春を待つ魔女の家へ

緑帽 タケ

春を待つ魔女の家へ


 とある冬の事でした。私がいつものように趣味の読書にふけっていた時、ストーブの火が消えた時に臭う臭いが喉につっかかるのに気づいたのです。日々お日様が暖かくなり始めた頃でしたが、夜はまだ寒く、甘やかされて、めっぽう我慢に弱くなった私はその日、反射式の灯油ストーブをたまらず付けていたのです。さて、私の面白くも何ともない話はここで置いておきまして。私は面倒で仕方のなかったのですが、寒さに負け、放って置きたい気持ちもありましたが、重い腰を上げることにしました。灯油を切らしたかと思い、ストーブを確認した時でした。ストーブがもう一度何の音も上げずに点火したのを見て、おや、と、不思議に思った時、ストーブの裏から物音がしたのです。私は恐る恐る、ストーブの裏を覗いて見ました。するとなんと、ひらひらとした、西洋の、お嬢様が着るようなスカートを履いた子供が、隠れるように身をかがめ、カールのかかった羊の様な髪をぺったりと押さえてふるふると震えていたのです。私は笑いが吹き出てしまうのを堪え、背を低くして聞きました。


「どうなされましたか」


 子供は喋ろうとはしませんでした。私の問いかけは、驚いてあっちこっちを見ておどおどとした様子で小さくストーブにしがみつかせてしまうだけでした。どうしたかと思っていましたら、急に子供が私の手を握りました。子供は私の手を引っ張りました。子供の引っ張るその力は強く、危うく転びそうになる程でした。情けないかもしれませんが、私は子供の引っ張る力に負けてしまい、私は子供にされるがままにならざるを得せんでした。すると子供は力を緩めた私の手を引っ張り、扉の方へ走り出しました。


「あぶない!!」


 私は子供が扉にぶつかると思って声を上げました。実際ドアにぶつかる勢いで私の手を引っ張っていたのです。ですが、不思議な事に私と子供は扉を元から無かった物のようにすり抜けていたのです。私はその時、驚いて何がなんだか分からなくなり、頭が真っ白になった時と似たような不思議な感覚に襲われました。子供と私は廊下に出て、玄関から続く真っ直ぐな廊下を確か、いえ、きっと玄関とは逆の方へ走って行きました。その先には納戸があり、納戸の引き戸がピシャリと独りでに開きました。何が何だか分からなくなっていた私は、この事に驚く事すら出来ませんでした。(もしかしたら私が混乱をしていあまり、引き戸が勝手に開いたと錯覚をしてしまっていただけで、本当は子供が開けたのかもしれませんが)納戸に入ると奥から積まれた古い家具やいわゆるガラクタなどが、今思えば私は骨董品の王だったのでしょうか、右左みぎ、ひだりへと道を開けたのです。すると奥に置かれていた、大きな金庫や、使い込まれたタンスの中から、家族のだれもが開けたことがない、見たこともないであろう扉が現れたのです。子供は私の手を握ったまま、その扉に走って行きました。私は流石に驚いて目をつぶりました。それから少し、目をつぶったまま走りました、何の痛みも感じない事から壁にぶつかっていないことは確かでした。(もしかしたら気絶しただけかも知れませんが)私は少ししてから立ち止まり、目を開けました。すると目一杯に暖かな景色が私に飛び込んできたのです。ミックスベリーの紅茶の香り、暖かく、ぽかぽか。空を見上げるとふわふわとした空気にのせられた、人程の大きさのたんぽぽの種が空を舞っており、地面に着地すると瞬く間に黄色く、電柱程の大きさの、いや、塔のようなたんぽぽが花を咲かせました。自分の部屋から一歩ですら出ることが苦手である私ですら、元に戻りたくないと思うほど心地よいものでした。余りにも心地よいものでしたから、子供のことをすっかり忘れており、慌てて辺りを見渡しました。見ると子供はとてとてと、たんぽぽの森にある、きのこの様な屋根をした、小さな小屋に入っていく所でした。私も釣られるように子供の後に続いて小屋の中へ入りました。


 小屋に入るとそこには老婆がおりました。


「おや、あの子が帰ってきたかと思えばそういうことかい」


 あっちこっちに敷き詰められた不思議なものが入った瓶や箱で、私だったらここで生活するのは耐えられないくらい狭くなった小屋の中心で老婆は大鍋をかき混ぜていました。ついでにその時にあのミックスベリーの香りは、この鍋からだと分かりました。私は、数ある瓶の中から、青いビー玉程の小さいりんごが入った瓶を取り出した老婆は、それを数粒、大鍋の中に入れると、鍋の先程までオレンジ混じりの赤色だった中身が淡い紫色に変わるのを見て、暫く見惚れてしまっていました。


「どうしたんだい、山で猫又にでも惑わされたかい?それとも春が待ち遠しくなったのかい?」


 突然入って来て、何も言わずぼうっとかき混ぜる鍋を見つめていた私に老婆は声をかけました。いえ、実際の私の目の前で起きていたことは素晴らしく、あれを一度見てしまったら、今後どんなに素晴らしい曲芸を見ても「つまらないな」と思ってしまう程のものでしたので、私は悪くない。


「あなたは?」


 私はたまらず真っ先に私の一番の疑問を老婆にぶつけました。老婆は私を鼻で笑いました。


「まぁ!勝手に人の家に入っておいて自分から名乗らないなんて、全くしつけのなってない子だねぇ!」


 そう老婆はあからさまに声を荒らげたので、私はまずいと思い、すぐに謝りました。


「す、すみません私は――」

「フン、いいよ、からかっただけさ」


 そう言って魔女は目線を鍋に戻し、私に続けて言いました。


「それにそれにわたしゃ、あんたなんかの名前に蟻の目ン玉程の興味すら持っちゃいないよ」


 老婆が放った余りにも冷たい言葉に私は呆気にとられました。


「私はこの屋敷の魔女さ、こうして夏を待ち続けているのだよ」


 その時、私が、屋敷?ボロ小屋の間違いでは?と、言うか言わまいか悩んでいたら奥から、先程の子供が木のコップと瓶を持ってやって来ました。子供は私にコップを持たせ、瓶に入った薄茶色の液体を私に持たせたコップに注ぎました。すると、老婆が鍋をかき混ぜる手を止め、私を椅子に座らせて言いました。


「それは松の葉ジュースだよ」


 私は松の葉ジュースを一口飲みました。松の葉ジュースは甘いですが、とても渋かったのでとても私の好みの味ではなかったのですが、曇りなき眼で私を見つめる子供を見ると当然、とても不味いとはいえませんでした


「凄く、美味しいですね」

「そうかい、あんたも変わってるね」

「はは……。癖のある味で」


 暖かな空気に、心地よい匂い、見るものすべてが目新しいものばかり、その時私は、ここが私にとっての天国だと本気で思いました。いえ、今でもそう思います。


「ずっとここに居たいものですね」

「それは無理さね」


 私は老婆が言った言葉にそれほど動じませんでした。その程度わかり切っていた、というよりは、なんとなく、そこで駄々をこねる気すらなかったのです。


「ジュースを飲んだらとっとと帰んな、本物の春がお前さんを待っているよ」

「また来てもよろしいでしょうか」


 私が不安がって老婆にそう聞きました。


「さぁね、あんたじゃもう二度と来ることは出来ないだろうね」


 私は少しばかりその言葉に衝撃を受けましたが、何しろ老婆が嫌味を言っている気がしたのでそこまで気にはしませんでした。その時、私は自分のコップがいつの間にか空になっているのに気が付き、不思議な事にその事を疑問に持ちませんでした。


「ご馳走さま、もう帰らなければいけませんね」


 急にその時私は、猛烈な睡魔に襲われ、気を手放しそうになりました。何故か帰ろうと思えば思うほど、下に、下へと、吸い込まれるような気がしました。その時何も知らなかった私は、帰らなければならないと、と必死に抵抗しました。


「いけない、抵抗してはいけない、意識を手放しなさい――そう、いい子だから」

「いいかい、お前さんがここに来れるかどうかはあの子次第さ、だからもし、二度と訪れることができなくてもあんたが気に病むことはないし、あの子があんたを気に入るのならば、いつだって私はお前さんを拒みやしないよ、だから安心してお眠り、坊や……」


 その時の記憶は曖昧で殆ど何も覚えてはいませんが、老婆が私の額をそっと撫でてくれたこと、それはとても懐かしく、とても寂しいものでした。私はそのまま睡魔の海に沈んだのです。

 私はいつものように本を読んでいたまま眠ってしまっていたようで、私が目を覚ましたら、私は私の部屋で今にも椅子からずり落ちそうになっていました。見ると、私の部屋の扉は半開きになっており、私はそれを思い返す度にあの体験は夢ではなかったと、よく思うのです。

 

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