守護者の記憶

くれは

人類の希望

 搭乗席に座って大翔ひろとは自分の体を固定ロックした。

 体だけじゃない。

 両手両足も固定されてまるで拘束だ、とこの瞬間は思う。


 ここから先は、大翔を包む巨大な体と一体化する。

 大翔の体を動かすための電気信号は増大され変換され、この巨大な体の人工筋肉を動かすものとなる。

 逆に巨大な体が受け取る感覚はまた電気信号となって大翔にフィードバックされる。


 大翔が搭乗しているのは巨大ロボットだった。

 人類は、この人工筋肉を使った巨大ロボットを、希望を込めて守護者ガーディアンと呼んでいた。


 ぐ、と足に力を入れれば、守護者がゆっくりと立ち上がる。

 顔を上げれば、大翔の体では視界を塞ぐような山並みの、その頂上が見える。

 守護者の体ならば、あの山頂まで駆け上るのは容易い。


「次元歪曲反応増大中、間も無くゲートが開きます」


 イヤホンから聞こえる声に、小さく息を吐いてから大翔は応える。


「了解。準備完了してます」


 その時だった。

 大翔から少し離れた山並み、その上空に、目にも明らかな異変が起こり始めた。


 空が歪んでいる。

 いや、空間そのものが歪んでいた。


ゲート、開きました」


 歪みは徐々に広がり、空が裂け、その向こうに暗闇が見える。

 その暗闇は丸く広がってゆく。

 広がった闇を広げるように、手のようなものが中から出てくるのが大翔の拡張された目に見えた。


巨大生物クリーチャーの存在を確認、戦闘準備」

「了解」


 大翔は守護者の大きな体を沈めて力を溜める。

 それから跳び上がる。


 一歩。

 着地した箇所の木々が薙ぎ倒される。


 また、一歩。

 そして、もう一歩。

 山の木々を薙ぎ倒しながら、大翔は空間の歪みに近付いてゆく。


 その間に空間の歪みはもうすっかり大きくなっていた。

 空の一部を切り取り、何もかもを飲み込んでしまいそうな空間の裂け目。


 そこから現れた異形にして巨大な生き物──いや、生き物なのかもわからない。

 首は二つあった。

 片方は類人猿──ゴリラに似た顔をしていた。警戒のような表情をしているのが見える。

 そしてもう一つの首は、その類人猿の右肩の辺りから生えていた。

 飛び出た顔の両側に大きな眼のある、カマキリのような顔。


 ゴリラの腕と足、それからカマキリの両の鎌、節のあるあし

 それらが体からでたらめに生えているように見えた。

 まるで、二つの生き物の粘土を無造作にくっつけてぐちゃぐちゃにしたかのような。


 ある日突然どこかから現れて、人類の生存を脅かすようになったそれを、人類は巨大生物クリーチャーと呼んでいた。


 大翔は守護者の体で駆けた。

 巨大生物を吐き出した空間の裂け目は、まるで役目を終えたとでもいうように、ゆっくりと閉じてゆく。


「交戦、開始します」


 守護者が巨大生物の前に着地する。薙ぎ倒された木と石が足元で舞い上がる。

 警戒をしていたゴリラの顔が、吠えた。

 カマキリの鎌が振り回される。


 大翔はぎりぎりで鎌を避け、一歩踏み込む。

 次に振り回されたゴリラの腕は、守護者の腕で受け止める。

 フィードバックされた衝撃に耐えて、大翔は顔を歪めた。


 次の鎌が振り下ろされるより先にまた踏み込んで、その鎌の根元を掴んで、捻り切る。

 黒に近い紫色の液体が吹き出す。

 ぶちり、という感触までフィードバックされる。

 気持ちの良いものじゃない、といつも大翔は思う。

 それでも、止まるわけにはいかなかった。


 片方の鎌を失った巨大生物は、体から生えている節のあるあしをめちゃくちゃに振り回した。

 それはもしかしたら攻撃のつもりではなく、単に鎌を捻り切られた痛みにもがいていただけだったのかもしれない。

 もし、巨大生物に痛みという感覚があれば、だが。

 大翔はそれらのあしも、守護者の手で掴んでは、捻り切っていった。


 ゴリラの足が、守護者の腹を蹴る。

 その衝撃に大翔は二歩後ろによろめいたが、倒れることは土煙をあげて堪えた。

 その守護者に向かって、胸からカマキリの頭を生やしたゴリラが飛びかかってくる。


 大翔は後ずさってそれを避ける。

 その動きの中で、ゴリラの片腕を掴んで地面に引き倒す。

 ぶちり、と繊維が千切れる音がした。ごりごりっと骨が折れる音もした。


 そのまま守護者の体で巨大生物の上に乗り、腰の辺りから突き出していたカマキリの腹を裂く。

 吹き出す紫色の液体の中に腕を突っ込み、その奥にあった硬いものを掴んで取り出す。


 守護者の手に握られ、紫の液体に塗れたそれは、大きなガラスの塊のように見えた。

 それは、巨大生物を生かし、動かしている核だった。


 大翔は核を守護者の手で握り潰す。

 巨大生物の体が溶け出して、紫色の液体になる。


「核の破壊を確認しました。戦闘終了です」


 イヤホンから聞こえる声に、大翔はぐったりとした気分で、大きく息を吐いた。




 大翔ひろとがこれまで戦った巨大生物クリーチャーは、片手では数えきれないほど。でも両手では数えきれるほど。

 ある日突然現れた巨大生物に対して、人類が取り得る手段は役に立たなかった。

 絶望の中、どこからか人類にもたらされたのが、人工筋肉を使った巨大ロボット。

 そして大翔がその搭乗者として選ばれてしまった。

 何によってかはわからない。


 最初はただの高校生の大翔が戦うことに、様々な意見が出た。

 突然現れた巨大ロボットに対してもだ。


 けれど、その巨大ロボットを動かせるのは大翔だけだった。

 巨大生物に対抗できるのも、その巨大ロボットだけだったのだ。


 こうして大翔は、今は突如現れる巨大生物と戦うための、人類の希望になってしまったのだった。




 戦闘を終えた大翔ひろとは、施設の食堂でぼんやりしていた。

 食堂には来たものの食欲はなかった。


 目を閉じればまだ、守護者ガーディアンと一体になって巨大生物クリーチャーと戦った、あの光景を思い出せてしまう。

 攻撃を受けたときの衝撃。

 相手の体を捻じ切るときの感触。


 守護者の人工筋肉からのフィードバックは、あまりにも鮮明だった。

 それほどに鮮明で、一体化しているからこそ、戦えている。

 そう理解していても、やはり気が滅入るものではある。


 元々が普通の高校生であれば、なおさらだった。


 それに──と、大翔は目を開けて窓の外を眺めた。

 フィードバックは、守護者に搭乗するたびに、より鮮明になっている気がした。

 毎日のように行われている身体検査バイタルチェックでは異常はないと言われている。

 それだけ守護者の扱いに慣れてきたということだ、とも言われた。


 まるで喜ばしいことのように。


 人類の希望守護者、搭乗者がそれに慣れるということは、確かに喜ばしいことなのだろう。

 それでも大翔は、なんだかまるで自分が人間からかけ離れてゆくような、そんな不安を感じていた。


 自分はこのまま守護者に取り込まれてしまうのかもしれない。

 大翔は自分の手を握ったり、開いたりしてそれを見詰めた。その感覚を懸命に辿った。


 これが自分の体だった。

 これが自分の感覚だった。

 これを忘れないようにしよう、と大翔は強く手を握りしめた。




 それから何日後だったか、大翔ひろとははっきりと数えていない。


 何もない日は施設内で勉強を進め、課された訓練をこなし、食べて寝る。

 その繰り返しだ。

 最初の頃は家族や友人とも連絡を取り合っていたけれど、だんだんとそれも間遠になった。


 何を話せば良いのかわからないのだ。

 親は通話のたびに泣く。

 友人たちは皆、戸惑い、困惑しているのがビデオオフの通話でも伝わってきた。


 だから気付けば、毎日同じようなことの繰り返しばかりになった。

 日付の感覚も曖昧になっていた。


 そして、出動命令があれば、大翔は守護者ガーディアンに乗り込む。

 それだけだった。


 いつものように守護者の大きな体の中で、自分の体を四肢ごと固定ロックされ、顔を上げる。

 今日は市街地だった。


「次元歪曲反応増大中、間も無くゲートが開きます」

「了解。準備完了しています」


 足元にビルが並ぶ。

 民家はまるでおもちゃのようだ。


 この地域の人たちはもう避難していると言っていた。

 それでも、生活のにおいがそのまま残る街で戦うのは、気持ちの良いものじゃない。

 まるで誰かの人生を壊すみたいな、そんな気分になる。


 ようやく出来上がったと言われて新しい武器を持たされた。

 足につけた収納具から抜き出して両手で持てば、守護者は刀を構えたような姿になった。


 素手よりも間合いが取れる。

 相手の体を千切るようなことも、これでしなくてよくなるかもしれない。

 何より、これだけでも武器を持っているという安心感があった。

 そして素手で戦うことは、とても心細く不安なことなのだと、改めて大翔は感じていた。


 少し先で空間が歪み始めた。

 いつものように引き裂かれた空間、そこから覗く闇の中から、巨大生物クリーチャーが姿を表す。


巨大生物クリーチャーの存在を確認、戦闘準備」

「了解。戦闘開始します」


 刀の扱いは、訓練で教え込まれた。

 まだ素人の域ではあるけど、とにかく勝てば良い。

 大翔は刀を構えて体をゆっくりと沈める。


 空間の歪みから最初に見えたのは、突き出た顔だった。

 大きな口を開くそれは、ワニに見えた。

 その顔の右上に、サイのツノ。

 それから、狼のような顔も見えた。


 ずるり、とぐちゃぐちゃになった体が出てくる。

 一体どの足で歩いているのか。どうやって歩いているのか。

 混ざり合った体で、それぞれの顔が口を開く。

 狼が鼻先を突き上げて遠吠えをする。


 それを合図に、大翔は巨大生物に向かっていった。

 大きく振った刀は、けれど避けられて、狼の尻尾を撫でただけに終わった。

 尻尾の毛が舞い散りながら紫色の液体に変化していった。

 その巨大な体の後ろで、ビルが崩れ落ちた。


 そんなぐちゃぐちゃな体で、どうやって動くのかというほどの動きだった。

 サイのツノが、守護者に向かって突き出される。

 崩れたビルの瓦礫が、辺りに舞い散る。


 舞い散る瓦礫がぶつかる痛みの中、大翔も動きを止めなかった。

 振り向いて避ける中で刀を切り返して、ツノを切り落とす。

 がつり、とした手応えがフィードバックされた。

 それでも引き千切るときの感触よりマシだ、と大翔は思った。


 間合いを取りながら、少しずつ、大翔は巨大生物を削ってゆく。脚や尻尾を切り落とし、顔を切りつけ、口に刃を押し込む。

 濃い紫色の液体が巨大生物の体から吹き出し、辺りを汚す。

 潰れた建物が、液体の中に沈んでゆく。

 ひっくり返った車のタイヤだけが液体の上に見えていた。


 今、大翔は守護者になっていた。

 大翔の感覚は守護者と一体化して、守護者と同じ視界で、紫色の体液に濡れた体を感じ、握る刀の重さを感じ、巨大生物を切る手応えを感じ取っていた。


 踏み込む。口を大きく開けたワニの喉奥に刀を突き入れる。

 ほとんどワニに噛まれるような姿で、さらに踏み込めば、ワニの顎から力が抜けた。


 次はサイの首を切り落とす。骨を切る手応え。

 一振りして紫色の体液を刀から飛ばす。


 サイの腹から飛び出ていた狼の首。その根元に刀を突き立てる。

 なんの骨か、肉か、刃を押し込む手応えは最初に想像していたよりも、ずいぶんと生々しいものだった。

 それでも力一杯突き立てる。

 がつり、と何かに当たる手応えがして、暴れる巨大生物の体を押さえつけるようにさらに押し込む。

 手首まで押し込んだとき、割れる手応えがあった。


 と、同時に巨大生物の体が溶け出して、紫色の液体になる。

 刀の先には、大きなガラスの塊のような核。

 それも、すぐに粉々になってしまった。


「核の破壊を確認しました。戦闘終了です」


 イヤホンからの声が、大翔には遠く聞こえた。

 大翔の感覚はまだ、守護者のものだった。


 耳の奥で声がこだまする。

 大翔の知らない声。でも、守護者の感覚はその声を知っている。


 ──人類は思ったよりも抵抗が下手でね。面白くないんだ。

 ──だから、これは人類側へのプレゼントだ。これで人類がもっと抵抗してくれたら、もっと面白くなる。

 ──あっという間に絶滅じゃあ面白くないからね。せっかくだから、人類にはもっと頑張ってもらわないと。


 それは、守護者の人工筋肉が記憶していた声だった。

 深く守護者と繋がった大翔は、その記憶をフィードバックとして受け取っていた。


 そして、気付いたのだった。

 この巨大生物も、守護者も、人類の絶望も、希望も、全てが誰かが仕組んだことだったのだ、と。




 戦闘が終わった市街地の中、大翔は守護者に搭乗したまま立ち尽くしていた。

 手から刀がこぼれ落ちる。その刀は、ビルの残骸をさらに崩して、瓦礫を巻き上げた。

 大翔はそれにも目をくれず、守護者からフィードバックされた記憶を思い返していた。


 こんなふざけた戦いを、やめるには。

 そのためには、これを仕組んだ誰かを倒さなくてはならない。

 そしてその誰かはきっと、あの空間の歪み、あの先にいるのだ。


 大翔が顔をあげれば、守護者も空を見上げた。

 その視線の先には、今はただの青空しかない。

 けれどいつか、と大翔は思う。


 いつか、こんなふざけた戦いを始めた誰かを、ぶん殴ってやる。

 大翔が握り締めたつもりの手は固定ロックされている。

 代わりに守護者の手が力強く握り拳を作った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

守護者の記憶 くれは @kurehaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ