神庭山《かむばさん》神社の神事
仲津麻子
第1話神庭山神社の神事
神庭山は、正式には
真白は、使用人の
かつては霊山とも言われ、
「厳三、疲れない?」
真白は、厳三の太い首に、両手でかじりつきながら言った。
ひとあし、ひとあし、足を踏み出すたびに、まわした真白の腕から、厳三の肩の筋肉が盛り上がったり、くぼんだりするのが伝わってきた
「大丈夫ですよ。なんともありません」
「ごめんね、私が見たいと言ったから。こんな道だとは思っていなかった」
「
神庭山の中腹に、周辺の農民が古くから信仰している神社があって、今日はそこで神事がおこなわれるのだという。
小学校の同級生が行くと行っていたため、真白も見てみたくなったのだった。
神社は山ぎわにはりつくようにして建っていた。
さほど広くない敷地の中央には、土俵が盛られていて、縄を張った見物席の半分ほどは、すでに人で埋まっていた。
「どうやら、
厳三が顔をほころばせた。
「相撲が神事なのね」
「そうですね。こちらにいらっしゃる神様は、五穀豊穣の女神様だそうですから、秋の豊作を願って、相撲を奉納するのでしょう」
厳三は、神社由来の書いてある立て札を読みながら説明した。
「そうなのね」
「緋衣様がお
真白は厳三にうながされて、見物席の縄の前に立った。厳三は彼女を護るように背後に立ち、神事の始まりを待った。
やがて白装束の神職が本殿に向かって立ち、
力士たちはみな、近隣の力自慢のようだった。見物席のあちこちから、力士の名を呼ぶ声がかかっていた。
背広に
取組は歳の順のようで、最初は十代前半と思われる少年たちだった。
東の少年は、
一方、西の少年は、東よりひ弱な体つきで、手足が長く背が高かった。緊張のあまりなのか、歯がかみ合わず、体も小刻みに震えていた。
「しっかりやれ!」
見物席から野次が飛ぶと、まわりからどっと笑い声が上がった。
袴姿の行司が軍配を返すと、二人は真正面からぶつかりあった。
どう見ても東の少年の方が力強い。西はぶつかった拍子に足をもつれさせたまま、尻餅をついて、一瞬で勝負がついた。
見物席からは、勝った方には勝利を祝う盛大な拍手が、負けた方にも笑いと健闘をたたえる拍手が送られた。
取組は順に進み、最後は三十代かと思われる、屈強な男二人が向き合った。
近隣は農業を営む家が多い。おそらく農作業で鍛えられた体なのだろう、太い腕の筋肉が盛り上がって、ぶ厚い体躯からは熱が発せられているかのような、闘気を感じさせた。
「はっけよい! のこった のこった!」
行司の声が響いた。
東西力士の硬い筋肉が激しくぶつかり合うと、バチンという音が見物席にまで響いた。大きな手で互いに張り合うたび、バチンバチンと音がして、肩から胸にかけての皮膚が赤く染まっていった。
見物人たちは身を乗り出して勝負に見入っていた。興奮して腕を振り回している者、縄を乗り越えようとして、連れに抑えられている者、絶えず野次を飛ばし続けている者。見物席の熱気も最高潮だった。
力士たちは、組み合いながら、互いのまわしを取ろうと競っていた。二、三歩右に移動したかと思うと、次には方向を変えて左に二、三歩。力が拮抗しているせいか、なかなか勝負がつかなかった。
真白は何気なく、本宮に目を移した。
ぎっしりと厚く積まれた茅葺き屋根が、ほんのりと
確か、相撲がはじまる前に見た時は、変わったようすはなかったはずだった。
「厳三、あれは?」
真白は本宮の上の煌めきをさして言った。
「どうされました?」
「屋根の上がキラキラしてる」
「左様ですか、私にはわかりませんが、緋衣様には見えるのだと思います」
真白は、もしかすると変に思われるかもしれないと思いながらも、正直に話してみたのだったが、厳三は驚いたようすもなく答えた。
「私にだけ?」
「はい、陽来留国の緋衣様には、神様を感じる力があると言われていますから」
「そうなんだ」
「はい、裳着の儀式を終えられたので、お力の一端が現れてきたのでしょう」
厳三は微笑んだ。
「ただ、
「ふうん」
見物人から大きな歓声が上がって、勝負がついたようだった。
土俵には東の力士が倒れていて、それを西の力士が手を延べて起こそうとしていた。
この神事では、取り組み勝負をするだけで、優勝者を決めるわけではないようだ。
勝った力士は、土俵の端に
「神様が喜んでいる」
真白はつぶやいた。
彼女の目には、人の形にも見える輪郭が、ひときわ強い輝きを放って本宮の上に浮かんでいるのが感じられていた。
※
(終)
神庭山《かむばさん》神社の神事 仲津麻子 @kukiha
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