魔王様は本当に賢いお方

 崩れ落ちたティータの身体から刃を引き抜くと、ベリアルはマステマの声がした方向へ一気に移動し、攻撃しようとする。ベリアルも戦闘に関しては一切手を抜いてはいない。ここまでは純粋にティータの妨害でマステマを殺すことができなかったのだ。だがその邪魔が無くなった以上、何よりも優先するのがマステマの息の根を止めることだった。


「その判断力はさすがだな。四天王の末席に名を連ねていただけのことはある。だがもう遅い」


 しかし、そこに立っていたのは「まおー」としか喋れない幼女ではなかった。すらりと伸びた肢体は獣骨をあしらった黒の衣に包まれ、手にした直剣には禍々しい獣の意匠が施されている。魔王の称号に似つかわしくない優しい顔は慈悲ぶかき天使であった名残か。長い黒髪の頭からピンと立った犬の耳と腰から伸びる犬の尻尾は可愛らしさすら感じさせるが、悪魔の統領であるサタンの称号を得た天使の証でもある。これこそ、かつて魔界の全土を支配していた魔王マステマ=サタンの姿だ。


「どういうからくりで力が戻ったのか知らないけど、どっちにしろマステマちゃんの命はここで終わりだよ!」


 ベリアルは構わず襲い掛かる。元々自信過剰で反抗的な悪魔だったし、この状況で相手が強くなったからと言って矛を収めるような者はそうそういないだろう。だがマステマは彼女を馬鹿にしたように鼻で笑い、剣を鞘に納めて右手を伸ばす。


「愚か者め、お前のように傲慢な悪魔がなぜ我に従っていたのか、思い出させてやろう」


◇◆◇


 玉座の間に突入した時、マステマは捕らわれたダンタリオンに向かって話しかけた。彼はマステマの心が読めるし、彼女が知りたい情報を持っている貴重な悪魔でもあった。


「まおー!」


(単刀直入に聞く。生贄で我を完全に復活させることができるのなら、お前達の魔力を注ぐことで我の力を一時的に回復させることが出来るのではないか)


 これまでに見聞きしてきたこと、ダンタリオンの言葉、それらを総合して考えれば可能だろうと考えていた。もちろんこれはいくつも考えてきた策の中で最も希望的観測に則ったものだが、一番勝率の高い手段だ。上手くいけば面倒なことを考える必要は一切ない。元の力を取り戻せば実力で倒せるのだから。


 そしてこの質問にダンタリオンは頷いて答えた。この時点でマステマは勝利を確信していたのだった。


 あとはティータに時間を稼いでもらっている間にマステマが彼等の鎖を解き、ついでにダンタリオンが小声で他の悪魔に協力を求めていた。


 すぐに悪魔達の魔力を受け取り、力の回復を感じたマステマはティータに合図を送った。そうすれば彼女は力を抜き、ベリアルはティータに止めをさすよりも自分への攻撃を優先するだろうと思っていた。悪魔は腹を刃で貫かれた程度で死にはしない。だからこそベリアルをティータから引きはがす必要があった。あえて回復が始まる前に声をかけたのもそのためだ。


◇◆◇


 マステマの伸ばした手から放たれる攻撃に備えて身体に力を入れるベリアル。その側頭部に強い衝撃が加えられた。


「がっ!?」


「手を伸ばしたらそこから攻撃が来ると、勝手に決めつけるな」


 マステマはベリアルが反応したのを確認すると同時に身体を回転させ、全体重と遠心力の乗った回し蹴りをベリアルの頭に横から叩き込んだ。フェイントが簡単に決まるのは、それだけ実力に差があるからだ。


 意識の外から頭部に強力な攻撃を食らったベリアルは、たった一撃で意識が飛びそうになる。なんとかこらえるが、手にしていた鎌を取り落としてしまう。


 そこに今度は頭の上を手でつかまれ、そのまま床に顔面を叩きつけられた。


「王の御前だ、頭を下げよ」


「ぐ……この……」


 ベリアルは全身の力を使って頭を上げようとするがびくともしない。既に圧倒的な力の差を理解せずにはいられなかった。マステマは剣を納め、素手で迎え撃った。その時点で手を抜いているということである。本気を出していない相手に軽くあしらわれ、屈辱的な姿勢を取らされても抵抗すらできない。


「勝負あったようですね。さすがは大サタンです」


 声をかけてきたのはターチマチェだ。そのまま近づき、しゃがんでベリアルの頭を見下ろす。


「ベリアル様、私は商人として真っ当な商売をしていたはずです。それなのにこんな扱いを受けるとは心外ですね。やはり序列の低い小者はダメですなぁ」


 ベリアルが最も気にしていることをわざわざ口にする商人だが、マステマは自分が力を取り戻したことでこの男の正体を見破ることができた。


「くっ、この強欲商人め、序列がなんだよ! お前はベリアルより序列が高いとでもいうのか」


「そうだな。この商人は序列の41、フォカロルだ。大して高い序列でもないが、ベリアルを煽るのに都合よく利用しているだけだろう」


 マステマがターチマチェの正体を言い当てると、言われた商人は薄っすらと笑みを浮かべた。


「なっ……フォカロルだって?」


「やはり力を取り戻した魔王様の目を欺くことはできませんか。ええ、私の正体は序列41、風と海の支配者フォカロルです。窮地に陥っている魔王様を助けて恩を売ろうと考えていたのですが、いいところが何もなかったですね」


「心にもないことを。お主の本当の目的は別にあるのだろう?」


 マステマはフォカロルの行動に何か別の意図があるだろうと思っていた。それがいったい何なのかまではわからないが。


「いえいえ、私は本当に打算で動いているだけのつまらない商人ですよ。その証拠に、今の魔王様に必要なものをお渡ししましょう」


 そう言って懐からフォカロルが出したのは、一枚の契約書だった。ただの紙きれではない。ここに名を連ねた者に絶対的な強制力をもたらす、悪魔の契約書である。


「これでベリアルに絶対の服従を誓わせれば、もう反抗されることもありません」


「なるほどな」


 マステマはベリアルの頭から手をどけ、フォカロルの差し出した契約書を受け取ると、その場でビリビリと破いてしまった。


「必要ない。契約で縛らねば部下を御することもできぬような者に王たる資格などなかろう」


「そうですか、これは差し出がましい真似をしてしまいました」


 フォカロルは相変わらず薄ら笑いをしている。底の知れないやつだと思ったが、マステマはそれ以上追及しなかった。


 ベリアルは自由になったが、その場に身を起こすと改めてマステマに向き直って跪いた。


「申し訳ありませんでした。魔王の名を返上し、サタン様に忠誠を誓います」


 自分の口から服従の意志を示す。力の差を思い知ったのだ。天使の姿をしながら誰よりも悪魔らしい性格をしたベリアルは、はっきりと実力で敗北した相手には従うしかないと考えていた。


「いや、魔王としてこのタルタロスを治めるといい。悪魔の国の王が魔王で何の問題がある? 我は魔王を統べる魔王として魔界に君臨するだけだ。その方が楽できそうだしな」


 こうしてマステマはベリアルを許し、ベリアルは改めてタルタロスの王としてマステマに従うと国中へ向けて宣言するのだった。


◇◆◇


「魔王様、次はどちらへ向かいましょうか」


「まおー!」


 その後、解放された悪魔達は各々帰っていき、マステマは自分に残された魔力を使用してティータの傷を回復させた。再び幼い姿に戻った魔王はメイドと共に旅を続けることにした。まだ勝手に魔王を名乗って国を興した悪魔は何人もいるのだ。


「マステマちゃーん、ベリアルもついて行くよ!」


「まおっ!?」


 旅立とうとしたら、ベリアルがやってきた。一応姿を変えて普通の低級悪魔を装っているが、自分のことをベリアルと呼んでいるので台無しである。


「タルタロスの統治はどうするつもりですか?」


「あんなの、バラクにでも任せておけば勝手に栄えさせるでしょ」


「まお(それは確かに)」


「ダメです、そんなことをしたらせっかくの私と魔王様の二人旅が台無しじゃないですか!」


「まおっ!?」


「なに自分の欲望を堂々と口にしてんのよ、嫌だって言ってもベリアルはついて行くからね」


「ええーっ」


「まお、まお」


 旅の道連れが増え、賑やかになった一行は魔界の道を行くのだった。


「行くぞー、魔界食べ歩きツアー!」


「まおー!」


「世直しの旅ですよ! なんで魔王様もノリノリなんですか!」


~魔王様は本当に賢いお方~ 序章・完

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魔王様は本当に賢いお方~幼女魔王とロリコンメイドのドタバタ諸国漫遊記~ 寿甘 @aderans

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