監獄
「哲夫さん! 戻りましたか、急いで外へ!」
哲夫が目を覚ますと、カプセルの蓋が開ききるより前に鈴木が顔を除き、手を差し出してきた。
手を掴みながら起き上がり、そのままカプセルの外に連れ出され、少し歩いた場所にある、稼働中の別のカプセルの元へ誘導される。
そこにはすでに、作業服を着た数名の技師と、スーツを着た数名の社員がいて、哲夫達は底に合流することになった。
「鈴木さん、なにが起きてるんだ?」
「詳しい話は少しずつ話します。まずは端的に言うと、国家機関が暴走を始めました」
「暴走って、国が? どういう」
話の内容について行けない哲夫があたふたとしていると、問いの答えが返ってくるより前に、周りにいた社員がわらわらと近寄ってきた。
「賢木さん、でしたっけ? 鈴木さんから、優秀な事務員が入ったって、聞いてますよ!」
「そっすか……」
「まあ入ったばっかでわからないこともあると思うけど、わからないことがあったらいつでも聞いてよ!」
「そうだぜ! ……まあそれも、この会社が存続すればって話だが」
社員の一人が何気なく口に出した言葉に、全員が真剣な表情で押し黙る。
状況について行けない哲夫は、申し訳なさそうに片手をあげた。
「あの……ん? どういう意味だ?」
「哲夫さん。先ほどの話の続きです、とりあえず哲夫さんはあいつらが不審なことをしないか見張りを……」
鈴木の言葉の途中で、扉が勢いよく開かれた。
警察服に身を包んだ数名の男と、汗だくの笑顔でその周りをくるくると周回しているVRQの社員達が勢いよく部屋の中に踏み込んだ。
「警察だっ!」
一人の警察官が、うろちょろとする社員を苛立たしげに押しのけながら警察手帳を掲げた。
「みみ、み……みなさん! け、けいさつの方が、お越しになりました。まずは冷たいお茶を、誰か用意して……」
「そんなものは不要だ! 捜査に協力しない場合、妨害行為として逮捕することになる!」
「その機械だな、中に人が入っているのは! 今すぐに稼働を停止し、容疑者の身柄を差し出すように!」
警察達は、哲夫達が集まっている端末に目を付けたのか、一直線にに近づいてきた。
その間に割り込むように、数名の社員が立ち塞がる。
「お言葉ですが! こちらから強制的に切断行為をすると、ダイバーの精神に悪影響が出る可能性があります!」
「邪魔をするな! 逮捕令状は出ている。それでも妨害するというのなら……」
「だから、戻ってくるようにと連絡はいれてます! それとも、国民の安全よりも権威を優先する、それがこの国の判断なのですか!」
「口答えをするな!
「馬鹿、止めろ!」
端末に繋がれる太いケーブルに手を伸ばした警官に、一人の社員が思わず掴みかかった。
そこからは、泥沼のような喧嘩が始まった。
一人一人の体格で考えると、警察官に分があった。
単純な殴り合いをしていたなら、数の差を考慮しても一般社員に勝ち目など無かっただろう。
だが、事はそう簡単には運ばない。
むしろ体格差があるからこそ、警察はうかつに暴力を振るうこともできないのだろう。
警官は、我武者羅に向かって来た社員の足をかけ、冷たい床に転がせてから馬乗りになって抑えつける。
だが、一人が一人を拘束するのでは、警察の側は数が不足していた。
数秒の出来事の間に、数名の社員が両手を広げて端末を守る壁になる。
警棒を振り上げられても、目を薄くするだけで、むしろ一歩前に出る。
警察官も、この状況で無抵抗の国民を相手に殴りつけるまでするつもりはない。
行き場を失った暴力を持て余す間に、後ろの警官が無線機に手を伸ばした。
ザッピング音が数秒の後、ノイズが弱まりながら声が聞こえてくる。
『こちら本部、どうしましたか?』
「こちら35班。容疑者達の妨害に遭っている。応援を求む!」
『こちら本部、状況を理解しました。だがすぐには援軍を遅れません。35班はその場から離脱して、32班に合流してください』
「……了解した。全員、撤退準備!」
無線の音声を聞いた警官達は、各々舌打ちをしながら振り返り、出口へと歩き去って行く。
両手を伸ばして壁になっていた社員達は腰を落としてその場に座り込んだ。
「なんだったんだ? なんで警察はここまで強引にダイバーを拘束しようとするんだ?」
疑問に思った哲夫が聞くと、恐怖と覚悟で汗だくになった鈴木が身体を哲夫の方に向けた。
「どうにも彼らは、一部のダイバーが帰還できない原因は、私たちの技術にあると考えているようです」
「なんだ、それは。言い掛かりだろ?」
「もちろんです。ですが、
「怪しいからって、それだけで……」
「あいつらは仲間意識が無駄に強いですからね。目を覚まさない警察官がいる。仲間を救い出すためならば、短絡的な行動をするのに躊躇はしないんです。馬鹿ですからね」
警察が全員立ち去ってから数分後、端末の蓋がカシュッと開き、ダイバーが現実世界に帰還したことで、その場は解散となった。
別の部屋へ援軍に向かう者もいれば、帰ってきたダイバーから話を聞く者や、少しこの部屋で休むという者もいた。
哲夫は、鈴木に連れられて何カ所かの現場を回ることになった。
とはいえ以降は、基本的には自然と端末から出てくるダイバーを、待ち構えていた警官が確保するという流れになり、哲夫の出番は全くなかった。
警察に連れられたダイバー達は、端末のない部屋で丁重に扱われているようで、そうとなれば会社として妨害をする言い分がない。
警察としてはダイバーを世界から切断することだけが目的で、待ちさえすれば抵抗されないことがわかってからは強硬手段に出ることはなくなった。
元から撤退準備を進めていたということもあり、三十分もしないうちに落ち着いた。
その後社員達は警察の指導に従い、それぞれの個室で待機することになる。
301号室に戻った哲夫が呆然と、窓から外を眺めると、無数の警察車両が集まって、会社をぐるりと取り囲んでいた。
各階には数名の警察官が見張りにつき、定期的なパトロールも行われている。
身柄の自由こそ許されているものの、逃げ出すことは許されない。
いつの間にかVRQ本社は、社員を閉じ込める監獄と化していた。
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