「二人で一つ」…KAC20235

神美

鍛えたい、その意味は

 僕たちは双子で生まれた。

 小さい頃から、ずっと一緒だ。遊んで笑ったりケンカしたり、泣いたり。

 ごく普通の双子の兄弟だが、あとから生まれた僕が弟だ。


 ある時、お兄ちゃんは急に「体を鍛えるにはどうすればいいのかなー」と言った。

 もっと筋力をつけて、もっと大きくなりたい。

 幼少期には難しい問題だったけど、お兄ちゃんは「どうすればいいかな」と常に考えていた。


 お兄ちゃんは牛乳をいっぱい飲んでいた。

 体を丈夫にするんだと魚を食べて、筋肉をつけなきゃと卵やお肉をしっかり食べていた。もちろん野菜も。

 僕はなんでそんなに体を鍛えたいんだろうと、ずっと不思議に思っていた。


 小学校では、ごく普通の小学校生活を味わっていた。

 しかし僕はある時、他の子とは違う体になってしまっているのに気づいた。


 僕は足が成長しなかった。

 先天性疾患らしい。

 上半身はどんどん大きくなっていっても足だけは成長しない。筋肉がつかず、骨も太くならず、小さく、細いまま。


 小さい頃は、なんとか歩いたりはできていたのだが。上半身の成長につれて僕の成長しない足では、自らの体が支えられなくなり。


 僕は歩けなくなってしまった。

 僕は車椅子生活となった。


 歩けなくて残念、走れなくて残念だったけれど。僕が悲しむとみんなが悲しんでしまうから僕はなるべく笑っていた。

 けれど心の中はとても悲しい。僕は歩けない

から、やりたいこともできないのだ、と。


 そんな悲しさをお兄ちゃんはまぎらわせてくれた。車椅子を押してお兄ちゃんはどこへでも連れて行ってくれたのだ。


 中学になるとお兄ちゃんは「もっと体鍛えなきゃなー」と、また悩んでいた。


「ウソかホントかはわかんないけど、小さい頃から筋肉つけすぎると身長が伸びなくなるって言うんだよ。だからある程度大きくなってからじゃないと……背がちっちゃいままだったら困るしな」


 悩むお兄ちゃんを見て、一体何がしたいんだろうと不思議だった。


 中学、高校と経ていくと。お兄ちゃん――兄さんは牛乳のかいがあってか、グンと背が伸びた。

 車椅子の僕が見上げるほど、すらりとしていてかっこいい。


 そこからは兄さんは「よしっ!」と気合いを入れて「筋肉つけるぞ!」と張り切っていた。

 僕はよくわからなかった。

 兄さんは筋肉をつけて何がしたいんだろう。


 そしてつけるためにはどうしたらいいのか。

 そんな情報を集めてはジムへ通ったり、プロテインを飲んだり、何を目指しているのか、本当によくわからなかったが。

 僕は優しい兄さんをずっと見守っていた。


 ある時、兄さんが言った。


「どっか行きたいとこあるか? どこでもいいぞ」


 急に言われて僕はわからなかった。

 行ってみたいとこ、と言われても何も思いつかない。


「えーと、コンビニとか?」


「違う、そうじゃなくて。お前が行ったことないところとか。例えば……山、とか」


「……やまぁ?」


 山……確かに行ったことないけど。そもそも登れないし。


「山か、よーし俺に任せとけ!」


「一体何をする気、兄さん」


「まだナイショだ!」


 兄さんの行動は何もかもわからない。そうこうしているうちに、兄さんは色々と予定を立て、僕を山に連れてきてしまった。


 最近の山も車椅子が通れるようにバリアフリーなところもあるから……と思っていたら。兄さんが連れて来たのは全くバリアフリーの状態じゃない、普通の登山ルートだった。


「兄さん、何する気なの、これ」


 なだらかではあるが整備されていない、でこぼこな坂道……それが山の奥へ続く様子を見上げながら僕は動揺していた。


 すると兄さんは車椅子に座った僕を横抱きに抱えた。これには「ひゃあ」と変な悲鳴が出てしまった。


「な、何するのっ⁉」


 兄さんはすんなりと軽いものを扱うように、僕を抱えたまま軽く揺さぶる。


「山、見たいんだろ」


「や、山は見たいけど! まさかこれで登る気じゃあ――」


 兄さんは平然としながら「行くに決まってんだろう」と言った。

 僕は「はぁっ!」と声を上げたが、兄さんは気にせず、登山ルートを進み始めてしまった。


「兄さん、無茶だよ! 危ないよ、無理だって」


「無理なことなんてないさ。俺はお前の足の代わりになるってずっと決めていたんだ、小さい頃からずっとな」


 僕は言葉を失った。そういえば兄さんは小さい頃から、やたらと筋肉をつけたいとか体を大きくしたい、とか言っていたよな。


「ちょっと時間かかっちまって悪かった。でもこれならお前をどこへでも連れて行ってやれるだろ。お前が行きたいって言うところがあれば俺はどこへでも行くよ」


 兄さんは僕を楽々と抱えたまま山道を進んでいき、気づけば宣言した通り、登山ルートを登り切って山の上にある展望台に僕を連れてきた。


 そこは車椅子では来られない、眺めの素晴らしい場所だった。


「すごい、すごいや……」


 僕が感動していると、兄さんは「なんならもっと高い山でもいいぞ」と、まだ余裕そうだ。


「だけどそのためにはもっと筋肉つけないとだなぁ。プロテインでもいっぱい飲めばいいのかな、二リットルぐらい」


 ふざけたことを言う兄さんに僕は吹き出してしまった。


「絶対気持ち悪くなりそうだよ」


「だな、けど俺はもっと鍛えるぞ」


「なんで、そこまで?」


「お前は俺に足をくれたんだ。これは俺についているけど、お前のでもあるんだ。だから仲良く使うんだよ、なっ」


 僕たちは双子で生まれた。

 でも今の僕は足が使えず、兄さんは筋骨隆々でたくましい。


 兄さんは僕がいずれ歩けなくなることをわかっていたのかもしれない。

 小さい頃から「体を鍛えて、筋肉つけたい」と言っていたから。


 ありがとう、兄さん。

 これからもよろしくね……。

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