七歳の歌姫を100万で買った僕はアンラッキー

高峠美那

第1話

「さあさあ、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい! 若草一座が誇る美声。よわい七歳の歌姫が皆様を魅了しますよ!!」


 昭和四十七年。

 第二次大戦後、日本は、米国や世界銀行をはじめとする国際社会からの支援や融資を受けながら、自助努力の精神に基づき、戦禍せんか疲弊ひへいした国土の再建に努力した。

 日本の戦後復興は、世界が驚く早さであったという。


 そこには日本人の勤勉さと復興に携わった全ての者たちの努力があったからこそに他ならない。


 そしていまや、駅前に百貨店なるものが立ち並び、主要道路のほとんどにアスファルトが引かれ、電車とバスが街中をはしりまわっていた。


 昨今は各家庭に一台テレビがある家が殆どとなり、芸能プロダクションを経営している柴田も、俳優達の起用先を振り分けたりと、業界もなかなか忙しい日々を過ごしている。


「今日は、少しは早く帰れたな…」


 柴田が寝不足の頭をふりながら自宅の最寄り駅で電車を降りると、駅前に人だかりができていた。


 どうやら、サーカス団が来ていたらしい。


 …しかし、サーカスの一座に興味はなく、帰宅を急ぐ。


 柴田が殆ど見向きもしないで通り過ぎようとしたとき…、ビクリと身体に電流がはしった。


 はじくギターと、歌声が聞こえたのだが、その曲は聞き覚えがある。


 柴田のお気に入りの映画で、主演の女優が、ギター片手にニューヨークのアパートの窓辺に座りながら歌った歌。

 

 歌い終えて「ハァイ」と笑うチャーミングな様子は、ぐわっと心臓を掴まれた気分だった。


 そして今聞こえる…この少し気だるそうな歌声が…七歳の歌姫?!


 正確なフレーズ。切なくなるほど大人びた歌声…。


 人だかりの中心に、確かに幼い娘が、小さなギターを弾いて歌っていた。


 この年齢でサーカスで歌っているという事は、親に売られたか、孤児か、どちらかだろうか…。


 給料なんてもらっていないだろうし、だいたい学校も行ってるか怪しいところだ。


 この歌姫を世に売り出したい!


 少女が歌い終えると、観客からチップが飛び交う。 


「その娘を買いたい」  


 柴田はサーカス団が演目を終えた所で、座長を捕まえ交渉した。


 金額は提示された額で良い。それ程迄にこの子の歌に可能性を感じたのだ。


 少女は七歳。どれ程これから成長するか…。


 ―――育ててみたい。


「住む場所も、着る物も保証しよう。学校も行かせる。僕と一緒に来なさい」


 きっと、少女もここから抜け出したかったに違いない。


 遠慮がちに頷く少女に座長は、あからさまに嫌な顔を見せたが、鞄にあった百万を握らせると、ニヤつきながら少女を差し出した。


「役に立たなくても、金は返しませんので覚えといてくださいよ」


 捨てゼリフを背中で聞いて、柴田はさっさと少女の手をとる。


 何か言いたげな少女が気にはなったが、座長が少女を物のように扱う態度に腹がたった。


 柴田とて金で少女を買ったが、成人するまで全ての責任を持つ覚悟でいる。

 

「どうした? 怖いか?」


 俯いて歩く少女が気になり、横から覗き込んだ柴田は、思わず顔を歪めた。


 この距離で初めて気づいたが…、顔や腕などにミミズ腫れのようなあとがある。


 鞭か、棒のような物で打たれたのだろうか?


 …それに、臭う。おそらく風呂も入れてもらえてなかったのだろう。


「とにかく風呂だな。お湯を入れてやるから入りなさい」


 自宅に連れ帰ると、柴田は内風呂に湯をためた。

 少女には背を向け、服を脱ぐよう促す。


 洗ってやろうかとも思ったが、さすがに二十近く離れた女のコの身体に触れるのは抵抗があった。


「そこに白い石鹸があるだろう? 髪を洗うシャンプーは…」


 磨りガラス越しに声をかけるが、水音がしない。

 しかし直ぐに理由が分かった。


「…入り方がわからない」


「…銭湯にも行った事ないのか?」 


「……」


「ごめん。キミを責めているわけではない。酷い、劣悪な場所だったんだな」


 平和で豊かになったと言っても、どこかで、ろくに食事も与えてもらえず、苦しみながら生きている子供がいる。


 ――この子のように。

 やるせない七年間だっただろう。


「その…、キミが抵抗なければ、僕が手伝ってもいいか?」


 おそらく…身体中にある傷は、見せたくないだろう…。


 柴田は、なんでこんな小さな子供相手に緊張するんだと思いながらも、頷く気配が伝わってそっと扉を引いた。


「じゃあ、まず……っ?!」


 袖を捲くりながら言いかけて、ある一点に目がいき…固まる。


「えっ、えっ、え―――?!」


 素っ頓狂な叫びで後退りし…、そのまま尻餅をついてしまった。

  

「キミは、お…お…おとこのコ?!」 


 そう。正真正銘……ついてる。 


 柴田の思い描いた夢が、バラバラと崩れた。


 色っぽいドレスを着せて舞台に上がらせ、バラード曲で男どもを酔わせる柴田の夢――。


 男の子ということは、あと五年も経てば声変わり。


 …なんて、勘違いだ。

 いや待て、歌姫って言っていたよな。


 だから、座長のあの顔か! 今更言っても仕方がないが…。


 この子の七年間に及ぶ不幸は終わったが、代わりに柴田の目が狂ったアンラッキー。


 でも、あと五年くらい歌姫として売出し、世間の目を欺いてみるのはどうだろう…?


 だが、まずは英語教師に、ウォーキングのレッスン。

 専属メイクとスタイリストも探さないとな。

 ダンスレッスンもつけるか?


 本来なら、子供でも面接やオーディションをくぐり抜けて舞台にあがる。


 …柴田は、髪を洗い終わった少年の頭にタオルを巻いてやリながら、イジワル気分で言ってみた。

 

「キミ。上向いて…笑顔で、ハァイって言ってみてくれる?」 


 白いタオルを頭に巻いた少年は、不思議そうに、それでも風呂で朱に染まった頬を緩め…。


「ハァイ…」


 その瞬間…、柴田は脱力した。


「……は〜。ハイ。合格です」


 せっかくなら、この子の成長を楽しもうではないか…。 




             おわり


     

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