筋肉貯金
橋本洋一
筋肉貯金
「すみません。『筋肉貯金』をしませんか?」
「……はあ。筋肉貯金?」
タカシは唐突に現れた訪問セールスに戸惑っていた。
見た目が枯れ枝のような陰気な印象を受けるセールスマン。
そんな男から『筋肉貯金』なる言葉を聞かされたからだ。
「あのう。よく分からないんですけど」
「要は筋肉を鍛えるだけでお金がもらえるんですよ」
よく分からないが、どうも興味をそそられる話だった。
玄関先であるのにも関わらず、タカシは男の話を聞いた。
「弊社の測定器を付けていただいて、筋トレをすれば――その分お金が貯まります」
「なるほど。しかしそれでどんな利益があなたに出るんですか?」
「主にプロテインの試供品を試していただいたり、経営しているジムへの入会が主な利益となっています。まあジムの料金よりも貯金のほうが出る場合もあります」
それでは利益にならない気もするが……タカシはセールスマンの持つ資料を読み、まあいつでも解約できるのならと面白半分で契約してしまった。
その後、ジムに入会したタカシはトレーナーの指示のもと、筋トレに励んだ。
運動は嫌いなほうではないので、タカシは見る見るうちに筋肉が盛り上がってきた。
同時に筋肉貯金のほうも物凄い金額になる。ジムや試供品のプロテインなどを差し引いても、十分利益が出た。
さて。筋肉がつくと幸運も身につくのか。
タカシは恋人と出会い、結婚を前提に付き合うようになった。
タカシの筋肉質な身体と対照的に、彼女は細身の体型だった。
幸せの絶頂とも思える時期だったが、長くは続かなかった。
タカシの恋人に深刻な病が見つかったのだ。
「タカシ、私もうすぐ死ぬの。アメリカで手術できるお金もない」
恋人が助かるためには、アメリカでの手術が必要だった。
「安心しろ。金ならなんとかしてやる!」
力強く約束したタカシ。
しかしいろんな金融会社に金を借りても少しも足らなかった。
もうどうしようもなくなったとき、そのセールスマンが再びタカシの家に現れた。
「どうも。最近、筋トレしていないようですが」
「そんな場合じゃない。恋人が死にそうなのだ」
このとき、タカシの脳裏に浮かんだことがあった。
筋肉貯金の解約である。
「なあ。筋肉貯金を解約したらお金が手に入るのか?」
「ええまあ。あなた様の筋肉なら大金となるでしょう」
タカシは「直ぐに解約したい」と言った。
セールスマンは「本当に良いんですか?」と念を押す。
「ああ、いいに決まっている。恋人を助けるためなんだ!」
「分かりました。では、手続きに参りましょうか……」
数か月後。恋人はすっかり回復した。
タカシが『最期に』残したお金で手術が受けられたのだ。
「タカシ、ありがとう。でもどうして――」
恋人はタカシの墓の前で手を合わせて泣いていた。
「どうして、『ガリガリ』になるまで、働いたの?」
筋肉貯金 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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