ぶち鳴らせ、開放弦!! 

げこげこ天秤

お題:「筋肉」

「うんぎゃぁーッ!! 無理ぃーッ!!」 



 白鳥しらとり叶撫かなではペンを投げ飛ばして、そのまま自室の卓袱台ちゃぶだいに突っ伏した。手元に広げているのは、何でもないノート。「翼を広げ~」とか「夢を掴む~」とか、学習発表会の課題曲にありふれていそうな言葉を書いては、上からボールペンで黒塗りにした。



「いい歌詞、全然出てこないよぉ~」



 泣き言を吐き出しながら、白鳥しらとり叶撫かなでは向かいに座る友人に目を向ける。友人の黒峰くろみね六花りっかはというと、切れ長の目で一瞥を投げたっきり、すぐに手元のベースギターで遊び始める。アンプにつないでいないものだから、耳に聞こえてくるのは何ともマヌケな音。太い輪ゴムで遊んでいるかのような、ボンボロボーンという音だ。それでも、黒峰くろみね六花りっかの存在そのものが、まるで看守のようだから、監獄で執筆活動をさせられているような雰囲気に変わりはなかった。


 二人は、ガールズバンド――S/Nスターズ・ナラティヴのメンバーであった。作詞・作曲は、毎回くじ引きで決められることになっており、幸か不幸か、今回の作詞が白鳥しらとり叶撫かなでということになったのである。一方で、黒峰くろみね六花りっかは今回の作曲担当。決まった初日は、「まっかせてよ」とノリノリだった白鳥しらとり叶撫かなでだったが、案の定、それこそが座礁フラグ。約一週間の思案の末、何の成果も生み出せていない彼女は、「六花りっかちゃんの部屋でやったらはかどるかもー」と、自ら望んで監獄にぶち込まれることになったのである。



「看守長ー。なんかヒントちょうだいよぉー」

「ヒント。あなたの負けです」

「ふぎゃぁ。ヤダヤダヤダー!! 私だって、テルルンみたいに、かっちょいい歌詞書けるもーん!!」



 駄々をこねてみる白鳥しらとり叶撫かなでだったが、それで手元のノートに書き出された歌詞の進捗が増えるわけではない。目をつぶれば、メンバーで一番のお調子者であるテルルン――照月てるつき琥珀こはくのありもしない嘲笑が浮かんで来る。ふふふ、この程度の出来で、私を越えようなんてよくも言えたねぇ、と。ちなみに、そんなことを照月てるつき琥珀こはくは言うような子ではないが、いまの白鳥しらとり叶撫かなでには、蔑みの幻聴まで聞こえてくる始末だった。


 それでも、白鳥しらとり叶撫かなでには謎の自信があった。なぜなら、作曲がメンバー内では最強クリエーターの黒峰くろみね六花りっか。いままで作った彼女の曲にハズレはない。どれをとっても、独創的かつパワフルなもので、聞く人の心を鷲掴みにしてきた。特に、照月てるつき琥珀こはくとの共作であった「昭和一〇〇年」は、退廃的な歌詞と、ロックなのにどこかノスタルジックな曲調で、メンバーであった白鳥しらとり叶撫かなででさえ言葉を失ってしまった。けれどいまは、その神曲を爆誕させた黒峰くろみね六花りっかとタッグを組んでいる。これから歌詞がつくであろう曲も、神曲なのは確定しているのだ。


 そうだ!! と白鳥しらとり叶撫かなでは、黒峰くろみね六花りっかが遊びで引いているフレーズに耳を傾けることにした。遊んでいるように見えて、いまも曲を考えてくれているのだ。もしかしたら、曲の方から歌詞が浮かんで来るかもしれない。そう思って、顔を上げれば、黒峰くろみね六花りっかの指は7・9フレット辺り。2弦から3弦へ跳ねるような音が聞こえてきて――


 ――何かと思えば、情けない音で奏でられる「ウサギとカメ」だった。



「どぉーして、そーんなーに、のーろいのかー♪ ……って、うるさいよッ!!」

琥珀こはくのこと、意識しすぎ」

「うぐッ……」



 目を不等号にしては、手をブンブンさせて不満をあらわにした白鳥しらとり叶撫かなでだったが、確信を突かれた彼女は、途端に言葉を詰まらせる。他方、黒峰くろみね六花りっかはというと、何事もなかったかのようにベースに視線を落としては、簡単なスラップフレーズを弾き始める。


 「ウサギとカメ」の教訓は、相手がどんな者でも油断してはいけないというもの。けれど、白鳥しらとり叶撫かなでは物語に続きがあることを知っていた。負けたウサギは、カメに再戦を申し込む。もちろん、二度目の勝負で先にゴールしたのはウサギの方だ。普通にやり合って、足の遅いウサギが負けるはずがない。けれど、負けたはずのカメは、ゴールした時に満足そうな顔をしていたのである。――はじめから、カメはウサギのことなど眼中になかったのだ。ウサギはカメを見て、カメはゴールを見ていた。二度目の戦いでは、ウサギは試合に勝って勝負に負けたのである。


 黒峰くろみね六花りっか照月てるつき琥珀こはくも、良いものを作るのに必死だ。それなのに、白鳥しらとり叶撫かなでときたら、いつの間にか照月てるつき琥珀こはくよりも優れたものを作ることに躍起になっていた。そんなんじゃ、自分の納得できるものなんて作れるわけがないじゃないか。



「ありがと、六花りっかちゃん!! 私、目が覚めたよ!!」

「ん? うん」

「……うーん。でも、だからっていって、思いつかないことには変わりないんだよねー、トホホ……。六花りっかちゃんは、どんな感じなの?」

「フレーズのストックはあるけど……。基本的に、歌詞見て曲作るから。いま作業は止まってるよ」

「げげッ。私、責任ジューダイ!?」



 顔を真っ青にする白鳥しらとり叶撫かなで。そんな、彼女に対して黒峰くろみね六花りっかは「特に、叶撫かなでの書く歌詞は癖強いし」と追い打ちをかける。本人にその自覚は無く、白鳥しらとり叶撫かなでは首をコテンと傾げたが、彼女が得意としているのは、なんでもない日常生活をポップで可愛らしい感じに書くことだ。「学食のパンは最高だ」とか、「下校中の犬が吠えてきて怖い」とか……。この間だって、素で「春一番に乗って、お団子きみに会いに行くよ」という歌詞を書いてしまった人物である。


 対して、黒峰くろみね六花りっかは自身の得意な楽器がベースということもあり、アップテンポで、かつ身体を内側から揺さぶるような重低音を多用した力強い曲作りを得意としている。もちろんテクニカルなことも出来るには出来るが、彼女の本性はパワー系。もちろん、掲げられる思想は、単純なのが一番強いシンプル・イズ・ベスト。口癖は、彼女の尊敬するベーシストの言葉である「ベースは筋肉」。だから、作詞・白鳥しらとり叶撫かなで×作曲・黒峰くろみね六花りっかというのは、ある意味では最も悪い組み合わせだった。


  

「深いこと考えずに、好きなように書けばいいと思うよ」

「ううん。せっかく、六花りっかちゃんに作曲してもらうんだもん!! 六花りっかちゃんの良さを引き出せるような歌詞を書きたい!!」

「……?」

「なんか、こう、音でぶん殴る感じの!!」



 言って、白鳥しらとり叶撫かなでは目を閉じて夢想する。まぶたの裏側にいるのは、ありったけの力を込めて開放弦を掻き鳴らす黒峰くろみね六花りっかの姿だ。その横で、彼女自身もパワーコードを叩きこんでいる。背後からは、バスドラムがさながらローキックのように重い一撃として踏み込まれる。そうして生み出された音の束が、激しく魂を震わせるビートになる。



六花りっかちゃん……ベース……筋肉……。うん、これだ!!」

「……うん?」



 そして、おそらくは押されてはいけないスイッチが、白鳥しらとり叶撫かなでのなかでオンになった。先ほどまでの迷いが嘘であるかのように、目をキランと輝かせて、ノートに歌詞が書き殴られていく。


 その最初の一行目は。



「筋肉、マッスル、Oh, Yeah!!(デスボ)」

「えぇ……」

「これは私が六花りっかちゃんのことを歌った曲だよ!! だから、ゴリマッチョな曲にしてよね!!」

「……はぁ。意味わかんな」



 言いながらも、黒峰くろみね六花りっかは中指で4弦開放弦を勢いよくはじく。アンプもしていないのに、肩にのしかかるような太く、そして空気を揺るがすような重低音。先ほどまでの情けない音はそこにはもうない。心なしか、普段は無表情なはずの彼女の口角もわずかに上がっている。――やっぱ、そのEの音が好きなんじゃん。



「ぶち鳴ら~せ~!! 開放~弦~!! ありったけの筋肉で、心震わせる旋律をぉ~!!」

「メロディーラインまで考えなくていいよ。……めっちゃいいから採用するけど」 



 

 *****




 しかし、この時の白鳥しらとり叶撫かなでは、重要なことを忘れていた。このバンドのリードボーカルが、他ならぬ彼女自身であることに。






「筋肉、マッスル、Oh, Yeah!! ……けほっ、けほっ」








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