幕間:海のむこうで

 フィロが合衆国軍人を名乗る男を殺すのと同時に、同じ顔を持つ者がとある病院で目を覚ました。

 病院も、目を覚ました本人さえも困惑する中で、連絡を受けた一人の男が病室の戸を開けて中に入る。


「おはよう、伍長。気分はいかがかね?」

「……最悪だ。ここはどこだ?」

「ここは基地の病院だ。君は半年以上の間、目を覚ますことなく眠っていた。早速で悪いが、質問させてくれ」

「イエッサー」

 男は敬礼しようとするが、腕の筋肉が弱りすぎていて、実際には指先がピクリと動くだけだった。

 男よりも高いグレードの階級章を身につけた男は、そのままで良い。とジェスチャーで示してから、椅子に腰掛ける。

「まず始めに。君がこうなった原因について、覚えている範囲で話して欲しい。一番最近の記憶は? 眠りにつく前、君は何をしていた?」

「記憶? 何か特別なことをした記憶は無いな……いや、確かにその日は、軍の研究室から招集を受けていた。だが……」

「思い出せないのかね?」

「No、思い出せない……」


 男は目を瞑って記憶を掘り返そうとしても、何も思い出せなかった。

 朝、目を覚まして制服に着替え、妻の作った朝食を食べた……その辺りから、記憶が薄くなる。

 愛する妻と娘に挨拶をして、家を出た……はずなのだが、そこから先は何も思い出せなかった。


「記録によると君は『とある日本人japの心に潜入した』となっている。思い当たる節は?」

「心に潜入? それはなんのハリウッドだ?」

「当時の君も、まったく同じように返答したらしい。どうやら本当に、記憶が欠落しているようだな」


 男は片手に持ったタブレットにいくつか入力をしていきながら、矢継ぎ早に質問を繰り返す。

「頭痛は?」

「なんともない」

「倦怠感は?」

「少しある。だが休めばすぐに良くなりそうだ」

「無理はしないように。他に痛む場所などは?」

「全身が、筋肉痛だ」

「半年以上横になっていたのだから仕方がない。リハビリに励みたまえ」

 五分ほど、雑談を交えながら質問リストを全て確認した男は、満足そうに頷いてから、堅苦しく生真面目な表情をした。


「最後に、もう一度だけ聞く。半年前……君にとっては昨日のことを、本当に覚えていないのだね?」

「覚えていない。記憶が抜け落ちているようだ」

「わかった……まあ、良いだろう。いずれにせよ君の意識が戻って良かった」

「心配をおかけしたようだな」

「ふふっ、まあ仲間だし、当然のことだ。それに、君が目覚めたおかげで『ドリームワールド技術』の安全性が基準値を満たす。すでに計画は進んでいる。1時間もすれば全世界に発表されるだろう……君も楽しみにしたまえ!」

 そう言って、椅子から立ち上がった男は豪快に笑いながら、病院を後にした。


 それから本当に1時間程しか立たないうちに、全世界に向けてストリーミングが配信された。

 こうして、突然のゲームチェンジャー出現に、各国が慌てふためくのだった。

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