参戦

 外の様子を眺めていても仕方がないということで、哲夫は部屋の中に戻り椅子に腰掛けた。

 PCの電源を入れて、インターネットで情報収集することに。


 ニュースサイトの記事に目を通すと、それぞれが好き勝手に書かれている。

 ある記事では『米国の諜報機関が……』などと陰謀論めいたことが書かれていたり、あるいは『国家機関が暴走』と断言する記事があれば逆に『一企業による国家への反逆』と書かれているものもある。

 ちなみにこの場合の一企業というのは、哲夫が所属しているVRQに他ならない。


 SNSなどでは、家族が目を覚まさないとか、警察がいきなり乗り込んできたのような、当事者の発言に便乗するように、誰が良いとか悪いとか、許せるとか許せないとかの議論が巻き起こる。

 警察車両に囲まれたVRQ本社の写真をみて『犯罪者集団』と紹介されているのを見て、哲夫はため息をついた。

「なんだこれは……結局どういう状況なんだよ」

 VRQは最近の会社らしく、会社にかかってくる電話は全てAIが自動で行っているのだが、そのことに不満を言う人の声もある。

 クレームを入れたら塩対応どころか砂対応された。という様子を動画を公開したり、その様子を配信したりする人もいる。

 面倒な情報をフィルタリングできているという意味では、正しく機能しているとも言える。

 そもそも0120フリーダイヤルではないから、電話代はクレーマー負担なので、どれだけ長電話をされてもVRQに損害は全くないのだが。


 そんな中、一つの配信が哲夫の目に留まった。

 いくつかのサイトで同時配信されているようで、そのタイトルは『【新世界】中継配信【炎上中】』となっている。

 配信主は有名な大学の公式アカウントで、一人称視点で森の中を走り回る様子が映し出されている。

 動画説明欄には、哲夫から見ても正しいと思える情報が、これまでのあらすじとして書かれていた。


 スピーカーのミュートを解除すると、軽やかなフリー素材のBGMと、数人が会話する声が聞こえてきた。

『……そうですね。実際のところ、この世界に接続して、目を覚まさない人もいるようです』

 一言喋ると、少し黙り、コメントが流れる。

 国が公式情報を発表しない中、数少ない信頼できる情報ということで、少しずつ視聴者数が増えているようだ。

『目を覚まさない人の特徴ですか……これは不確定情報なのですが、新世界で怪物に殺された人が目を覚まさないようです。ですが、それにも一部例外があるようです』

 再びコメントが流れる。

——こっわ。

——デスゲームかよ。

——この配信視点は大丈夫なの?

『心配してくれてありがとうございます。本当は彼にも早く戻ってきて欲しいのですが……こちらから彼に連絡を入れる方法がないんです。目を覚まさないことがあるというのは、彼が新世界に入る前にはわかっていなかったので……』

——だからこんなのんびりしてるのか。誰か教えてあげろよ!

『何度か言っていることなのですが、連絡を入れる方法は、現在調査中です』

——配信なんてしてる暇があったら、調査に加われよ!

『たしかに調査は大事です。すでに数十人が全力で調査しています。私が加わっても邪魔になるだけです。私の使命は、この状況を一人でも多くの人に伝えることだと考えています』

—— ※このコメントは表示されません

——直接世界に入って伝えるのは駄目なの?

『二次遭難を防ぐと言うことで、別メンバーが新たに行くことは禁止されてます。今は国の部隊……警察や自衛隊が中心になって救助活動をしていますが、なにせ新世界は広いですし、派手に動けば怪物が集まってきますから……』

——他の人の視点は見れない?

『この、資格共有の技術はまだ実験段階でしたが、ついさっき警察に提供しています。とはいえ警察が情報を公開するかは不明ですが』

——ちょっと警察に問い合わせしてくる

——ちょっと警察に問い詰めてくる

——警察に電話してみる

——110番で良いの?

——とりあえず、開示請求してみる。

『いや、問い合わせは止めませんが、脅迫的なクレームは止めておきましょうね。相手は国家ですからね……』


 国に対する不満などでコメント欄が炎上し、配信主が火消しに必死になったのを感じた哲夫は、黙って音量を下げた。

 よく見ると、視界は少しふらついている。

 目的地は定まっていないようで、なんとなく焦りや不安の感情が見て取れる。


 時折視線が向く先には、よく見たら哲夫のよく知る場所があった。

 木を組み合わせられた柵で囲われた。哲夫達が拠点としていた場所だった。

 どうやらこの視点は、あの拠点へと向かっている。

 それも、攻め手として忍び寄る感じではなく、遭難者が救助を求めるかのように。


「この人は、助けを求めているのか?」


 他に誰もいない301号室こしつで、哲夫は呟いた。

 そして、後ろの壁を見る。壁越しの302号室となりに、助ける手段があることに思い至る。


 他のダイバー達は、警察に拘束されている。

 表と裏で顔の違う哲夫だけが、警察のリストから逃れ自由にされている。


「……行くか」


 助ける手段がある。

 助けを求める人がいる。

 それだけで十分だった。

 哲夫は、窓を開けてベランダから隣の部屋へと移る。

 端末の設定を入力して、中に入って蓋を閉じる。


 フィロは独り、三度目のこの世界へと飛び込んだ。

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