業務研修1
そこにはすでに、きっちりとスーツを着こなした10人ほどの若い社員がいた。
ノートやペンなどの筆記具を出して、いかにも「やる気あります!」とアピールしているようだった。
集合時間の13時までは、まだ五分ほど時間が合ったが、到着したのは哲夫が最後だったらしい。
年配の社員が名簿にチェックを付け、ペン先で人を指し数えてから顔を上げる。
「よし、全員揃ったな。それじゃ時間前だが……まずは入社おめでとう。私は技術部の中村だ、よろしく」
「「よろしくお願いします!」」
数名の社員が声を合わせたのを見て、哲夫も慌てて頭を下げる。
「では、早速研修を始めることにしよう。えっと……君たち同士も初対面?」
「……はい、そうです!」
先輩社員の中村が視線を向けると、先ほど大きく返事をした一人が頷いた。
中村は少し考えて、ボールペンをノックしてペン先をしまい、胸ポケットに刺しながら言った。
「よし、じゃあまずは自己紹介タイムにしよう。どうせ後でチームわけするから……半分に分かれて五人ずつで。名前と趣味と、後は目標とか? 適当にやってくれ」
手刀で斬られた、哲夫を含む左半分のメンバーが円陣を組むように集まった。
互いに顔を合わせて様子を窺うようにしながら、やがて一人が主導権を獲得した。
「俺は、渡辺っす。趣味はサイクリングで、目標は……今はとりあえず、一人前の社員になることが目標っす! えっと、じゃあ……」
「時計回りにしましょうか。私は高橋。趣味は読書。目標は右に同じよ、よろしく」
「どもー! 佐藤でーす、スポーツ全般、見るのもするのもすきでーす! えっと、目標は……とりあえずこの会社のアイドル的ポジ目指してますっ! よろしく!」
「えっと、伊藤です。趣味はアニm……読書とか。目標は特に……えっと、とりあえず仕事ができるようになります」
茶髪でチャラ男なイメージの渡辺。
クール系女子な雰囲気のある高橋。
キラキラとした笑顔を浮かべる佐藤に、俯きながら話す伊藤。
四人の自己紹介が流れるように終わり、四人の視線が哲夫に集まった。
「俺は賢木。最近はいろいろなところを歩くのが趣味だな。前の会社からの転職だが、この業界は初めてだから、みんなと一緒に頑張りたいと思う」
他の四人の時と同じように、パチパチとまばらな拍手が鳴った。
分かれたもう片方も自己紹介を終えたようで、哲夫を合わせた十人の視線が中村に向いた。
「よし、じゃ始めようか。ということで、君たちは今のところビジネスマナーだとかそういうのを学習してもらっていると思うが、今日からいよいよ技術研修が始まります……その前に、仕事の説明からするから、これを見てください」
PCとケーブルでつながった大画面に、パワーポイントが映し出される。
主題には『当社の業務について』と書かれている。
「うちの会社の主な業務は、ここに書かれているとおり『心象世界の研究と活用』だ。みんな、心象世界についてはどれぐらい?」
中村が、近くにいた数人に視線を向けると、彼らは揃って首を横に振った。
哲夫自身はその様子を「確かに、言葉で説明するのは難しいな」と思いながら、特に聞かれなかったので黙ってみている。
「まあ、そうだな……じゃあ、簡単に説明をすると、心象世界っていうのは人の心の中の世界だ」
スライドが切り替わり、フリー素材の人の絵から出た吹き出しの中に、風景が描かれたイラストが表示される。
「人はこんな感じで、それぞれ心の中に『世界』を持っている。心象世界はまさに、記憶や感情を抽象化したような場所らしい。その人の性格が良ければ快適な世界になるし、しかもこの世界で起きた事象は、そのまま本来の性格にも影響がある。心象世界を改善することで、トラウマを克服できた。という研究もある」
スライドにイラストがポンポンと追加されていく。
落ち込んだ人のイラストが表示され、廃墟のイラストが吹き出しが表示される。
清掃員のイラストが表示されて、廃墟のイラストに矢印が伸びると、落ち込んだ人のイラストが笑顔に切り替わる。
「要するに俺達の仕事は、この清掃員……の、
画面に映る清掃員のすぐ隣、何もない場所を指しながら中村は全員に向けてキメ顔をした。
哲夫を含む十人は、そんな中村を見て呆然としている。
「……どうした? 聞きたいことがあったら質問してもいいんだぞ。あらかた『なぜ、お手伝いなのか』ってことだろうがな」
しばしの沈黙の後、哲夫達とは別チームの男がおずおずと手を上げた。
「あ、はい……お手伝いとは、どういうことですか? その、俺達が清掃員じゃないんですか?」
「質問ありがとう……結論から言うと、そうだ。ここは勘違いしちゃいけないポイントだが、俺達は清掃員にすらなれなかった落ちこぼれ、だからな」
スライドが、次のページに切り替わる。
哲夫がこの数日で何度も見て、何度も乗り込んだカプセル型の端末が映し出された。
「この機械は、心象世界を抜き出したり、人を心象世界に送り込むことができるんだが……この表を見てくれ」
端末の右側のスペースに表示されたグラフは、タイトルが『他人世界への耐久可能時間』となっていた。
横軸が接続時間で、縦軸が人数となっている。
グラフは極端に左寄りで山を作っていて、つまり接続時間が10分未満の者がほとんどということになる。
「見ての通り、どうやら俺達普通の人間は、他人の世界に長時間接続することができないんだ。だから俺達自身が他の人の心に入って清掃活動をすることは、できない」
「……あの、質問ですが」
哲夫の隣に座っていた伊藤が、おずおずと手を上げた。
中村が話すのを止めて頷いたのを見て、伊藤が言葉を続ける。
「長時間接続できない……ということですが、具体的にどうなるので?」
「まず始めに、本人の身体が、少しずつ消えていくらしい。それでも無理して続けていると、精神を病むことにつながる……らしい」
「なるほど、ではもう一つ、なぜ我々にその資格がないと? 上位数パーセントである可能性は……」
「ああ、それに関してはもう確認済みだ。入社試験の時にこの端末使っただろ? その時に接続テストもやってたらしいからな。記録はあるはずだから、後で確認するか?」
「そうで……ござしたか」
どこかにあった期待が裏切られたからか、伊藤は少し肩を落として一歩後ろに下がった。
これ以上質問がないことを確認した中村は、PCの電源を落としてから立ち上がった。
「てなわけで、これから実際にこれに触ることにする。移動するから、みんなついてきてくれ」
哲夫達は中村に続いて大部屋を出て、エレベーターに乗り込んだ。
全員の搭乗を確認した中村が地下1階のボタンを押すと戸が閉まり、下降する浮遊感に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます