おうにも、ドア窓は曇りガラスになっているので外からは分からない。


「とりあえず入ってみるか。ドアには『営業中』の札が掛けられているし」


 俺は自転車を花輪の前に停め、遠慮がちにそーっとドアを開けてみた。


 すると中は思った以上に明るくて、いくつものLED蛍光灯が眩く輝いている。そして桜が満開になっている季節にもかかわらず暖房が付いていて、初夏の陽気のように蒸し暑い。


 もしかしたら発汗を促すためにあえて暖かくしているのかもしれない。


「でも……なんか変だよな……」


 周囲を見回してみてもランニングマシンやダンベルといった器具はなく、その代わりにいくつかのテーブルや雀卓、パンやお菓子などを販売しているコーナー、小さなカウンター席とキッチンが設置されている。


 また、今はジムの関係者も利用者も誰もいない。まぁ、これは開業したばかりだからジムの会員がまだ少ないってことなんだろうと思う。


 と、俺は勝手に納得し、静かに奥へと歩いていく。そしてカウンター席の前まで来ると奥に向かって声をかけてみる。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」


「……あいよーっ!」


 奥からかすかにしゃがれた声がした。程なく70代くらいのお爺さんが僕のいるフロアへゆっくりと歩いてやってくる。


 お爺さんはスキンヘッドに白い眉、黒いチョッキに茶色のズボンという格好で、体格はかなり細い。確かに背中は真っ直ぐで姿勢はいいけど、体を鍛えているマッチョボディのようには見えない。


「いらっしゃい。兄ちゃん、どんなご用かな?」


「えっと器具を利用したくて……」


 それを聞くとお爺さんは納得したようにポンと手を叩いて、フロアの隅っこを指差す。そこには薄汚れたコピー機があって、唸るような作動音を奏で続けている。


「コピーサービスならあの機械を使ってくれ。モノクロは全サイズ1枚10円、カラーはA3が1枚100円で、それ以下のサイズは1枚50円ね。コイン式じゃないから、あとで精算という形になるよ」


「えっ? いやいや、コピーの利用じゃないです!」


「じゃ、本体の購入か? 大型複合機にも種類があってね、大判が刷れるヤツとかFAX付きとか。あぁ、それともオフィス家具かね?」


 なんだかお爺さんはワケの分からないことを言っていて、俺と話が噛み合わない。きっとこれはどちらかが何か根本的な勘違いをしているのだろう。


 とりあえず、俺が勘違いをしているという場合から考えてみることにする。RPGの攻撃補助魔法でも、敵キャラにかけるものよりも自分にかけるものの方が確実に効果が出るし。


「……あの、ここってジムですよね? トレーナーさんとかはいないんですか?」


「トレーナー? それならここから1キロメートルくらい先にある『ムラジマ洋品店』で売ってるよ。そんなに寒いなら、ワシのちゃんちゃんこを貸してやるからちょっと待ってな」


「ち、違います! 服のトレーナーじゃないですよ!」


 俺は慌ててお爺さんの腕を掴みながら呼び止めた。するとお爺さんは首を傾げ、訝しげに俺を眺めてくる。


「よく分からん兄ちゃんだのぉ。もしかして特殊詐欺の受け子か? 最近、そういう犯罪が多いらしいからな。駐在に電話してみるか……」


「ま、待ってください! 俺はジムを利用しに来たんですっ。ここってジムなんですよね?」


「そうだが。狩刈ジムって外の看板に書いてあっただろう。狩刈はワシの名字。狩刈歩音与ほねよだ。『ジム』の部分は最近の流行を意識して、カタカナを使ってみた」


 なぜか得意気な顔をする狩刈さん。おそらくネーミングが相当気に入ってるんだろう。


 カタカナを使うくらいで流行を意識しているって言えるのか俺には疑問だけど、この場は空気を読んで黙っていることにする。




 …………。


 ……え?


 ここで俺はひとつの仮説が頭に浮かぶと同時に、おそらくそれが正解なのではないかという予感がして思わず呆然としてしまった。一応、俺は恐る恐る確認してみる。


「も、もしかしてここって体を鍛えるジムってことじゃなくて、事務機のジムですか?」


「そうそう、オシャレじゃろ」


 ニコニコと笑う狩刈さんを見て、俺は頭を抱えた。


 ちくしょ、俺の勘違いだったのか。こんなド田舎にジムが出来たなんておかしいと思ったんだ。冷静に考えれば、経営が成り立つほど会員が集まるわけないし。


 あるいは工務店のおじさんが勘違いしていたのか、はたまた嘘をつかれたのか。




 ――いや、他人ひとを疑うのは良くない。事実がどうであれ、俺が勘違いしたということにしておこう。


 いずれにしてもこのままだと狩刈さんは駐在さんに電話してしまう可能性があるので、気まずいながらも事情を説明しておくことにする。


「実は俺、体を鍛えるジムだと思ってここに来ちゃいました……」


「っ!? おぉっ、なんだそういうことだったか! どうりで話が噛み合わないわけだ! はっはっは! でも安心せい。あっちに鉄アレイがあるから自由に使っていいぞ。使用料だって取らんし」


 狩刈さんは入れ歯が飛び出してしまうのではないかというくらいに大笑いしながら、俺の肩をバンバンと叩いた。入れ歯かどうかは知らないので、あくまでも比喩表現だけど。


 でも誤解が解けた一方で、今度は疑問が浮かび上がってくる。


「……な、なんで事務機の販売店に鉄アレイがあるんですか?」


「この店は地域の憩いの場としての役割も担っていてな。あっちのテーブルでは将棋や囲碁、雀卓では麻雀が無料で楽しめるんだよ。もちろん、カネを賭けるのは御法度だけどな――表向きは」


「へっ? 表向き?」


「あっ!? い、いやいやなんでもないッ! 遊ぶだけ、遊ぶだけっ!」


 狩刈さんは焦りながら手と首を激しく横に振っている。まさか違法なことを実際にしているのだろうか。




 …………。


 ……反応を見る限り、賭博行為をしてそうだけどね。まぁ、趣味でやっている範囲なんだろうし、俺は警察官じゃないから告発するなんて野暮なことはしないけどさ。


 俺は心の中で深いため息をつき、眉を曇らせる。


「深く追求はしませんけど、もし賭け事をしている時に駐在さんが見回りに来たらどうするんです? 大変なことになりますよ?」


「ま、あいつもたまに参加し――おっと」


 狩刈さんは慌てて手で口を塞いだ。あまりにもベタな行動で、もしかしてわざとやっているんじゃないかという気さえする。



 だ、大丈夫なのかな……この店……。



 それに駐在さんまでグルってことは、この地域の治安も心配になってくる。やれやれ……。


「あとは地域の子どもたちが災害や犯罪などに巻き込まれそうになった時、ここは避難場所としても指定されているんだよ。そういうわけで色々なものが揃えてあるというわけさ。腹が減ったらパンや菓子を買うことが出来るし、軽食も安価で提供してる」


「そ、そうなんですか……」


「兄ちゃん、せっかく来たんだから鉄アレイで鍛えていきなよ。もうすぐ近所の年寄り連中も集まってくる時間だしさ、兄ちゃんのような若者がいると話のタネになるしみんな喜ぶよ」


「で、では、せっかくなので使わせていただきます」


「長居していって良いからな。喉が渇いたら茶や水ならタダだから、セルフサービスで自由に飲んでいいぞ。ジュース類は店の外に自販機があるから、そこで買ってくれ。夏でもおしるこやコーンスープ、甘酒なんかを用意してある」


「わ、分かりました……」


 こうして俺は鉄アレイを使わせてもらい、フロアの隅で黙々と筋肉を鍛えていた。




 そしてそれから20分くらいして地域のお爺さんやお婆さんたちがゾロゾロと集まってきて、井戸端会議や囲碁、将棋、麻雀、食事、居眠りなど思い思いに過ごし始める。地域の憩いの場というのはまんざらでもなさそうだ。


 ……なんというか、こういう場所で地域の情報が交換・拡散されていくんだろうな。お互い様の精神で助かることも多いけど、プライベートなんてあったもんじゃない。





 その後も俺はひとりで筋肉を鍛え続けた。でも当然の流れというか、しばらくして皆様からお呼ばれされて将棋や麻雀の相手をすることとなる。中学時代は友達が少なくて、自室でネット将棋やネット麻雀などをしていたから、その時の知識や経験があって助かった。


 そんな感じで過ごしているとあっという間に5時間ぐらいが経っていて、ひと息ついているところで俺は狩刈さんから手招きでカウンター席へ呼ばれたのだった。


 俺はテーブルや雀卓のある場所を離れ、そちらへと移動する。すると座るなり狩刈さんが冷蔵庫からケーキを取り出して、俺の前に置いてくる。


「兄ちゃん、疲れただろ。ここで少し休憩しな。あの連中、こうでもしないといつまでも付き合わせる気だからさ。それとこのケーキ、タダで食わしてやるよ。あの連中が世話になった礼だ。飲み物はコーヒーでいいか?」


「あ、すみません。ありがとうございます。では、ご馳走になります」


 こうして狩刈さんはネルドリップ式のコーヒーを淹れてくれた。きちんと豆から手で挽いて、それをフィルターにセットすると手際よく手持ちポットから熱湯を注いでいく。


 その場には良い香りが漂って、心も落ち着いてくる。そしてカップに注がれたコーヒーを一口啜ると、わずかな酸味としっかりした苦味が舌の上で花開く。ちなみに豆の品種は『マンデリン』というんだそうだ。



 ――美味しい。こんなに美味しいコーヒーを俺は飲んだことがない。しかもブラックで苦味が強いはずなのに苦もなく飲める。やっぱり淹れ方がうまいってことなのかなぁ。



 そういえば、ネルドリップ式は淹れるのに技術がいるって聞いたことがあるような気がする。狩刈さんはどこで淹れ方を習ったのだろう? 事務機の販売なんてやめて、喫茶店をメインに商売すればいいのに。


 さて、次はケーキだ。見た目は普通のチーズケーキ。その端っこをフォークですくって口へと運ぶ。


 すると口の中にはチーズの濃厚なうま味と甘味、ほんのりとした塩味が広がる。それとこのフレッシュさはレモンか何かで出しているのだろうか。


 それらのバランスが絶妙で、何ホールでもペロリと食べてしまうことが出来そうだ。


「美味しいですね、このケーキ。買いたいので、どこで売ってるのか教えてもらえませんか?」


「はっはっは、それはうちの孫が作ったの。そんなに気に入ったなら、また遊びに来なよ。前日に連絡してくれれば、用意してもらえるように頼んでおいてやっから。ただし、次からは有料だぞ」


「あははっ! はいっ、もちろんです」


 ――と、俺が満面の笑みを浮かべながら頷いていると、出入口のドアが開いて『ただいまー』と言いながら女の子が中へ入ってくる。


 年齢は俺と同じくらい。水色のパーカーと茶色のスカートという格好で、セミロングのストレートの黒髪をふたつ結びにしている。身長は俺の肩くらいだから150センチメートルといったところか。体格は細くて小さくて、可愛らしい印象を受ける。


「おっ、噂をすれば何とやら。ケーキはあの子が作ったんだよ。――おーい、佳奈かな。ちょっとこっちに来てくれ」


「なぁに、お爺ちゃん」


 狩刈さんに呼ばれ、女の子は小走りで駆け寄ってくる。そしてカウンター席に座る俺に気付くと、はにかみながら小さくペコッと頭を下げてくる。


 その瞬間、俺は心臓がドキッと大きく跳ねて体全体が熱くなる。


「この兄ちゃん、佳奈の作ったケーキが美味くて気に入ったんだと」


「は、はじめまして。向井むきい真刷まするです」


 俺は緊張して噛みそうになるのをなんとか乗り越え、無事に自己紹介が出来た。さらになんとか笑みを作り、頭を下げる。


 すると女の子はクスッとかすかに微笑んでから、俺を見つめてくる。それが俺にはなんだか照れくさくて、慌てて視線を逸らして俯いてしまう。


福夜ふくよ佳奈です」


「……えっと、このケーキ、美味しいです。すっかり気に入っちゃいました」


「そ、そうですかっ! そう言っていただけると嬉しいです! ぜひまた食べに来てください!」


 その時、わずかに顔を上げてチラリと見た福夜さんの顔は、太陽のように輝いていた。無垢で明るくて晴れやかな最高の笑顔で、心から嬉しそうにしていた。


 俺はきっと死ぬまでその記憶を忘れないだろう。





 翌日から俺は毎日のように狩刈ジムへ通うようになった。中には雨の日もあったけど、その時は何時間かに1本しかない路線バスに乗って移動。また、帰りは狩刈さんや常連の皆様の誰かが軽トラで送ってくれたことが何度もある。


 結果、春休みが終わる頃には狩刈さんや常連の皆様とすっかり仲良くなり、福夜さんとは心の距離が大きく縮まったのだった。


 特に福夜さんは自分の作ったケーキやお菓子を俺が美味しそうに食べるのを見るのが好きなようで、いつも嬉しそうにしながら見つめていてくれる。時には狩刈さんに内緒でお菓子を持ってきてくれることもあって、俺としても幸せすぎて夢見心地だ。


 ちなみに偶然にも福夜さんは俺と同い年で、しかも今月から通い始める高校まで同じだということが判明し、なんというか運命的なものを感じてしまった。俺の自惚れかな……?


 一方、俺としてはちょっと心に引っかかっていることがあるというか、このままじゃいけないと思っていることもある。


 それはここ最近、筋肉を鍛えられていないということ。それどころか狩刈ジムでは常連の皆様と遊んだり、福夜さんのお菓子を食べたりしてばかりで、むしろ春休み前よりも太ってしまった。


 短期間でこの増え方はさすがにヤバイ。せっかく華麗な高校デビューを計画していたのに、それが台無しになってしまいかねない。もちろん、夏服の季節になるまでは肥えたボディでも目立たないから、今からがんばればまだ間に合う。


 だから今後は福夜さんの作ってくれたお菓子を控えなければならない。そのことを伝えなければならないのは気が退けるし、つらいけど……。


 そして明日は高校の入学式。遅刻しないように、今日はいつもより少し早めに狩刈ジムを出て帰宅しようとする。


「向井くん、帰るの? 近くまで付き合うよ」


「うん、ありがと」


 俺は福夜さんと一緒に狩刈ジムを出た。そして俺は自転車を手で押しながら、福夜さんと並んで国道を歩いていく。


 夕陽は遠くの山に半分くらい沈んでいて、辺りの田んぼも車が行き交う車道も何もかもが茜色に染まっている。もちろん、隣を歩く福夜さんの綺麗な横顔も。


 こんなに可愛くて性格も良い子が俺の隣を歩いているなんて、今でも信じられない。夢じゃないかと思う。本当に縁って不思議だ。


 そんなことを思いながらじっと見つめていると不意に彼女がこちらを向き、俺は慌てて視線を逸らす。すると福夜さんはクスッと頬を緩めながら『どうしたの?』と声をかけてくる。


 それに対して俺は必死に平静を装って前を向いたまま『別に……』と答え、それっきり黙って歩いていく。


 それからしばらくして、ポツリと福夜さんが話し始める。


「向井くんが来るようになって、常連客のみんなが今まで以上に元気になったよ」


「まぁ、みんな良くしてくれるし、御礼を言いたいのは俺の方だけどね」


「じゃ、WIN-WINでいいんじゃない?」


「そうだね。福夜さんの作ったケーキやお菓子も美味しいし」


「あはは、そう言ってもらえると嬉しいな。じゃ、私も含めるとWIN-WIN-WINだ」


 本当に福夜さんは楽しげだ。だからこそ、例の話を切り出すのが余計に苦しい。でもこのまま有耶無耶うやむやにし続けることは出来ない。


 俺は足を止め、意を決して口を開く。


「俺、しばらく狩刈ジムへ行くのをやめようと思うんだ」


「……えっ? な、なんでっ?」


 途端に福夜さんの顔が曇り、今にも泣き出しそうな瞳になる。


 俺も心臓を槍で突き刺されたような気がするくらいに痛くて苦しい。それに耐えつつ、話を続ける。


「元々さ、体を鍛えるためにジムへ通おうと思って狩刈ジムを訪れたんだよ。結果的にそれは勘違いだったんだけど、そのおかげで福夜さんやみんなと出会えた」


「うん……」


「でも常連さんたちと遊ぶのが主体になっちゃって、それとケーキやお菓子ばかり食べてるから筋肉よりも脂肪が付いちゃって。だからこのままじゃいけないなぁと思って」


「それなら甘くないお菓子を用意し――」


「たくさん食べたら意味ないから。それに太った姿を福夜さんに見せるの、恥ずかしいし」


 俺は福夜さんの言葉を強引に遮る形で言い放った。すると福夜さんは俺の腕を掴み、柳眉を逆立てながら堰を切ったように想いを吐露する。


「そんなの私は気にしてないっ! 太っていようが痩せていようが、向井くんは向井くんだよ! むしろ太っていてくれた方が、ほかの女の子が寄ってこなくて私は安心だしっ!」


「っ? それ、どういう意味?」


 俺が目を丸くしていると、福夜さんは小さく息を呑んで視線を逸らしてしまった。そのままばつが悪そうな顔をして少し沈黙する。


「……えっと……その……向井くんがほかの女の子と仲良さそうにしている姿を見たくないって言うか、そういうことを想像するだけでも嫌というか……」


 ポツリと呟く福夜さん。その頬は心なしか赤く染まっているような気がする。だってすでに夕陽は山の向こうへ全て沈んで、辺りは薄暗くなり始めているから。きっと光のせいじゃない。


 それを悟った瞬間、俺はある決意をする。福夜さんの目をしっかり見つめながら一世一代の勝負に出ることにする。



 なんか誰かの目をこうして真っ直ぐに見つめるのなんて初めてかもしれない。



「ゴメン! 前言撤回。男が一度口にした言葉を、しかも即座に取り消すなんて格好悪いと思うけど、やっぱりこれからも狩刈ジムに通ってお菓子をご馳走になることにするよ」


「えっ? どうして急に?」


「あそこで過ごす時間は楽しいし、これからも福夜さんのお菓子が食べたいから。……でもさ……太ってるとやっぱ彼女とか作りにくいと思うんだよね。それってちょっと嫌だなぁって思う面もある。だからさ……」


「…………」


「もし良かったら……俺と付き合ってください。それなら安心して福夜さんの作ったお菓子をたくさん食べられるし」


 頭も体も全体が燃えるように熱くて、心臓は爆発寸前といったくらいに大きく脈動している。頭の中は真っ白だ。


 今さらだけど、なんでこんなことをしたのか分からない。勢いというか雰囲気というのは、時として地球すらもひっくり返すくらいの力があるもんだと思い知らされる。


 当たり前だけど、福夜さんは突然のことに驚いて呆然としたまま。俺自身だって自分の行動に驚いているくらいなんだから当然だけど。


「どうかな? 彼女になってくれる?」


「……うんっ! もちろんっ! これからもよろしくねっ!」


 その時の福夜さんの笑顔は最高に輝いて見えた。



(おしまいっ!)

 

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