人型

 フィロは時折、背の高い木の頂上に飛び乗って周囲を確認しながら、拠点のある山の方へと歩いた。

 拠点はすでに、樹上からであれば目視できるが、獣に襲われていた二人はフィロほどの身体能力がない。

 そのためフィロが助けに来たときのように、木々を飛び越えて一直線に帰るわけにはいかなかった。


 フィロに先導される男女は、小さな身体で元気に跳ね回る少女の姿を見て、少しずつ落ち着きを取り戻したようだった。

 同時に、危険が去ったことが体感できたのか、心の余裕も生まれ始める。

 音もなく十メートル以上はある木から飛び降りてきたフィロが手招きをして歩き出す前に、女性が駆け寄り近づいてきた。


「ねえ、えっと……君は?」

 不意に声を掛けられたフィロは、顔を上げた。

「ん? ああ、そういえば名乗ってなかったな。俺はフィロ。VRQ所属のダイバーだ」

「そうなんだ。フィロちゃんは小学生? それとも中学生?」

「あ〜悪いけど、理由わけあって外の世界のことについては答えられない、質問禁止な。あと、ちゃん付けは止めてくれ、恥ずかしい」

「……そっか。事情があるならしょうがないね」

 まさか、フィロの中身が成人男性だなどとは想像もできなかったが、子供のプライバシーを守る教育がちゃんとされているんだな……ぐらいに考えて、質問をした女性は納得したように笑顔で頷いた。


 フィロが森道を歩き出すと、もう一人の男も追いついて、陽気に手を上げる。

「はいっ! じゃあフィロちゃ……さん、俺からも質問良いっすか?」

「……ああ。なんだ?」

「フィロさんが出したあの巨大な剣は、いったいどうやったんすか?」

「巨大な……って、武想のことか? どうと言われても、闘気を集める感じで掴めば、こんな風に……」


 フィロは二人のいない方向に手を伸ばし、慣れた手つきで大剣を武想する。

 なにもない空間に突如現れた大剣に、二人は改めて驚いた。

「すっげぇ……俺達はこんなの知らねえよ!」

「ねえフィロちゃん。これぐらいは普通なの?」

「普通って言うか……武想これがないと獣と戦えないんだが。むしろそっちはどうしているんだ?」

「どうって……ねえ」

 二人は目を合わせて頷きあった。

「俺達は基本的に、新世界に飛ぶ前に、武器庫で使いやすい獲物を選ぶ。こんな感じで……『解凍!』」

 男が、ハガキほどのカードを懐から取り出して軽くゆらすと、ポンッと軽快な音がして、刃渡り二十センチほどのコンバットナイフが現れる。

 取り出したナイフを目の前に斬りつけると、鋭い切れ味で木の枝がポロリと落ちた。

「へえ、凄いな……というか、好きな武器を選べるなら、俺の剣より便利じゃないか?」

「だがこれは借り物だからな。俺が凄いわけじゃないんだ」

「それにね、フィロちゃん。実際のところそうでもないの。持ち込めるのは2〜3枚だし、一度出したら元に戻せないの」

「そゆことだ。ナイフぐらいなら良いが、フィロちゃんみたいなでかい剣を出しても、ずっと持ち歩けない」

「なるほど、そういうものか……」


 男はそう言うが、実際のところ全員の装備を統一できることには大きなメリットがあった。

 才能のない者でもある程度戦うことができるようになるし、一人当たりの能力が均等になるため部隊としても動かしやすい。

 また、全員が同じ道具を使うということで、それに特化した効率の良い訓練方法も編み出すことができる。

 そういう事情もあって、国の機関でも『武想』ではなく、新世界開拓社の『武器召喚』の方式が取り入れられていた。

 そのことをフィロ達は、すぐ直後に知ることになる。


 フィロが武想を解除すると、男はナイフを逆手に持ったまま、三人は森の中を進んだ。

 しばらく進むと、フィロが片腕を水平に上げて立ち止まる。

「止まれ。何かいる……」

 フィロが視線を向ける先を見ると、昨日らに隠れていた影がゆっくりと姿を見せた。

 それは人の姿をしていた。

 迷彩服に身を包んだ男の身長は170センチほどだろうか。

 極端に腰を曲げているせいで正確にはわからない。

 光りが宿っていない瞳をフィロ達に向け、消え入りそうな声で「解凍」と呟く。

 パリパリと弾けるような音と共に四十センチほどの機関銃が二丁、男の両手に現れる。

「伏せろ!」

 フィロは、叫ぶと同時に武想を展開。

 大剣を盾にするように地に刺し、直後に嵐が吹き荒れる。

 狙いを定められてもいない二丁の銃から放たれる無数の弾丸は森の木々をなぎ倒しながら数秒間続いた。


 耳鳴りが残るなかで男は、両手の銃を下ろしながら首を左右に振って辺りを見渡し呟いた。

 数発の銃弾を受けたのであろう、苦しみながら蹲っている男女を見て、さらなる後悔が押し寄せる。

「いやだ、殺して……くれ……」

 表情を苦しみにゆがめる男は、その意思とは関係ないようにゆっくりと腕を持ち上げ銃口を二人に向ける。

「やめろ……俺は人殺しなんか……誰か、止めてくれ!」

「その願い、聞き届けた」

 目の前を巨大な剣が通り過ぎ、銃を握る両腕が叩き潰される。

 最期に少女の姿を瞳に写し、男の意識はそこで途絶える。


 それとまったく同じタイミングで、意識不明となっていた自衛隊隊員が目を覚ましたのだが、彼は深層世界での一切の記憶を失っていた。

 この世界で人の手で殺されることが、獣によって捕らわれた魂を解放することになることを、このときはまだ、誰も知るよしもなかった。

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