カウントダウン

 息を切らせながら会社に着くと、エントランスで待ち構えていた鈴木にすぐに声をかけられた。

「哲夫さん! 休憩中に申し訳ありません。昼食はもう取りましたか?」

「いや、まだだ」

「それは本当にすいません。後で軽食を用意します……が、今はとにかく急ぎます。ついてきてください」

 鈴木はそう言ってエレベーターに乗り込んだ。


 地下に降りていくエレベーターの中で、鈴木はメモ用紙を見ながら哲夫に身体を向ける。

「哲夫さん、面倒なことになりました」

「もしかして、海外だかの企業が発表していたあれのことか?」

「哲夫さんも見ていたんですね。でしたら話が早い。ええ、まさにその件です」

 扉が開き、廊下を歩きながらも鈴木は説明を続けた。

「心象世界と類似した仕組みを、例の企業も開発していたようです。そして、ついさっき、世界中の競合に向けた配信と同時に、宣戦布告が行われました」

「宣戦布告……?」

 物騒な言葉に首をかしげる哲夫に、鈴木は頷いた。

「はい。明後日にデモンストレーションをやるから参加しないか、と。同じ研究をしている世界中の企業一覧と共に。参加しなければ非協力的だと叩かれ、かといって参加すれば傘下に入ったと思われてしまうでしょうね」

「それは、確かに面倒そうだな」

「となると十中八九、複数の企業が妨害に入るでしょう。セレモニーを台無しにすることで信用を失墜させ、混沌が生み出されます。そして、その戦乱を勝ち抜いた企業が、真に派遣を握ることになるのです」

「それで『宣戦布告』ってことか」


 実際には、何事もなく丸く収まる可能性もある。

 だが、哲夫や鈴木が所属するVRQも含め、心象世界の技術に携わる企業のほとんどが内心では「我が社の技術が世界一」と思っている節があった。

 少なくとも最新の技術を扱いる自負があり、極秘技術扱いされていたため今まで会社同士が交流することもなかった。

 独自に進化した技術の生態系が、一つの檻に押し込められるようなものだ。人は同族同士でさえ殺し合う種族なのに、何事もなく平和に交流できると考える方が無理がある。


「さしあたって、国内の企業から連絡が来ています。互いの技術共有を兼ねて、模擬戦を行わないか? と。同盟というよりは、格付けが目的のようですね」

「うわ……」

「面倒そう。というのは同意見です。ですが、ここで下手をすると今後、我が社は永遠に三下企業となってしまうでしょう。……そういうわけで、フィロの活躍にも期待してますよ!」


 そうこう言っている間に、哲夫達はカプセル型の端末が並ぶ部屋に到着した。

 中に人が入って稼働してる端末もいくつかあり、スタッフが何やら調整している端末も。

 会社に所属するダイバーのほぼ全員が緊急招集を受けているため、普段は使っていない端末さえ稼働させているようだ。


 鈴木が端末の一つを簡単に設定を済ませると、音もなく蓋が開く。

「それじゃあ、行ってくる」

「ご武運を!」

 哲夫が端末に乗り込むと、鈴木は軽く手を振った。


 蓋が閉じ、瞬きをすると純白の世界が広がる。

 見渡すとそこにはすでに数十人の、おそらくフィロと同じダイバーだろう人の姿が並び、次から次へとこの世界にアクセスしているようだった。

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