筋肉課長

光河克実

 

 始業前。今日、中途採用で初出勤した俺は配属された総務部の吉田部長より渉外課に案内された。そして何故か誰もいないデスクに向かった。

「清水課長、今度君の課に配属された富田君だ。」

俺は不思議に思いながらも挨拶した。

「富田です。宜しくお願い致します。」

そう言ってお辞儀して、初めてデスクの横で腕立て伏せをしている清水課長に気が付いた。課長は汗びっしょりで俺の方を見ると一言

「課長の清水です。宜しく。」とだけ言った。そして小声で

「995,996・・・」と数を数えている。

俺は清水課長の姿を見て驚いた。冬だというのに半袖のYシャツを着ており、その腕は筋肉粒々、ボディビルダーの様だった。

「良し、1000回終わった。」

そう言って清水課長は腕立て伏せを止めて立ち上がると、改めて俺に自己紹介しながら握手をした。その握力の強さに思わず顔をしかめると吉田部長が笑いながら言った。

「ははは。驚いたろう。清水課長は皆から”筋肉課長”と呼ばれるぐらい身体づくりに余念がないんだ。」

「朝の日課なものでね。」そう言って清水課長が照れた。

「渉外課は頑張り屋が多い。君も勉強になると思うよ。」

そう言い残して 吉田部長は自分のデスクに戻り、始業時間となった。

「とりあえず富田君にはこの書類の誤字脱字を赤ペンチェックしてもらおう。」

「わかりました。」

俺はあてがわれた自分のデスクで、渡された書類に赤いボールペンでチェックしようとして驚いた。

「お、重い。なんだ?このボールペン。」

筋肉課長は笑いながら

「ハハハ、そのボールペンは特注で50㎏あるからね。君も筋肉つけないとね。」

「50⁈」

そこへ社員の一人がやって来た。この人も腹は出ているが腕に筋肉がけっこうついている。

「どうしたね。筋肉係長。」

「筋肉課長、この書類に認め印お願いします。」

課長は自身のデスクに戻ると引き出しを開けた。そしてその後、深呼吸をすると

「ふん!」と言って両手でハンコを持ち上げた。係長が俺に小声で

「あのハンコも鉄製でね。100㎏あるんだよ。」と教えてくれた。

 俺は辺りを見渡した。課の社員は女性も含め皆、はち切れんばかりの筋肉を兼ね備え、おそらくは特注の重量級らしい文房具を使おうと歯を食いしばっており汗まみれになっていた。

「あの、筋肉課長。」

俺は思わず尋ねた。

なんとかハンコを押し終えた課長はゼイゼイと息をしながら俺の方を見た。

「普通にしてれば簡単なことを何故、こんな思いまでして、わざわざ力仕事にしているんですか?」

「うん?だって額に汗して仕事していると他の人から”働いている”っていう感じに見えるじゃないか。上司も”渉外課は皆、いつも頑張ってるな”とおっしゃってくださっている。君もウチの課に来たからには筋肉をつけてもらうよ。」

(こういうサラリーマンの世渡り術もあるのか。)

俺はシニカルに笑った。














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筋肉課長 光河克実 @ohk0165

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