小さな英雄

 混沌とした森の片隅で、二人の女性が死に物狂いで逃げていた。

 宙を泳ぐ魚の群れがその後を追う。

 彼女たちは配信とゲームを本職とする、いわゆるプロゲーマーの団体だった。

 対戦ゲームで世界ランクに食い込めるほどの技術を買われ、今回の戦争に参加することになった。

 いわゆる傭兵である。


 フィロやかぼちゃの所属するVRQかいしゃではなく、もう一つの民間企業。

 技術的には後れを取っており、国家ほど人的資源があるわけでもない彼らは、ひたすら人材の発掘に力を入れた。

 その一環として、FPSなどのゲームでプロとして活動する者に目を付けた。


 五十人ほどが所属する集団のうち、心象世界に適応できたのは五人だけだった。

 五人の男女は足並みをそろえて行動し、森の中で魚の獣に遭遇する。

 訓練で何度も獣との戦闘をこなしていた五人はいつも通りの完璧な連携を取り、前衛と後衛に別れて一匹の魚と対峙する。

 いつも通り、ゲームを楽しむような余裕の笑みは、数秒後に失われることになる。

 魚の体当たりで大盾が吹き飛ばされ、振り下ろされた剣は刃こぼれして鱗の一枚も削ることができず、全体重を乗せた鉄槌は軽く弾き飛ばすノックバックしかできなかった。

 いつの間にか魚は群れを成し、怒り狂ったように全身をくねらせながら近づいてくる。


 前衛役の三人は、十秒もかからずに全滅した。

 魚群に飲み込まれてしまい、すでに姿は確認できない。

 後衛の二人はそうそうに仲間を見捨て、敵に背中を見せてでも全速力で逃げ出した。

 全力で走る彼女たちの速度は、非現実的と言うこともできるほどだったが、それでも群れの気配が近づいてくるのが肌に感じられる。

 しびれを切らしたように、一人が振り返った。

 弓矢の武想を展開し、全力で引き絞って放たれた矢は、先行する魚に的中するが少し驚かせたぐらいで傷一つなかった。


 少し離れて立ち止まったもう一人は、宙空で尾びれをうねらせて加速する魚が、チームメイトに突撃するのを眺めるしかできなかった。

 まるでコマ送りでみるように、仲の良い友達でもある仲間との思い出が蘇る。

 ああ、自分事でなくても走馬灯は見れるんだ。などと見当違いなことを考え、逃げるか、助けに戻るか葛藤している間にも一人と一匹の距離は狭くなる。


 恐怖に歪む友人の顔。

「来るな、来るな! だれか、たすk……」

 助けに戻ろうにも、恐怖で足が引きつって動かない。

 目をそらす時間も、瞬きする時間も無く呆然と眺める。

 よく見ると鋭い牙が生えている魚の口が……

 硬い金属音に阻まれる。


 信じられない速さで走ってきた女の子が、彼女を守る盾になるように、巨大な剣を振り回す。

 野球のバットをフルスイングするように、剣の腹を叩きつけられた魚は数メートル上空まで吹き飛ばされていた。

「大丈夫か? 逃げるぞ! ……失礼する!」

 女の子が剣を放り捨てると、巨大な質量は空気になって消えた。

 腰を抜かして動けない女性の脇に抱え、呆然と立ちすくむ女性の元に近づいてくる。

「時間が無い、ついてこれるか?」

「え、うん。君は……?」

「俺はフィロ。話は後だ。あいつらは敵意とか殺意とかに反応する。心を落ち着けて、ついてきてくれ」

 フィロは、女性一人を抱えているとは思えない身軽さで森の山道を駆け上り始めた。

 荷物のように担がれた女性はきょとんとした顔で言葉を失ったまま、おとなしく運ばれることを選択したようだ。


 フィロに言われるまでもなく、ついさっきの出来事の整理ができず、敵意などはどこかに飛び去ってしまっていた。

 その甲斐あってかはわからないが、その後は獣に遭遇することもなく三人は、多くの人が集まる拠点にたどり着いた。

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