ソウル・ネプツニウム

 心象世界から目覚めたソウルは、カプセルの蓋が完全に開いた状態で、天井を見ながら放心していた。

 金縛りに遭ったかのように、全身が重くて動かない。

 脳からの信号が末端まで届かず、何もしたくない。というような倦怠感が精神を支配する。


「先生、僕はどうしたらいいんでしょうか……」

 ソウルは起き上がろうとするのを諦め、徐々に全身の感覚が戻っていくのを感じながら、数ヶ月前のことを思い出した。


 ◇


 そこは、とある大学の研究室だった。

 狭い部屋には様々な機材が乱立していた。

 部屋の中心にある、内部の機械がむき出しになったカプセル型の端末の中には一人の学生がいて、その様子を画面を通して数名で取り囲んで観察している。

 髪がボサボサな中年男性が一人と、数名の若い生徒が、画面に表示されるログを見ながら考察を語り合っていた。


 扉を開けて部屋の中に入ったソウルは、研究室宛に届いていていた封筒を開け、中に目を通しながら彼らの元へと近づいていった。

「おはようございます! 先生、この前の検査の結果が出たそうですよ」

 ソウルが来たちょうどそのタイミングで、ぷしゅぅと音を立てながら端末の蓋がゆっくりと開いた。

 中から出てきた生徒は「あ、せいあ先輩、お疲れ様です!」と言って頭を下げ、すぐに他の生徒と結果について話し始めた。


 中年男性はその様子を軽く眺め、若者達の語らいに混ざろうとせず、腰を上げてソウルの方へ近づいた。

「んで、どうだった? 結果は?」

「今回『適正あり』と出たのは僕だけみたいですね」

「五人中、一人。つまり二十パーセントか、上々じゃねえか。んで、どうするんだ?」

「悩んだんですけど……やっぱり、行こうと思います」

「そうか、寂しくなるな。だが、ひとまずおめでとうと言っておくべきなのかな」


 先生がパチパチと軽く手を叩くと、やいやいと語り合っていた生徒達がこちらを向いた。

 机の上に放り出された適性検査の結果を見て、一人の女子生徒が声を上げた。

「え、せいあ先輩、適正検査、通ったんですか⁉」

 その一言が耳に届いたのか、他の生徒達もわらわらとソウルの元へ近づいてくる。

「すごっ! 私なんて、接続してから数秒で気分が悪くなったのに!」

「僕もそうだった……せ、先輩! その……何かコツとかあるんですか?」


「コツと言われても……ね。それがわかったら、僕らが研究することがなくなっちゃうでしょ」

「確かに……」

「でも、確かに不思議なんだよね。なぜここまで極端に差が出るのか……先生は、どう考えてますか?」

 先生は頭をボリボリと掻きながら、難しそうに口元に手を当てた。

「なぜ、人によって拒絶反応の強さに差があるか……か。諸説あるが、有力なのは『理想と現実の差』の大きさじゃないかと言われてるな。とにかく、おめでとう、せいあ君! 君の活躍に期待しているよ!」

 普段はまったく笑わない先生が、このときばかりは笑顔を見せた。


 ◇


 つい先日まで一緒に研究していた仲間達の顔を、一人一人と思いだした。

「よし」

 仲間の期待を支えにするように、ソウルは目を開き身体を起こす。

 ちょうどそのすぐ隣で、カプセルの蓋が開いてカゲトラが出てきた。

「ふぅ……おつかれさん。俺は他の仕事があるからすぐここを出るが、ソウルはどうする?」

「お供させてください、カゲトラ先輩!」


 まだ、若干の倦怠感が残る身体に鞭を打つようにして、ソウルは起き上がり、カゲトラの後を追って部屋を出た。

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