カフェ「バルク」へようこそ!〜アーノルドの冒険〜

松浦どれみ

モテたい。それは神をも動かす切なる願い

「「いらっしゃいマッスルー!!」」


 今日も元気にポーズを決め、マッチョカフェ「バルク」一同、お客様をお迎えします。


 申し遅れました、私の名はアーノルド。

 以前はこの街の領主、クリスタル伯爵家で護衛として働いておりました。

残念ながら昨年怪我で護衛を続けることができなくなったとき、長女のオリビアお嬢様にお声がけをいただき、従業員となった次第でございます。


 お嬢様は領地に三軒のカフェを経営しておりますが、一番のお気に入りは「バルク」だと自負しており、それはもう光栄の極みでございます。


 しかしながら、問題がひとつ。


「いらっしゃいマッスルー!!」

「きゃああ! ゴツい! こわーい!」

「あ、お客様っ……」


 そう、女性客が寄りつかないのです。

 この国では私たちのように筋肉隆々とした体格は女性ウケしないのです。


 ああ、私だって年頃の男。

 女性と交際したいのです。


「ほおう。そなたのその願い、叶えてやろう」

「え? あなたは……」

「内緒じゃ。だが面白いからそなたたちを需要のある場所へ連れて行ってやろう。滞在期間は一週間、その間に真の愛を見つけしものはその地で暮らしても良いぞ」


 声の主が話し終えると、突然店内は眩い光に包まれ、私をはじめ従業員はその場で目を瞑り立ち尽くしていました。


「……終わった?」

「なんだったんだ?」


 光が収まったので目を開ける。店内に変化はありません。

 声の主の言葉を頭の中で反すうします。

 すると、店の入り口のドアが開き、反射的に私や他の従業員はサイドチェストというポーズでお客様を出迎えます。


「「いらっしゃいマッスルー!!」」

「きゃああ! マッチョイケメンじゃん」

「え?」

「本当だ、全員イケメン!」


 いつもと様子の違う変わった服装の女性客。

 まるで異界に迷い込んだようだと私たちが困惑しているうちに、ぞろぞろと店内へ。


「ここって、おさわりはオッケー?」

「は?」

「いいわ、もう触っちゃう♡」

「へっ?」


 ずいぶんと積極的で驚きましたが、派手でキレイな格好をした女性たちは飲み物を注文し、私たちとそれはもう楽しそうに、嬉しそうに会話に花を咲かせます。

 ついに女性にウケたと、私たちは歓喜に震えました。


「あーちゃん!」

「アイさん!」


 私は店に来てくれた女性のうちのひとり、アイさんと仲良くなりました。

 彼女は小柄で笑顔が素敵な女性です。

 今日は三回目のデート。私は会うたびに彼女への思いが募っていました。

 そろそろ滞在期間の一週間が経ちます。

 もし声の主の言う通りなら、真の愛をアイさんとの間に見出し、彼女とここで暮らしたい。

 出会って間もないが、彼女に愛を告白してよいものか……。

 

「あーちゃん、どうしたの? 元気ない?」

「あ、いいえ、そんなことは……」


 いけない。せっかくのデートなのに。目の前のアイさんに集中せねば。


「アイといるの……つまんなかった?」


 アイさんが上目遣いで私を見つめる。潤んだ瞳、桃色に染まった頬、薔薇色の唇……なんと美しいことか。


「そんなことないです! 私はアイさんのことが……」

「あーちゃん……」


 そっと目を閉じ、アイさんが私の腕を支えに背伸びをする。わずかに唇を尖らせて。私は、吸い寄せられるように彼女の唇に自分の唇を重ねた。


「ねえ、私の部屋、近くなの。来ない?」

「行きます……」


 部屋についてからは何度もキスをして。そのままベッドに傾れ込んだ。

 やはり私の知る世界とは何もかも違うが、もうそんなことは目に入らない。

 目の前の、アイさんだけが鮮明だった。

 順序を守って結婚してからなんて、残り数日では無理だ。

 今、私はここでアイさんと真の愛の契りをかわすのだ。


「あーちゃん、素敵」

「アイさん……」


 必死になって互いの体を弄り合う。

 早く結ばれたい、愛し合いたいと夢中になってアイさんに触れていた。


「……ん?」

「あーちゃん?」


 おかしい。

 私はアイさんのある部分に触れた時、首を傾げた。

 そんなはずはない。何かの間違いだ。

 もう一度触れてみる。


「……ある」

「あーちゃん、早くう」


 ないはずのところに、ある。

 私にだけあるはずのものが、ここにもある。


 私は急いで彼女の服を脱がせた。


「あーちゃん、いきなり大胆ね……」


 ある。


「あああああああああああ!!!!」


「あーちゃん! 何よもう急に!」


「あああああああああああ!!!!」


 乱れた衣服を整えることもせず、私は全速力で部屋を出る。

 ひたすら走って「バルク」に帰った。


「お、恐ろしき異界の民……」


 店のドアを閉め、息を整え顔を上げると、私と同じように顔が青ざめた従業員たちと目が合った。


「アーノルドさんも?」

「お前たちも?」

「い、異教徒にされかけました……」

「もう帰りたい……」


 私たちは切に願った。

 たとえ女性にウケなくとも、元の世界に帰りたいと。


「そなたたち、わがままじゃのう……。仕方ない」


 再びあのときの声が聞こえ、店内は光に包まれ、収まったのち私たちは元の世界に戻っていました。


 ——たとえ女性に恐れられても。

 この場所で私たちは自分に誇りを持ち、いつか運命の人に出会えるかもしれないと。

 今日も誠心誠意お客様をおもてなしするのです。

 モスト・マスキュラー!


「「いらっしゃいマッスルー!!」」



◇◆◇◆


 某日某所。


「ねえ、愛之助〜」

「ちょっと、アイって呼んで!」

「いいじゃない。本名だし」

「じゃああんた吾郎って呼ぶからね」

「やめて、ユリアなんだから〜」

「はあ〜」

「あ、まだ落ち込んでるの?」

「当たり前でしょ〜。店ごといなくなっちゃうんだから」

「確かにショックよねえ、二丁目の癒しだったのに〜」

「「は〜あ」」


 この町では、突如現れ突如消えた幻のマッチョカフェを惜しむ声が、あちこちでこだましたしたそうな。


>>終わり


最後まで読んでいただきありがとうございました!

こちらは現在連載中の【美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜】のスピンオフです。

本編もよろしければ読んでみてください♪

よろしくお願いします✨

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カフェ「バルク」へようこそ!〜アーノルドの冒険〜 松浦どれみ @doremi-m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ