玉座の間の戦い
一時間というタイムリミットは、魔法で瞬時に移動ができる二人にとっても決して余裕のある時間ではない。ベリアルの城はかなりの広さがあり、中は迷路のようになっていた。途中には通行するために謎解きをしなくてはならないギミックが各所に仕掛けられている。
「まおー」
(完全にゲーム感覚だな。力を無くした今の私になら実力で劣ることはないと確信しているからこそ、ふざけて遊んでいるのだろう)
「魔王様ー、このボタンは赤と青どっちでしたっけ?」
「まおっ!」
マステマが指し示したボタンをティータが押して仕掛けを解除していく。時間がないので謎解きは全てマステマが行い、ティータは指示を求めるだけにしている。主が言葉を話せないことも考慮に入れ、○×で答えられる質問の仕方をしたり、動きで示してもらえるように工夫をした。そういう判断力となるとティータは特に優れている。己の分をわきまえ、魔王の能力を心から信じているためだ。マステマが並みいる大悪魔達を差し置いて彼女を傍に置いている理由でもある。
「さすが魔王様、全ての仕掛けを一発で解いてしまいましたね!」
「まおまお」
(しょせんはただのお遊びだ。ベリアルも本気で足止めするつもりではないからな)
ベリアルは〝自分が魔王になった〟と示すためにこのような形で挑戦者を待ち受けることを選んだのだ。さしずめ今のマステマは魔王を退治しにきた勇者といったところか。
(魔王ごっこではしゃぐのもいいが、我はこのように敵を侮ったりはしない。もしあの勇者を相手にこのようなお遊びをしていたら、今頃我の存在は完全に消滅していただろう)
かつての戦いを思い出しながら、謁見の間に入る最後の扉を開ける。そこには、玉座に座る煌くような容貌の天使と、その横に闇色の鎖で縛られた四柱の悪魔がいた。縛られているのはバラク、アンドロマリウス、ターチマチェ、にダンタリオン。ストラスが言った通りだ。そして玉座に座る天使こそがベリアルである。彼女は天上にあった時の姿のまま魔界にやってきた。何故なら神に悪の子として創られた天使であり、多くの悪魔達の上に君臨することを最初から運命づけられた存在だからだ。つまり彼女は今まさに天使として神に定められた使命を果たしているのである。これもマステマとよく似た境遇と言える。
「やあ、さすがマステマちゃんだね。ベリアルの仕掛けをあっという間に解いちゃった」
「まおー!」
ベリアルが話しかけてくるが、マステマは縛られている悪魔達の方を見て声をかけた。捕まってはいるが無事なようで、彼等は頷いて応える。
「ベリアルを無視するなんて、今の自分がどんな状況か分かってないんじゃないの? ここまでで十分楽しんだし、さっさと死んでね」
マステマの態度に怒りを覚えたという様子でもなく、どこまでも軽い口調で殺害を宣言する。その言葉が終わるやいなや、ベリアルは玉座から立ち上がり猛スピードでマステマに向かっていった。その手にはいつの間にか大きな鎌が握られている。本当に一撃で決めるつもりだ。
「それを私が許すと思っているんですか?」
ティータがマステマの前に立ち塞がり、ベリアルが横薙ぎに振り抜く鎌を左手一本で掴み、止めた。
「む、意外とやるね。ベリアルけっこう本気で攻撃したんだけど。伊達にマステマちゃんのメイド長やってないみたいだね」
ベリアルは少し眉をひそめると、今度は手から闇色の光線を放ちティータを撃ち抜こうとした。するとティータは身をひねってかわしつつ、ベリアルの胴体にまわし蹴りを叩き込んだ。
「まおっ!」
ベリアルが離れたのを確認するとマステマはティータの足をタップし、縛られている悪魔達を指差した。彼等を解放すると伝えたのだ。ティータは無言で頷き、ベリアルに正対する。マステマが彼等の鎖をほどく間、ベリアルが彼女を攻撃しないように防ぐつもりだ。
「しょうがないなぁ、ちょっと真面目に攻撃するよ」
ベリアルは一つ息をつくと背中の翼を広げて飛び上がった。空中から急襲するつもりだと見たティータは小刻みに足を動かして、走るマステマの前に立ち続ける。何としてもマステマを守る構えである。
「ククッ、素晴らしい忠誠心だね。だが、それが君の命を奪うんだ」
次の瞬間、大きな鎌の刃がティータの腹部を刺し貫いていた。これまでとは比べ物にならないスピードで襲ってきたベリアルの動きに、ティータは対応しきれず攻撃を食らってしまったのだ。ベリアルはかつての魔王軍でも抜きんでた戦闘力で多くの悪魔達を統率するリーダー格として抜擢されていた。いくら腕自慢のティータと言えどもまともに戦って勝ち目のある相手ではない。
だが、腹を貫かれたメイドの口元には笑みが浮かんでいた。
「ベリアル、あなたは弁が立つわりに考えが浅いと魔王様がよく仰られていました。本当にその通りですね」
ティータは鎌の柄を掴み、更には至近距離に迫っているベリアルの身体を抱え込むように抱きつく。
「なっ、なに? ベリアルにそういう趣味はないんだけど!」
ベリアルもティータの意図は理解している。要は足止めだ。だがそれでマステマが捕まった悪魔達を解放したところで自分を倒せる算段が付くとは思えなかった。だから口から出る言葉は相変わらず不真面目なものだ。
ベリアルの危機感の無さに、ティータの笑みが深くなる。
「あなたは、あの方のことを何も分かっていないのね」
力いっぱい抱きしめたベリアルの耳元で囁き、その時を待つ。
「まおー!」
マステマの声が耳に届き、自分の役目を果たせたことを理解したティータは満足げに頷き、ベリアルの顔を見つめて言う。
「魔王様は本当に賢いお方。あの方が合図をしたということは、あなたの負けが確定したということですわ」
そして、腕の力を抜きその場に崩れ落ちるのだった。
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