時計大臣

ナナシマイ

時計塔の由来

 むかし、むかし。それは、おひさまが家出をして、この世界に昼がなくなってしまった時代のお話です。

 まだ時計が作られる前のことですから、世界中で日時計が使われていました。


 しかし、たいへん。


 おひさまがいなくなってしまっては、時を知るすべがありません。もちろん、星の動きからある程度の時の流れを知ることはできますけれど、日に日にずれていくものですから、正確ではありません。

 この王国の人びとは、むかしから、几帳面だったのです。


「どうしたものか。これでは、起きる時間も、会議の時間もわからないではないか」

「おいもを茹でる時間だって、計れないわ」

「おひさまが沈むまでに遊びをやめて帰ってきなさいってママに言われたのに、これじゃあ遊べないよ」


 そんな国民の声を受けて、王さまは考えました。


「よし。国中から、時間を計るのが得意な者を集めるとしよう」


 すぐに、王宮にはさまざまな方法で時間を計る人たちが集められました。




「私の腹時計は正確です。朝昼晩のご飯時に加えて、朝のおやつ、昼のおやつ、夜食の時間にも腹が鳴りますからな。なに、報酬はそれぞれの時間の食事でかまいません」

「わたくしの踊りを見てくださいませ。美しさをきわめるため、ターンの時間だって狂いはないのですわ。ええ、ええ。何百回でも、何千回でも回れますのよ」

「僕がこのご本を読む時間はいつも一緒だよ。妹に読み聞かせをすると、最後の言葉でかならず眠るんだ」


 中でもひときわ目立っていたのは、薄手の服から覗く、立派に鍛えられた体が印象的な男でした。


「そういうことならお任せを! 私の筋肉はたいへんに几帳面な性格をしておりましてね。それぞれが決まった時刻に疼くのですよ。――おっと失礼、右手小指外側の筋肉を鍛える時間だ」


 男はそう言うと、持ち込んでいた重りから伸びる紐を右手の小指にくくりつけ、せっせと鍛え始めるではありませんか。

 大臣たちは互いの顔を見合わせました。


 けっきょく、その男はいくつかの質問に答えるあいだ、五種類の筋肉を鍛えていたようでした。その場にいた人たちによると、一つの筋肉を鍛えてから次の筋肉に移るまでの時間は、同じだったように感じたといいます。


 そうして、仮の時計係が決定しました。

 選ばれたのは、立派な筋肉を持った男を含めた、十人の老若男女。仮というのは、彼らが本当に正確な時間を計れるのか、たった数刻――と思われる――では判断できなかったからです。

 彼らはこれから一年間、それぞれの方法で時間を計り、基準の明星が同じ場所に戻ってくる時間を当てるようにと指示されました。


 仮の時計係が計った細かい時間は、その都度、国民たちにも知らされます。

 まだ正式な係ではありませんから、その時間が正確とは限りません。それでも、国民たちはたいへん喜びました。

 仮の時計係本人や、その家族も同じでした。仮とはいっても王宮仕え。普通の国民からしたら、たいへん名誉なことなのです。


 風の日も、雨の日も。季節が変わって寒い日が続くようになっても、仮の時計係たちは時間を計ります。

 しかし、そこはやはり人間。

 一人、また一人と、係をやめる人が出てきました。

 それは体の調子がおかしくなってしまったり、同じことを繰り返しすぎてわけがわからなくなってしまったりするからでした。


 そんな中、立派な筋肉を持った男はわき目も振らずに体を鍛えています。


「あの筋肉の男、なにやら体が大きくなっていませんかね」

「私もそう思っておりました。ツヤも出てきたみたいで」

「いやはや。芸術品のようでありますな」


 王宮の環境がよかったからでしょうか。大臣たちの言う通り、男の筋肉はたしかに以前と比べて輝きを増しているようでした。

 そのことに気づいた男はさらにはげむものですから、本当に、寸分の狂いもなく筋肉を鍛えられていたのでしょう。


「ああ、今ので一年分の鍛練が終わりましたよ。次に疼いたときが、お求めの『一年後』でしょう」


 そうして男が告げた、左足ふくらはぎの表層内側にある筋肉を鍛える時間。

 それは基準の明星が指定の場所に戻るのと同じでした。




 男は晴れて「時計大臣」となりました。

 その日は国を挙げてのお祭り騒ぎで、山車に乗った時計大臣の筋肉の見事さに、国中の男の子が憧れたといいます。


 あいかわらず、おひさまは家出をしたままでした。

 けれども時計大臣が日に数百もの時間を知らせてくれましたから、この国は日時計を使っていたころよりもずっと、活気づいていました。生産性というものが上がったのです。

 時計大臣の筋肉が、おひさま代わりのように輝いていました。


 新しい時計ができた、という噂を聞きつけて、他国から泥棒がやってきたこともありました。

 けれどもそこは時計大臣。立派な筋肉を「フンムッ!」と膨らませ、どんなにずる賢い泥棒たちの罠にも引っかかることはありません。

 そんな時計大臣の立派な時計っぷりを見て、大勢の子どもたちが弟子入りを希望したほどです。


 そのころ、王さまはこんなことを考えていました。


「ふむ。時計大臣はこれ以上ないほどの功績を残してくれた。しかし彼もまた人間」


 時計大臣がこれから年を重ねれば、どれだけ鍛えた筋肉も衰えてしまうでしょう。

 彼が引退したあと、彼の弟子から本当に時計大臣を務められる者が出てくるか、わかりません。それに、おひさまがいつ家出から戻ってくるのか、わからないのです。


 王さまは技術大臣に命じて、新たな時計を作ることにしました。

 時計大臣の筋肉鍛練時間に合わせて時を刻む、筋肉時辰儀じしんぎです。


 機械仕掛けの、正確な時間を示す筋肉時辰儀は、時計大臣もたいへん気に入りました。自分の鍛練をおろそかにすることなく、弟子を育てることができたからです。

 けれども技術大臣は満足していませんでした。


「時計大臣のように、簡単には盗めないような、そんな時計でなくては」


 今もわが国の王宮で時を知らせてくれる時計塔は、実は旧時代の筋肉時辰儀。こんな理由から、あのように大きく重く、作られたのですよ。




 おしまい。

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