13話 男子大学生の日常

 宣言どおり、翌日から俺と烏丸さんの奇妙な付き合いが始まった。

 彼女は毎日、俺に晩ごはんを作って差し入れしてくれた。


 毎日決まって夕方四時くらいにラインで『今日は晩ごはんはいかがしますか』と確認の連絡が来る。

 そのラインに了解の連絡を返すとその後、夜の七時頃、インターホンの音が鳴るのだ。

ドアを開けると、ご飯の包みを持った烏丸さんが前に立っている。


「――はい、今日の晩ごはんです」


 そう言って、俺に包みを差し出す烏丸さん。

 手渡された包みは作りたてなのか、じんわりと温かい。


「今日はカレーです。作りたてですのでそのままどうぞ」

「いつもありがとう、烏丸さん」

「ふふ、どういたしまして」


 このやりとりが毎日の恒例。

 ちなみにレパートリーもバリエーション豊かで、カレーの他にも、肉じゃが、シチュー、麻婆豆腐など、和洋中となんでもござれ。烏丸さんの高い料理スキルがうかがえた。

 その味はもちろんのこと、特徴的だったのは野菜がこれでもかというくらいふんだんに使われていることだ。

 きっと一人暮らしで栄養が偏りがちな俺の健康のことを考えてくれてのことだろう。おかげさまでこの一週間は健康的な食生活を送れていて、風邪もすっかり治ってしまった。

 

 そして、食べ終わった後は、器を洗ってから烏丸さんの部屋の前まで行って、手渡しで返す。


「ありがとう、今日もホントに美味しかった」


 包みを彼女に渡す際にお礼を添えて。

 すると烏丸さんは決まって、微笑みながら言う。


「はい、また明日」


 これが、彼女と俺の不思議だけど、どこか居心地のいいお隣さん関係。

 気がつけば、あっという間に二週間が経過していた。


 ***


「ハックションッ」

「でかいクシャミだな。まだ風邪が治ってないのか?」

 

 昼休みの学食。四人がけのテーブル席で、俺の前に座る短髪黒髪の男が、うどんを食べる手を止めて俺に声をかけた。

 俺は鼻をずずっとすすりながら返事を返す。


「あーいや、風邪はもうすっかり治った。ただの花粉症」


 すると黒髪の隣に座った茶髪メガネの男がオーバーなリアクションで身震いをするそぶりを見せた。


「ま、まさか直道クン……入学早々、女の子を連れこんで一晩中体力を消耗するようなことを……⁉︎ 恐ろしい子……!」

「花粉症だっつってんだろ! 発想が飛躍すぎだこの童貞!」

「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」


「いや、間違いなく童貞だろ。おれでもわかる」と、黒髪短髪も俺の意見に同意。


「そんな……ひどい……」


 茶髪メガネはこれまたオーバーなリアクションで肩をガックリと落とした。


 この二人は俺と同じ機械工学科の一年である。学科のオリエンテーションでたまたま席が近かったよしみで話をするようになり、こうして一緒に昼メシを食うくらいには仲良くなった。

 お互いに波長があっているのか、出会ってから半月足らずなのに、聞く人によっては暴言に聞こえるような軽口を、こうして叩き合えているから不思議なものだ。


 ちなみに黒髪短髪のほうが田口隼人たぐちはやと。地元出身で、本人曰く高校時代は野球一筋のスポーツマン。まあ確かに良い体してるし、顔も結構イケメンで全体的に垢抜けている感じだ。

 

 一方、俺が今童貞となじった茶髪メガネが鴨川祐介かもがわゆうすけ。彼女ほしーが口ぐせで、コイツに会話の主導権を握らせると音速で話題が女子の話になる。本人はさっきすごい剣幕で否定したが童貞であることは火を見るよりもあきらかだ。


「ところでさーやっぱ白鷺さんめっちゃ可愛いよなー」


 ほら、あっという間に話題が変わった。


「白鷺穂乃果のことか? 鴨川、悪いことは言わないからあの子はやめとけ。お前じゃ絶対無理だって」

 

 うどんを完食したらしい田口が箸を置きながら言う。


「あー? なんでそんなことわかんだよ。まだ入学してちょっとしか経ってないし、田口にあのコの何がわかるんすか? もしかしたら白鷺さんの好みのタイプがバッチリ、オレかもしれねーじゃん」

「いやないから。それに白鷺のことはお前らよりは少しだけ知ってる。おれ、白鷺と高校一緒だし」

「なぬッ⁉︎ テメェなんでそんな重要な情報を隠してた⁉︎ つーかそれなら話は早え、同じ高校のよしみで合コンを企画しろッ! な? ナオミチ?」


「そーだ、そーだ! 鴨川さんの言うとおりだ!」


 俺も前のめりになって合いの手を入れる。合コンと聞いちゃ黙っちゃいられねえ。


「だから合コンなんてやっても時間のムダだって。白鷺穂乃果はおれたちとはレベルが違う」

「どういうことだよ?」

「言葉通りの意味だよ。アイツ高校のときから有名だったんだ。確かハーフ……いやクォーターだったかな? とにかく本人も小学生くらいまで外国にいたらしいぜ? いわゆる帰国子女ってヤツだな」

「確かに肌とか雪みたいに真っ白だもんな〜。ハーフって言われたら分かるわ〜」


 鴨川は納得したのかウンウンとうなづく。


「あの容姿だ。高校の頃から読者モデルとかやってたな。一時期芸能界に入るんじゃないかってウワサもあったんだぜ? それに成績優秀だし運動神経だっていいんだ。性格も悪くない。おまけにウワサによると実家も金持ちで三茶にでっかい持ち家があるってハナシだ」


 すげえな。今日日ライトノベルのヒロインだってそこまで設定盛らねーぞ。


 ……


 いや、盛るか?


「愛さえあればそんな格差超えていけるってのッ! なあ、ナオミチ⁉︎」

「マリアナ海溝みたいに深すぎる溝が鴨川との間には隔たってるけどな」

「黙れ小僧! ていうか田口、一番重要な情報が抜けてんぞ!」

 

 鴨川がツバを飛ばしそうな勢いで田口に迫る。


「彼氏! 白鷺さんに彼氏はいんのかよ?」

「あーそれがだな、人気はすごいんだよ。同級生はもちろん先輩だって、それに他校の男子からもしょっちゅう告白されてるみたいなんだが……」

「だが……?」

「全部断っているらしい」

「キタコレッ! 要はフリーってことだろ? オレにもワンチャンあんじゃん!」


「いや、逆だろ。普通に考えて白鷺にアプローチかけようと思う男なんて、それに見合うスペックがあるって自覚してる奴らばっかりだ。おれが知ってるだけでもサッカー部のキャプテン、白鷺と同じく読モやってる奴、東大に行った元生徒会長、あと……親がすげぇ有名なデザイナーやってるボンボンもいたっけな。あ、コイツら全員、顔は鴨川の顔面を1としたら10鴨川くらいの顔面偏差値な」

「人の顔を勝手に単位にするんじゃねーよ」


「とにかく、そんな高スペックイケメンが束になってかかっても、誰一人として白鷺のお眼鏡にかなっていないんだ。よっぽど理想が高いのか、それとも他に理由があるのか知らんけど。とにかく間違いなく言えるのはひとつだけ、あの子はお前らの手には負えない」

「ぐぬぬ」

「そういや、この前の新歓コンの後も何人かの男が二次会に誘ってたな。ま、けんもほろろに断られてたみたいだけどな」


 田口の淡々とした説明に、鴨川は悔しそうに歯噛みする。


「あーわかってますよ。これでも自分の顔と十八年付き合ってんだ。流石に白鷺さんレベルの美人をオレにどうこうできるとは思ってませんよ」


 そう言って椅子の背もたれに体重を預けると、鴨川は大きくため息をつく。


「神様、どーかオレに良き出会いを、彼女をお与えください。別に高望みはしません。フツーでいいです。フツーに可愛くて、フツーに性格が良くて、フツーに胸のサイズはFカップくらいあれば」

「それフツーじゃねーから」


 俺はすかさずツッコミを入れるが、鴨川は聞き流した。


「じゃあ、烏丸はどうだ?」


 田口が話題の矛先を烏丸さんに向ける。


「あーあの吐いた子?」

「吐いた子だな」


 ああ、可哀想に。彼女の学科での印象が吐いた子になってしまった。事実なんだけどさ。


「うーん、地味な感じかと思ってたけど、なんか新歓のときすげー勢いで飲んでたような」

「意外とノリがよかったりするんじゃないか?」

「でもなーうーん、ちょっと普段が暗すぎるかなー。一緒にいて息が詰まりそうじゃね?」


 いやいや、意外と笑うと可愛いし、長い前髪に隠れた目元はくりくりしてるぞ。


「なんか趣味とかあんのかねぇ。勉強しかしてこなかったって感じ?」と田口。


 趣味は知らんけど、手作り料理はどれも最高だぜ。

 めっちゃ家庭的な女の子だよ。いいお嫁さんになりそう。


 俺が二人の意見に対して、心の中で反論をしていると。


「おい、ナオミチ。なにニヤニヤしてんだよ? 気持ちわりーな」


 鴨川が俺の顔を見て訝しげな表情を浮かべる。


「あ、いや。別に……」


 慌てて俺は取りつくろった。というかニヤニヤしてたのか。やっべ、自分じゃ全然自覚がなかった。


「ま、明日、サークルの新歓コンパだし。鴨川クンが運命の相手と出会えるかはそこまでお預けだな」


 田口がニヤリと笑いながらそう言った。

 そう、明日はサークルの新歓コンパが開催されるのだ。鴨川のみならず、俺にとっても超重要な行事である。


「田口はサークル決めたん?」


 俺は友人の意見を参考聴取する。

 

「おれは野球だな」

「ガチやんけ」

「いやいや部活じゃなくてサークルの方だから多分ゆるいだろ」

 

「ふーん、じゃ、鴨川は?」

「女子が多いインカレサークルだったらどこでもいい」

「あーあー、なんの参考にもならねー意見をありがとうよ」


 といいつつも、鴨川の発想は俺のそれに酷似している。


「そういうナオミチはサークル決めてんのか?」


 鴨川が俺に問い返す。

 

「いや。まあ、明日色々見回って決めようかと……」

「なんならオレと一緒に回るか?」

「いやいーよ、一人の方が身軽だし」


 それに性欲が服着て歩いているような鴨川と一緒だと、女の子たちから敬遠されてしまいそうだ。

 そんな話しをしていると昼休みも残り十分。次の授業に向けてボチボチ移動しなければならない。


「さーて、バラ色のキャンパスライフの実現に向けて、ひとまず午後の授業を頑張りますかー」


 鴨川のその声で、俺たち駄メンズ達の時間が締めくくられる。

 伸びをしながら立ち上がる鴨川たちに続いて、俺もトレーを持って立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る