安全地帯
拠点のある地点に戻ったフィロを待っていたのは、よりいっそうの阿鼻叫喚だった。
拠点の周囲には無数の獣が闊歩して、常に隙を窺っているようだ。
ビルほどの高さもある巨大な首長竜が尾を城壁に叩きつけようとして、飛び出してきた戦士の斬撃で切り刻まれて崩れていく。
時折こうして獣が拠点に押し寄せては、戦闘の末に撃退されているようだ。
入り口を探して周辺をうろついていると、巡回していた戦士に案内される。
洞窟の入り口から地下通路に入り、そのまま進むと少し大きな空間に出た。
出迎えたのは疲れ切った顔の二人組だった。
巡回していた人は、そのまま外の偵察に戻るようだ。
「ご無事で何より。そちらの二人は?」
憲兵の一人は、フィロの抱える女性と、フィロの後ろで息を切らせる女性に目を向けた。
「ああ。獣に襲われていたから、拾ってきた。保護してくれるか?」
「そうですか。構いませんよ。もはやこの状況では、敵も味方もありませんからね」
見張りをしていた男の反応からして、他社のダイバーを連れてくるのはフィロが始めてというわけではないのだろう。
抱えていた女性を座らせるように置くと、憲兵は慣れた調子で、二人の女性にそれぞれ事情聴取を始めるようだった。
それぞれに名前と所属を確認し、その後「暴れないこと」や「許可無く城壁の外に出ないこと」など、基本的なルールをいくつか伝えていく。
聞いている感じだと、対戦相手なので捕虜的な扱いにはなるが、緊急事態的な状況でもあるということで、そこまで厳しい制限はないらしい。
そのことに安心したフィロは、見張りをしていたもう一人に声をかける。
「なあ、俺は先に入っても良いか?」
「そうですね。フィロさんはどうぞ。念のため、外に出るときは一声かけてくださいね」
許可を得たフィロは、取り調べを受ける二人に向けて軽く手を振った。
「じゃあな!」
「あ、待って! その!」
フィロに抱えられていた方の女が、立ち去ろうとするフィロに手を伸ばす。
「……ん、なんだ?」
「お嬢さん。その……名前を、教えてくれない?」
「ああ、俺はフィロ。フィロ・サルファ。外での本名は、訳あって教えない。よろしくな!」
「うん、フィロちゃん。私たちを助けてくれて、ありがとう」
「お安い御用だ。それじゃ!」
フィロは最後に一度だけ手を振って、階段を上って地上に出た。
壁に囲われた城内には、木材を組み合わせて作られた即席の見張り台として建てられた塔が中央に突き立っている。
高楼の頂上では数人が交代で見張りをして、近づいてくる獣や人がいないか目を光らせている。
そしてその下では、降りてきた情報を元に、状況の整理や作戦会議が行われているようだった。
フィロが近づいていくと、ちょうど『フィロ』と名の彫られた木の板が木製の壁に掛けられた。
タイミングから考えて、拠点に帰還済みの一覧なのだろう。
フィロの名前のかなり上に「かぼちゃ」の名が彫られた板も吊されていた。
上から順だとしたら、フィロよりもかなり早く拠点に戻ってきていることになる。
流石は先輩だ。などと感心していると、フィロの肩がツンツンとつつかれる。
「フィロ、お帰り。遅かったね」
「少し寄り道をしたからな。聞くまでもないかも知れないが、かぼちゃ先輩は無事だったか?」
「うん、見ての通り。向かってくる敵は全てねじ伏せたよ」
フィロが振り返ると、のんびりした笑顔でガッツポーズをするかぼちゃがいた。
「フィロ、話はどこまで聞いている?」
「いや、俺はついさっき戻ったばかりだから。何が起きているんだ?」
「そだね。じゃあ直接、聞きに行こうか」
かぼちゃはフィロの手を引いて、拠点の中央へと進んでいく。
人が集まっている中を通り抜けていく。
フィロにとっては初対面の面々も、かぼちゃにとっては知った顔なのだろう。
誰にも咎められることなく、木板で区切られた空間に二人が入ると、緊張感が走る。
かぼちゃの顔を見て安心したように気を落ち着けて、その後無数の瞳はフィロをじっくりと観察した。
そんな中、フィロにとっても見知った顔であるカゲトラが、空気を破るように手を上げた。
「かぼちゃ! 戻ったか。そっちは、フィロだったな?
「うん。……で、状況は?」
「わからないことが多すぎる。内でも外でも混乱しているらしい」
「外と連絡が取れるの?」
「ああ。いつも通りの手順でログアウトできるからな。だが……」
「だが、なに?」
言いにくいことをためらったカゲトラに、かぼちゃは容赦なく詰め寄った。
それでもカゲトラは目をそらして誤魔化そうとして、結局かぼちゃの圧に負けたように両手を挙げる。
「これは、未確定の情報なんだが、その……この世界で獣に殺された奴が、目を覚まさないらしい」
「誰か、やられたの?」
「うちの社員は全員無事だ。そもそもランクA以下が単独で外に出ていることはなかったからな。だが、例の会社とか警察とかではすでに被害が出てるらしい。警察は最小限の被害で耐えているが、例のとこは壊滅状態なんだとか」
「壊滅状態。」
想像よりも悲惨な状況に、かぼちゃは続ける言葉を失ってしまった。
その斜め後ろでフィロは、ついさっき二人を助けたのは間違いじゃなかったと安心すると同時に、助けが間に合わなかった数人がいたことを思い出して唇を噛みしめた。
「とにかく、俺は一度外に出て対策を話し合ってくるが、かぼちゃはどうする?」
「私は……ここに残って、みんなを守る」
「そうか、わかった。かぼちゃが守ってくれるならこの拠点は安心だ。だがくれぐれも、この話は内密にしてくれ。いきなり話すと、混乱でどうなるかわからないからな」
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