ランチブレイク

 カゲトラはその後、しばらくしてこの世界から姿を消した。

 言っていたとおり、外に出て国や他社と打ち合わせをしにいったのだろう。

 遺されたフィロ達は、カゲトラが戻ってくるまでは自由時間ということになった。


「フィロは、どうする?」

「俺は……」

「私は、このままこの拠点を獣から守る。フィロは、昼ご飯は?」

「そういや、なにも喰ってないな。急いで呼び出されたから」

「だったら、今のうちに食べておいで」

「そうさせてもらう。かぼちゃ先輩、その、気をつけて……」

「私は、まあ大丈夫だと思うけどわかった。気をつけるね」


 かぼちゃと分かれ一人になったフィロは、外の世界に戻る手順を実行する。

 目を閉じて、この世界から足が離れていく感覚。

 眠りから、目を覚ますような感覚。

 数秒間瞑想をすると、足元の地面の感覚が消え、椅子にもたれかかる感覚に変わる。

 ゆっくりと目蓋を開くと、カプセルの蓋が開いて外の世界に戻ってきた。


 端末から起き上がって外に出ると、すぐ隣に置かれた席でノートPCを操作していた鈴木が顔を向けた。

「哲夫さん、戻ってきたのですね」

「ああ。なんか戦争どころじゃなくなったからな。一度休憩を挟むことにした」

「お弁当をもらってきました。食べながらで良いので話を聞いてください」

 そう言って鈴木が取り出したのは、木箱が二段重ねになった弁当箱だった。

 みるからに高級そうな蓋を開けると、色とりどりな料理が並んでいる。

 おにぎりとかサンドイッチとかコンビニ弁当とか、そういう軽食をイメージしていた哲夫は面食らいながら卓上と鈴木の顔を行き来させる。

「……? ささ、どうぞ哲夫さん」

「ああ、いただきます」

 表面がさらさらとした割り箸を割り、哲夫が少しずつ空腹を満たし始めると、鈴木はタブレットを確認しながら話し出した。

「哲夫さんもすでに耳にしているかもしれませんが、心象世界で獣が大量発生したため、一時戦争は中止になりました」

「……ん、まあ戦争どころじゃなかったからな」

「はい。そもそも、私たちの会社では複数人の心象世界を連結させることはほとんどやりません。この技術は他社が提供していたのですが、事情聴取をしたところここまで大人数を接続するのは初めてだったそうです」

「……ん。それで?」

「複数の心象世界をつなげた結果、世界の拡張は確かに確認されました。ですが同時に、過大なストレスが発生していたようです。今まで独立していた個人の世界を、無理矢理混ぜたのだから無理もありません。他人の臓器を移植すると拒絶反応が出るのと似ています。そこに数百人が一斉にアクセスし、同時多発的に戦闘が発生した結果、世界が『人』を敵と判断しました。それが無数の獣として表出したそうです」


 鈴木が話す内容はなんとなく想像できていたので、哲夫は聞いてもあまり驚くことはなかった。

 こちらの世界から観測している人にとっては驚愕の事実でも、実際に心象世界で戦った人からすれば「まあそうだろうな」といいう程度の内容だったとも言える。

 個人の心象世界で遭遇した獣とは明らかに違う原理で動いていた。

 いままでフィロがみてきた獣は、何かしらの過去や秘密を隠すため、それを暴く行為に対する拒絶反応だった。

 だが、さっき発生した無数の獣たちは明らかに人に対して『敵意』を向けていた。

 その直前には爆発音が世界中に響いていて、そこに因果の線を結ぶのは難しいことじゃない。

「なるほどな。それで俺達は、この後どうするんだ?」

「その……理由は言えないのですが哲夫さんにはもう少し、このまま待機を……」

 何かを言いにくそうに口ごもる鈴木に、哲夫は声を潜めて話しかけた。

「向こうで獣に殺されると、目が覚めないってことなら聞いているぞ?」

 哲夫の言葉に驚いた鈴木は、すぐに「そうか、かぼちゃさんなら……」と納得して頷いた。


「その、哲夫さん。これはまだ、社内でも一部にしか伝えられていない情報なのですが、おっしゃるとおり今回の心象世界では、獣に殺されると世界に喰われ・・・ます。しかも、聞いた話だと、周辺に獣がいるとこちらに戻ってくることもできないのだとか。おそらくこの後、世界に取り残された人を救出する作戦が」

「まあ、そうなるか……」

 哲夫は話しに納得して、黙って弁当を口に運ぶ作業に戻った。

 子供や小食な大人では食べきれないほどの量に苦戦することもなく、ものの数分で平らげる。


「ごちそうさん。鈴木さん、次があるとしたらもっと安物で良いからな」

「いえいえ、哲夫さんには期待してますから……」

「それじゃあ俺は、向こうに戻るよ。やることが多そうだ」

「良いんですか? 目覚めないことになる可能性があるんです、逃げても誰も責めませんよ」

「まあそうだろうな。だけどなんていうか、俺の中のフィロが『逃げたくない』って言ってる気がするんで」


 忠告混じりの制止を振り切って、哲夫は再び端末に乗り込んだ。

 蓋が閉まり、瞬きするとファンの冷却音が消え、状況報告と指示と戦闘音が混ざった喧噪が鼓膜をゆらす。

 周りを見ると、他のダイバーは疲労困憊といった様子だった。すでに何度か出撃して獣と戦闘を繰り返してきたのだろう。服装も皮膚も薄汚れて傷ついている。

「要救助者を発見! 複数の獣に追われている! 獣の対処は唯我様がする。誰か救出に行ける者は⁉」

 たまたま聞こえてきた命令に、フィロは勢いよく手を上げた。

「フィロ! 出れます!」

 フィロ以外に手を上げる余裕のある者はいないようだった。

 あるいは余裕のある者は、すでに別の救出に向かっているのだろう。

「フィロだな、頼んだ! 十秒後に五秒間だけ門を開くから……」

「開門は必要ない! 飛び越える!」


 十メートル以上はある巨大な壁の頂上に、フィロは軽い助走で飛び乗った。

 正面の森の一部から、騒がしい気配が近づいてきて、そこに一つの影が飛び込んでいく。

「唯我様が向かわれた! タイミングをみて救助を頼む!」

「任された!」

 唯我……かぼちゃと同じSランクの暴力が獣を消し飛ばしていく戦場に、少女フィロは文字通り飛び込んだ。

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