12話 カラスの恩返し【ヒロイン視点】

 遡ること数日前。

 まどいが直道の部屋に一泊した、その次の日の昼。


 カタカタカタカタ――


 六畳ひとまのアパートの部屋の中、キーボードを叩く音が響き渡る。

 烏丸まどいは、自分の部屋でノートパソコンとにらめっこをしていた。


 彼女が今見ているのは、様々な悩み事や相談が書き込まれる掲示板形式のサイトだ。

 パソコンのディスプレイにはまどいが投稿した質問文が表示されていた。


『大学一年女です。入学初日の飲み会で悪酔いして吐いてしまいました。たまたま隣にいた親切な同級生が介抱してくれたのですが、後悔と罪悪感でイッパイです。せめてその人に何かお礼をしなければと思うのですが、なにかいい方法はありませんか』


 新歓の夜、大失態を犯してしまったまどい。そしてそんな彼女を助けてくれた直道。

 まどいは、そんな彼に対してなにかお礼をしなければいけないと考えていた。


 あれこれと考えてみるものの、他者とのコミュニケーション経験がことごとく不足している彼女には、いいアイディアが浮かんでこない。

 なのでまどいはインターネットの力を頼ることにしたのだ。


「あ、いくつか返信ついちょる……」


 まどいは自分の投稿に寄せられた返信文に目を通す。


『お気持ちお察しします。女子としては吐いているところを見られてしまったのは、ちょっとツラいですよね。それにしてもその同級生は優しい人ですね。吐いたことに対して引くような人だったらそもそも介抱してくれないと思いますから、誠心誠意感謝を込めてお礼をすればきっと大丈夫だと思います』


「この人わかっちょるわ。そうなんよ。てげいい人なんよ……!」


 ネットの向こうの見知らぬ誰かに向かって、まどいは嬉々として同意する。まるで自分が褒められたかのように嬉しくなって、無自覚にニヤニヤしながら返信の続きに目を通した。


『さて、お礼の方法ですが、お茶や食事に誘ってみるのはどうでしょうか? リラックスした雰囲気で、ゆっくりと感謝の気持ちを伝えることができますし、一緒に過ごす時間を通じて、もっとその人と仲良くなれるかもしれませんよ?』


「食事……!?」

 

 返信を読み終えたまどいは思わずドキマギしてしまった。


「いやいや! 食事に誘うってなんでそうなるん!? うちみたいなゲロしゃぶ女にご飯に誘われて、気持ちわるいだけやん!」


 動揺して、独りツッコミするまどい。

 とりあえず他にも返信がついてるようなので、そっちにも目を通すことにした。


『大学生男。飲み会でのリバース、意外と悪くないと思うよ? ある意味ではインパクトを与えたと。人によっては、ゲロきっかけで、あなたのことを気になりだすかも。口調が悪くなったり、下品になるとか、酒癖悪いのは論外だけど。ゲロは意外と男はなんとも思いません。大丈夫?となるだけです。お礼のことは、上の人の回答に同意。食事とか、あとはちょっとしたプレゼント送ったりとかがいいんじゃないですか?』


「き、気になるって! うそやん、そんなん絶対うそやん! あ、ありえんやろ!」


 まどいの頬が一気に熱くなってしまった。

 落ち着きを取り戻すためにギュッと目をつぶって深呼吸をした。


(な、仲良くなれるんやろか――? うちが……鳩山くんと……)


 まどいの脳裏に浮かぶのは直道の顔だ。

 彼は、自分が嘔吐したところを目撃してもなお、優しく接してくれていた。

 それどころか酔いつぶれた自分を一晩中看病してくれた。


(うちにそんなに優しくしてくれる人なんていなかった)


 まどいはこれまで暗い青春を過ごしてきた。

 これだけ優しくされたのは、本当に生まれて初めてだったのだ。


 そっと目を開く。


「ちゃんと、恩返ししないと……」


 まどいはそう決意を固めた。


 それからも彼女のネット検索は続く。


 大学生がプレゼントに送ってもらって嬉しいものランキング。

 異性と一緒に行って嬉しいお店50選。

 などなど。しかしどれもしっくりこないものだった。


 そして、まどいはとあることに思い当たった。


(そうや。鳩山くんもひとり暮らしを始めたばっかりやろうし、なにか困ってることとかあるんやろか)


 検索の切り口を少し変えてみることにした。

 カタカタカタ。

 検索エンジンにキーワードを入力していく。


『大学生 ひとり暮らし 困ったこと』


 するといくつかの記事がヒットした。

 匿名掲示板のまとめサイトのようだった。


「お、おおー」


 まどいは興味深くそのページを読んでいく。

 そこには、大学生の一人暮らしにおける悩み事が書かれていた。


『自炊まじダルい』

『掃除ってなんですか?』

『洗濯とか週一。布団も半年干してないわ』

『健康なうちはいいのよ。風邪引いてからが本当の地獄だ』

『結局、外食とかコンビニ弁当ばっかだわ』

『朝起きるの辛すぎ』

『もう一週間は人と話してないわ』

『バイト疲れた。もう辞めたい』


「なるほど……うちもひとり暮らしやけど、皆大変そうやなぁ」


 しばらくそのサイトを眺めていて、やがてまどいは思いつく。


「そうや、鳩山くんの大学生活のサポートをしたら、少しは恩返しになるかな……」


 せっかく同じ大学の同じ学科。そのうえ同じアパートのお隣さんなのだ。


 ご飯を作ってあげたり、部屋の掃除をしたり、色々と手伝ってあげられることは多いはずだ。それが彼に対する最大の恩返しになるかもしれない。まどいにはそう思えた。


(……でも、やっぱり気持ち悪いかな。うちみたいな――)


 ふとネガティブ思考が頭をよぎる。

 だがすぐに首を振って考えを改め直す。


(断られたら、迷惑だったら、すぐやめよう。でも、それまでは――)


 自分に言い聞かせるようにまどいは決心した。

 直道との関係を断ち切りたくなかったのだ。


「そうと決まれば早速準備せんと。まずは今日の晩ごはんを作ってみよう。スーパーに行こうかな」


 まどいはパソコンを閉じて立ち上がった。

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