心の闇

 突如現れた無数の敵を見て、フィロとソウルは即座に臨戦態勢をとった。

 長槍と大剣をそれぞれの手に武想する。その様子にカゲトラは感心しながらも、二人の肩に手をかけた。


「あの数は……俺がやるか。まあ、見て学んで、参考にしてくれ」


 そう言うなりカゲトラは緊張した様子もなく獣の群れの中心に向かって歩を進める。

 一頭の恐竜が先陣を切って飛び込んでくるが、カゲトラは気にした様子もない。

「……おいっ、来てるぞ!」

 慌ててフィロが声をかけると、カゲトラは「わかってる」とでも言いたげに軽く目線を送り、同時に右手に武想した。

 握られていたのは、刃渡り70センチほどの打刀。

 芸術品のように美しい刀が、音もなく硬い鱗を撫でる。

 斜めに真っ二つにされた恐竜は、血しぶきを上げる間もなく、この世界から消滅した。

 仲間の一頭が殺されたのに反応したのか、無数の恐竜が一斉にカゲトラに襲いかかるが、それらを一頭ずつ適切に処理していく。

 後ろで見ているフィロとソウルは、雑談をする余裕さえあった。


「……ねえ、フィロちゃん」

「だから、ちゃん付けは止めろ……なんだ?」

「僕は、あれを見て何を参考にすればいいのかな」

「さあな。俺達もいつか、あんな風になれってことじゃないのか?」

 フィロとソウルが共闘してなんとか倒せた敵を、カゲトラせんぱいは意にも介さず屠っていく。

 実力差を実感しながら、ソウルは気を引き締めるように拳を握り、フィロはニヤリと口元をゆがめた。


 あっという間に、恐竜の群れは姿を消した。

 苔むした廃墟の世界が徐々に姿を変えていく。

 そこは最初の、真っ白な式場とは真逆の光景。床も壁も天井も薄暗い。

 誰もが漆黒の喪服を身に纏う、葬儀場が三人の目の前に構築された。


 一人の少女が、二つの写真の前で涙を流している。

 周りの大人はその様子を、声をかけるでもなくただ傍観している。

 醜い獣の仮面を被った無数の部外者。

 少女を指し同情する者。

 遺影を指し因果応報と嗤う者。

 早く子の面倒な儀式が終われとあくびをかみ殺す者。

 そのどれもが、少女からは敵に見えた。

 誰も私を助けてくれない。父が死んだ。母も死んだ。この世にはもういない。

 私は全ての味方を失った。これから私はこの、醜い獣に溢れる世界で、一人で生きなくちゃいけない。

 そんなことを独り。奥歯を噛む。


 泣き崩れるそんな少女の後ろから近づいてくる影があった。


 この場に相応しくないほどの笑顔を貼り付けた不気味な男。

「——ちゃん、大丈夫? 辛いね、悲しいね、大丈夫?」

 思わず身を引こうとした彼女と更に距離を詰め、薄気味悪い口が耳元に近づく。

「大丈夫、君は悪くない。悪いのは君じゃない……ねえ、復讐を果たす必要があると思わない?」


 心の奥深くから恐怖がわき上がる。

 目の前のこの男が怖い。逆らうとが死よりも恐ろしい。従わなくてはならない。

 疑われてはならない。従順に、この人に都合の良い存在に……

 そうか、私はあいつらが憎いんだ。復習を果たさなくては。

 全てを失った私が生きる理由。きっと私は、奴らに復讐するために生きてきたんだ……

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