砂上楼閣
現実世界に戻ったカゲトラは、数名の技術者を連れて会議室へと向かった。
会議室にはすでにVRQの社長を含め、重役が顔をそろえている。
大きなモニターには二分割されており、それぞれ別の会議室の様子が映されている。
片方にはビジネススーツを着た若い人が十人ほど、簡素な会議室にいるようだ。
もう片方は少し高級そうな部屋で、かっちりとしたスーツを着た政治家が数名に加えて、警察や自衛隊の制服を着た人が座っていた。
カゲトラ達が席に座ると、社長の隣に座る本部長が、テーブル中央の全指向マイクに向かって身を乗り出した。
「VRQは全員揃いました」
『
『はい、精神技術管理チームも揃っています。全員揃ったようなので、時間前ですが始めます』
全員の参加が確認されたということで、とある政治家の隣に座っていた秘書らしき若い男が主導して、話し合いが進められた。
まずは状況の確認ということで、まずはVRQの代表としてカゲトラに発言権が渡される。
「
その後、他社と国の代表からも同様に説明が行われる。
ベンチャー企業である新世界開拓社は、拠点構築を最低限にして攻撃主体の戦略をとっていたためか、行方不明、あるいは帰還不能になっているダイバーが多いとのことだった。
現在は大将を中心に仮の拠点を構築しているが、自衛だけで手一杯で、偵察に出ている部隊への帰還命令さえ間に合っていないとのことだった。
国が主体となっている制震技術管理チームについては、拠点構築が早々に完了したこともあり、積極的に周辺の偵察を行っていたのだが、それが裏目に出ているらしい。
無線機に頼らず連絡を取り合う訓練も積んでいたが、大量に発生する獣の対処に追われ、いくつかの部隊が行方不明、または壊滅状態にある。
それぞれが状況を報告し終わったところで、腕を組んで頷いていた政治家が机を叩き、立ち上がった。
『日本政府としては、これ以上の被害拡大は看過できない! 両社には、指示に従って協力してもらう!』
少し政治に詳しければ、だれでも知っているその政治家の言葉に、VRQと新世界開拓社の社員はそれぞれ顔をしかめるが、批判を直接口に出しはしなかった。
沈黙を肯定と受け取った政治家は、満足げに頷いて演説を続ける。
『まずは、これ以上の被害者を出さないために、現在生存している
悦に入った政治家が話をまとめようとするのを聞いて、今度はもう一つの画面から台パンする音が響いた。
『お言葉ですが! 我々はまだ犬ども……国主導のチームとやらの、実力を認めたわけではありません! 本当にあなたたちだけで、この事態を対処できるとお考えですか?』
『おっしゃりたいことはわかります。特に被害者を大勢出してしまった貴社にとって、看過できる状況ではないですね。ですが今は非常事態です。我々はこれ以上、民間企業に委託するわけにはいかないのですよ』
『お言葉を重ねさせて頂きますが! そもそも政府に新世界技術を提供したのは、我々民間です! いつの間にあなた方は、我々の助力無しでやっていけると思うほどに増長したんですか!』
『甘く見ないでもらいたい! 我々は君たちだけでなく、海外の団体からも技術の提供を受けて更に発展している! 技術力で言うなら、すでに今回集まった中では一番だと自負しています。あなた方の時代は、もう終わったのですよ!』
政治家の自慢げな言葉を聞いて、VRQの会議室が、特に技術者達が顔色を変えた。
そのうちの一人がマイクに指を伸ばしてミュートに設定し、スピーカーの音量を下げてから苦笑する。
「ははっ、あいつらやっぱりか……」
「つまり我々の技術を外国に売り渡したってことだよな、いや、笑えない……」
「予想できてたことですけどね。だから国には数世代前の、型落ちの技術しか提供していませんし」
「それでも、核となる技術のいくつかは漏出したと考えるべきでしょう」
技術者達の言葉に呼応するように、会議に参加していた役員やダイバーも国に対する失望を隠さなかった。
ある程度、想定していたことではあった。
そして、気持ちがわからないことでもなかった。
警察にせよ自衛隊にせよ、少なくとも国内においては唯一にして最強の『戦力』であるという自負があった。
犯罪があれば頼りにされるし、存在自体が抑止力にもなる。
しかし心象世界においては、その理屈が通用しない。
これから、さらなる発展が予想されるこの世界で、犯罪を取り締まるのが警察以外になること、侵略に対する防衛を民間企業に依存することを、彼らは目に見えて恐れているようだった。
画面の向こうでは、新世界開拓社から、似たような批難が飛ぶ。
『我々の技術を他国に売り渡したのか!』
それに対する返答はこうだった。
『人聞きの悪い! それに他国の技術者は『レベルの低い技術だ』と言っていた。君たちは自分たちの技術とやらを過信していたのではないですか?』
結局のところ政治家にとって大切なのは、他国との競争ではなく自国での立ち位置なのだ。
だから、自国の技術が「レベルが低い」と言われた時、むしろ彼らの表情は愉悦に歪んでいたことだろう。
それがわかって、他国の技術者もあえてそう口にした可能性さえある。
喧々囂々とする議論を聞いて、社長は大きくため息をついた。
「残念ですが、もはやこの国に未来はありません。計画通り我が社は本拠地は外国に移すことになりそうです。それはそれと、カゲトラさん」
「はい!」
「今すぐ心象世界に戻って、撤退の準備と
「かしこまりました! では、失礼します」
カゲトラは頭を下げてそそくさと退室し、社長は意を決してミュートボタンに指を伸ばした。
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