洒落た定食屋から眺める世界の軋む音

 会社を出た哲夫達は、佐藤の案内の元、最寄り駅の近くにある古民家風の店に入った。

 外観とは裏腹に店内は清潔で、少し薄暗い店内はほどほどに賑わっているようだった。

 客のほとんどは若者で、どちらかというと女性客の方が多い。

 哲夫一人だったら入ることはない店の雰囲気に場違い感を心配したが、誰も気にした様子はなかった。

「……へえ、もうそんなとこまで進んだんだ! 伊藤君、凄いね!」

「いえそれほどでも。普通に真面目に進めただけっす。と言うか、佐藤さんが不真面……」

「あ、伊藤君、それって悪口ハラスメントってやつ……冗談、冗談だって! ねえ、賢木さんはどんな感じ?」

 話題を向けられた哲夫は不意に我に返り、少し悩んでから声を出す。

「あ〜……俺は半分ぐらい、終わったところかな。ただ聞いてる感じだと、俺はそもそも内容が違うっていうか、量が少ないっぽいけどな」

 哲夫の言葉に、伊藤が「なるほど」と手を叩いた。

「そういえば賢木さんは、転職者でしたな」

「ねえ賢木さん。前の仕事は何やってたの?」

 無邪気な瞳の佐藤に聞かれた哲夫は、前の会社を辞めることになったきっかけや、退職してから約半年続いた無職の期間を思い出し、ネガティブが湧き上がるのを、無理矢理な笑顔で抑えつけた。

「……まあ、普通の事務職だよ。この会社だと自動化されてることが、前の会社は人の仕事だったんだ」

 これ以上、具体的に聞かれたら面倒だな。

 そう思い哲夫が危惧して身構えていると、不意に伊藤の胸元からピピピ……と鳴りだした。

 伊藤は胸ポケットから携帯端末を取り出して、画面に表示される文字を流し見る。

「おっと、そういえば……」

「ねえ、伊藤君? 何かあった?」

「いえ、ちょうど記者会見が行われる予定だったのです。昼前に速報が入り、興味深い内容だったのでアラームを入れていたのでした」

「へえ、なんの? 私も見せてよ」

「もちろんです。どうぞ」


 左上にLiveと書かれた配信はすでに始まっているようで、マイクの置かれた机だけが映っていた。

 動く影は何もないが、時折英語でなにやらやりとりする声だけがかすかに聞こえてくる。

 会場が少しざわついた。かと思ったら、横からスーツを着た男が現れて、マイクの前にスッと腰を下ろした。

"Hello everyone. Thank you for having ..."

 流暢な英語でのスピーチに面食らっていると、伊藤が画面を操作すると、数秒遅れの字幕が画面下に表示された。


『みなさま、お集まり頂きありがとうございます。本日は我が社の新技術を紹介します。まずはこちらの映像をご確認ください』

 その一言と同時に、画面がパッと切り替わる。

 真っ黒な画面からアイリスインして表示されたのは、人の背丈の三倍はある巨大な立方体だった。

 全体が画面に映ったタイミングで箱の一部が左右に割け、その中に人が入り込んでいく。

 その瞬間、またも映像が切り替わる。

 ついさっき機械に乗り込んだ人が、今度は草原で手を広げ、全身に風を受けていた。

『ここは夢の中。新しい身体で冒険に出よう!』

 画面に映った人は、自然なそぶりで草原を駆けだした。

 地平線から青空に移り、デモ画像はそこで終了した。


 会見場が再び映し出される。

『皆さん、ゲームは好きですか? 私はもちろん、大好きです。こう考えることはありませんか? ゲームの中の世界には入れたら良いのにと』

 スライドが、コメディなイラストに切り替わる。

『VRの技術は、めざましく発展しました。椅子に座りながらにして、世界を旅した気分になることもできるようになりました。でも、本当に? 風の暖かさも水の冷たさも、触れることすらできないのに? それは映画を見ている気分になれる。だけど、実際に旅をしたわけじゃない。無論それはそれで、ひとつの素晴らしい体験だ』

 勢いよく語られる内容と共にイラストもコロコロと切り替わる。

『そしてゴーグルを外すと、見ての通り。私は……座ったままだ』

 会場の様子が映し出された。

 座ったまま、手を広げている話者の姿が映し出され、かすかに笑い声のようなものがマイクに入り込む。


『できることなら、自分の足で旅をしたい。だけど忙しくてそんな時間も無い。家に居ながら、世界中を駆け回りたい。そんなのは怠惰な大人のの我が儘だ? その通り。私たちはその我が儘を実現する技術をついに手に入れた』

 画面に、最初のムービーにあった巨大な箱が映し出される。

『この機械は、人の脳波とネットワークを接続し、』


 字幕に出される説明を読んで、ふと佐藤が呟いた。

「ねえ、これって……」

 佐藤の言葉を聞いて、伊藤も首を縦に振る。

「そうですな……我が社の端末と、やってることが酷似しております」

 細かいところで違いはあった。

 だが、動画の内容を要約すると、技術的にはほとんど同じことをしているようだった。


『今日からちょうど今から48時間後に、盛大なパーティーを開催します。各国のゲストも参加します。ではまた会いましょう!』

 最後にそれだけ言い残し、有名人の名前と顔写真が切り替わる動画が流れ始め、画面の片隅で47:59からカウントダウンが始まった。


 いつの間にか一緒になって動画を見ていた渡辺と高橋も含め、五人は呆然と言葉を失っていた。

 同時に、何カ所かで同時多発的に着信が鳴り、慌てて会話に出る声で店中が騒がしくなる。

 そんな中、哲夫の鞄からもブルブルと震えが伝わってきた。

 画面を見ると『鈴木』と表示されている。

「はい、賢木です」

『哲夫さん! 大変なことが起きました。今どこですか?』

「外の店で、昼食を……」

『そうですか……埋め合わせはするので、今すぐ会社に戻って来れますか?』

「ああ、わかった。急いで戻る」


 哲夫は、四人に「そういうわけで、戻ることになった」と言って、財布を出そうとしたところで伊藤に止められる。

「賢木さん、店の人には僕から説明しておきますので」

「そうよ、急ぐんでしょ。でも今度、埋め合わせで奢ってよね」

 佐藤が言うと、佐藤高橋渡辺も黙って大きく頷いた。


「ありがとう、恩にきる!」


 同期達の優しさに背中を押されるようにして、哲夫は一人、会社に向かって駆けだした。

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