カゲトラ・カーボン

 カプセルの蓋を開けて中に入り、目を閉じてしばらくすると身体が一瞬浮遊感に包まれる。

 まぶた越しに強い光が差し込んで、目を開けると真っ白な世界に立っていた。


「あ、来たみたいですよ、先輩!」

「みたいだな、行くか」


 そんなことを言いながら、二つの影がフィロに視線を向ける。

 その片割れである、濃紺の和服の上に朱っぽい羽織はおりを纏う、先輩と呼ばれていた男が、背の低いフィロに視線を合わせるように腰を屈めた。


「あ〜……っと、俺はカゲトラだ。今日お前を指導することになった。よろしく頼む」

「俺はフィロ。こちらこそ、よろしく頼む」

 フィロが名乗ると、もう一人の男は何かに気がついたように「あっ」と声を上げた。

「フィロ……って言うんですね、もしかして、僕を熊から助けてくれた?」

「熊……? ああ、あのときの」

 首をかしげて考えたフィロは、その男が面接試験の時に熊に追われていた男なのだと気がついた。

 気の弱そうな、モブ顔のその男は「やっぱり、そうだったんだね」とこくりこくりと頷いた。

「僕はソウルと名乗っているよ。よろしくね、フィロちゃん」

「いや頼むから、ちゃん付けはやめてくれ……改めて俺はフィロ。よろしくな、ソウルさん。カゲトラさんも、よろしく頼む」

「ああ、もちろんだ。任されたからにはビシバシ指導するから覚悟しておいてくれ。それじゃ早速……」


 カゲトラが軽く手を叩くと、真っ白だった景色に少しずつ色がつき始める。

 当たりをキョロキョロ見回すフィロとソウルの二人を見て、カゲトラは楽しそうに軽く息を吹き出した。


「まず、最初に言っておくが、俺はかぼちゃのように甘くはないからな」

 カゲトラが、そういえば忘れていた。という感じでフィロに言うと、隣のソウルが首をかしげた。

「先輩……、もしかして、かぼちゃ(野菜)が好きなんですか?」

「俺があれ・・を好き? んなわけないだろ、あり得ない」

「え、嫌いなんですか?」

「好きとか嫌いとかじゃなくてだな……まあ、先輩として尊敬はしているが」

「先輩として!? どれだけかぼちゃ(野菜)に思い入れがあるんすか!?」

「いやそりゃ……というかお前、さっきから少し失礼だぞ。紛いなりにも大先輩なんだから、せめて『かぼちゃさん』とか『かぼちゃ先輩』とか……」

「そこまでですか!? ……え、フィロちゃん、カゲトラ先輩このひとこんなこと言ってますが、どう思います?」

「ちゃん付けはやめてくれ。だが俺も、かぼちゃ先輩にはいろいろ教えてもらってるからな」

「ええぇ……フィロちゃんまで?」


 そんな雑談をしているうちに景色は完全に切り替わる。

 ぼうぼうと生い茂る草木や蔦に崩れかけの建物が浸食されている。

 そんな景色の中心に、フィロ達はポツリと立っていた。


 ソウルが、カゲトラの顔を窺いながらポツリと口を開く。

「ここが、心の世界ですか?」

「ああ、そうだ。今日は研修も兼ねて、ここで捜し物をする」

「捜し物……ですか?」

「そもそも俺達の仕事のほとんどは、こうやって他人の心に入り込み、記憶の欠片を探し出すことだからな。ということで、行くぞ。歩きながら話そう」

 フィロとソウルが頷くのも待たず、カゲトラは苔むしたコンクリートの上をゆっくりと歩き出した。


「何が出てくるかわからないから、気をつけろよ。実際の身体が傷つかないとはいえ、この世界で怪我すると精神的な影響は残るから。……まあ、死にでもしない限りは大したこともないんだが、数日寝込むぐらいはあり得るからな」

「そうなん、ですね……気をつけないと……だめですね……っ!」

 カゲトラは数メートルの段差を軽々と超え、フィロもそれに余裕でついていく。

 ソウルだけは、毎回段差を超えるのに全力で跳躍しているようで、ついていくだけで少し息が切れているようだった。

 カゲトラはそんな様子に気づきながら、ひとまず様子を見ることにしたようだった。

 とはいえ距離が開きすぎたので少し立ち止まっていると、フィロがちょんちょんとカゲトラの腕をつついた。

「なあ、カゲトラさん。そういえば、ここはどんな人の世界なんだ?」

「ああ、言っていなかったかな。ここはとある『犯罪者』の心の複写世界だ。俺達のミッションは、ここから共犯者の情報を探し出すことだ」

「犯罪者? 一体どんな罪を……」

 フィロが詳しく聞こうとすると、ちょうどソウルが小走りで二人に追いついた。

 それと同時に、カゲトラ達の目の前が少し騒がしくなる。

「話は後だ。ちょうどいいのが現れた。フィロ、ソウル。お前達二人であれを片付けて見せろ」


 三人の目の前で、今まで壁だった部分が変形し、小型の恐竜が姿を現した。

 すらりとした胴体は硬い鱗に覆われている。

 両足の先には大きな爪があり、口元には鋭い牙が並んでいる。

 いかにも肉食恐竜といった様子のそれは、三人を見て警戒心を高めているようだった。


 カゲトラが一歩下がって道を譲ると、ソウルは意気揚々と前に出る。

「わかりました! みていてください、先輩!」

 移動の疲れなど吹き飛んだ様子のソウルが、半身を前に出して構えると、両手を結ぶ直線上に、二メートル近い長槍が現れた。

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