魔王ベリアル

 ストラスの屋敷に到着すると、マステマが手をかける前に入り口の扉が開く。


「まお?」


「自動ドアですか、ずいぶんと開放的な屋敷ですね」


 魔界にも自動ドアはあるが、この扉はどう見ても自動ドアではない。マステマの訪問を確認したストラスが魔法で開けたのだ。いちいちツッコミを入れるのも面倒くさいのでマステマはそのまま聞き流して屋敷に足を踏み入れた。


 屋敷の中は飾り気がなく、ところどころにいる使用人はただ一礼をして二人を見送る。この手の屋敷の構造に大きな差異はないので、案内されるまでもなくマステマは家主の執務室へと向かった。


「まおー!」


 部屋の扉も勝手に開いたので、挨拶をしながら中に入る。巨大な本棚に囲まれた部屋の中央部には、一匹のフクロウが本のページをめくっていた。マステマの声に反応して本を閉じたフクロウは、大きな二つの目でマステマとティータ、二人を真っ直ぐ見つめてくる。


「ホウ、ようこそいらっしゃいました魔界の一等星よ」


「まおっ」


(コイツの言う一等星とは最上位の天使を意味する。要するに我の正体を把握しているということだな。ダンタリオンは先ほどの古書店で我を調べて初めて気づいた様子だったが、このフクロウはいつから我のことを知っていたのだ)


「お久しぶりですね、ストラス」


「ホウ、ティータ殿も相変わらずご健勝のようで何より」


「まおー?」


 マステマは部屋をぐるりと見回し、部分的に荒れている一角を指差してストラスに問いかける視線を送った。明らかに争った跡だ。それを掃除もせずに放置している意図を察し、話を振ったのだ。


「ホウ、さすが魔王様は話が早い。それはかの怪盗アンドロマリウスが暴れた跡です。私が住民を弾圧しているという言いがかりをかけてきましてな」


「でも、住民に生贄を要求していたのでしょう?」


「ホウ、その目的は既にダンタリオンからお聞きでしょう。あやつは自分が全てを操っているつもりでいたようだが、しょせんは本の中でしか泳げぬ魚虫さかなむし。この魔界で起きていることを把握する力は持ち合わせておりませぬ」


 ストラスは目を細めると、翼の内側から一つの宝石を取り出した。


「まお」


(あれは噂の魔魂晶……ではなさそうだな)


「ホウ、これは私が加工した宝石ですな。どんなに遠く離れていてもこれが周囲の状況を教えてくれます。悪魔も宝石が好きですから」


 つまり、ストラスはこの宝石をばらまいて魔界中を監視していたと言いたいのだ。


「それで、結局どういうことなんです?」


 ティータは自分で考えるより聞いた方が早いという考えである。誰もが正直に何でも教えてくれるわけではないのだが。


「ホウ……私は魔王様が生存していることを知っておりましたが、それを下手に公表すればベリアルのような野心家達が良からぬことを企むであろうと考え、黙ってベリアルに従うことにしたのです。ダンタリオンが商人のターチマチェに魔王復活の手段を伝え各地で工作をさせていたようですが、そのターチマチェは魔王に恩を売ろうと考えている、つまらぬ男ですよ」


「まお……」


(うーん、コイツが嘘をついている様子はないが、ターチマチェという悪魔は本当にただの商人なのだろうか? どこかで名前を聞いたような気がするのだが)


『どうでもいいけどさ、このベリアル様が君達のチンケな企みに気付いてないと思ってるの?』


 突然、部屋に女性の声が響いた。全員が聞き覚えのある声だ。自ら名乗った通り、かつての魔王軍幹部にして現在は魔王を自称する大悪魔ベリアルの声である。


「まおっ!」


(ベリアル! 近くに奴の気配は感じない。自分の城から声だけここに届けているのだろう)


『マステマちゃんもずいぶんと可愛くなっちゃったもんだね。せっかくタルタロスにやってきたんだからさ、ベリアルの城に来ない? 積もる話でもしようよ』


「何を馬鹿なことを! お前は魔王様を亡き者にして自分が魔界に君臨するつもりでしょう」


 ティータがベリアルに非難の言葉を投げかけた。ベリアルの城に招待されたからといって、彼女達がのこのこと出向くようなことはあり得ない。だからこそ、この誘いは断れないのだろうとマステマは考えていた。


『あれあれ、そんなこと言っちゃっていいのかなー? マステマちゃんは魔界の悪魔達を大切に思ってるんだよね? ちょうどね、今ここに私を騙そうとした悪魔がいるんだけど』


「まおっ!?」


「ホウ、バラクにターチマチェ、ダンタリオンにアンドロマリウスまで。つい先ほどまでこの町にいた悪魔までもがベリアルの城に捕まっております」


『ストラス君は内心はどうあれベリアルの命令にちゃんと従ってきたから許すよ。これからもよろしくねっ!』


 いつの間に動いたのか、ベリアルの邪魔をしようとしていた悪魔達が彼女に捕まり、城に集められているらしい。当然、マステマが出向かなければ彼等の命はないだろう。実に分かりやすい人質、いや悪魔質だ。


「まおー!」


 マステマはティータの手を引き、ベリアルの城に向かう意思を伝えた。ティータは不安な視線を返すが、マステマはぐっと手を握りしめ、大丈夫だとジェスチャーで示した。


(我の考えが正しければ、十分に勝算はある。調子に乗って失敗するのがベリアルの悪い癖だな)


『来る気になった? 一時間だけ待ってあげるよ。急いで来てね!』


 時間がない。二人はティータの魔法でベリアルの居城まで一気に飛んでいくことにするのだった。

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