冒険者の死(後編)

「レックス、ここで何をしていたの」


 少し時間が経ち、冷静になったナターシャは、レックスへと問いかけた。


「何って、俺は冒険者だぜ。ダンジョンの中にいておかしい事があるか?」


「そういうことを言ってるんじゃないの。ゾイの傍で何をしたのかって聞いているの」


「何って、俺も死体を見つけたばかりで――」


「本当に? あなたがゾイを殺したんじゃないの?」


「はぁ!?」


 ナターシャは、死体――ゾイの方へ振り向くと、優し気にその体に触れた。


「モンスターに殺された人間は、例外なく残酷な死を迎える。それを思うと、ゾイは綺麗すぎるもの」


 アリサが先程指摘したように、モンスターに殺害された人間は、過度の損壊が加えられるはずなのだ。

 だがゾイの死体にそのような痕は見受けられない。だから人間に殺されたのではないか。それはレックスも考えていた事であった。

 しかしいきなり犯人呼ばわりされ、レックスはその説に反抗したくなった。


「待てよ、人間が殺したとは限らないだろう」


「じゃあ、死体の綺麗さはどう説明するの」


「相打ちになったのかもしれないだろう。それならモンスターは死体に攻撃を加えられない」


「ならその相打ちになったモンスターの死体はどこへ消えたの?」


「それは……あっ、じゃあ、モンスターに殺されたが、別の冒険者がそのモンスターを退治したんだ」


「で?」


「モンスターの部位は金になる。モンスターを解体して、持って行ったんだ」


「その解体の跡は? 血の痕も一片の肉片もなく、全部持って行ったの?」


「う……その……じゃ、じゃあ、モンスターAが! ゾイを殺したモンスターBを食料として捕食したんだ!」


「で? そのモンスターBを食べる凶悪なモンスターAは、ゾイの死体をそのままにして立ち去ったの?」


「ぐ……む……」


「レックス……さっきはああ言ったけど、別にあなたが犯人だって断定するわけじゃないの。でもゾイは人間に殺された。それは間違いないんじゃない?」


「う、ううむ……」


「それにゾイに刺さっている剣は、彼の物よ。モンスターに奪われて刺されるというのは想像しづらいもの。人間が彼から卑怯な手で騙し取って、それを使って……そう考えるのが自然でしょう?」


 レックスは再び死体を見た。

 剣は背中から綺麗に骨を抜け、内臓を突き刺している。剣の技術を持つモンスターなど、こんな浅い階層には存在していない。ナターシャの言っている事は正しいのだと、レックスの頭の中の冷静な部分が判断していた。


「君達、名前とレベルは?」


 唐突に声を上げたのは黙ってナターシャの推理を聞いていたアリサだった。

 ナターシャ達は戸惑ったようだが、存外素直に、その質問に答えた。


「……エッジ。レベルはじゅ、12です……」


 魔法使い風の男が、そう答えた。


「サクソン。14」


 次に全身鎧を纏った男が答える。思いの外低い声だ。


「ナターシャ。17、ですけど……」


 最後にナターシャが。


「名前はモーイ!!!!! レベルは38ですっっっっ!」


「お前には聞いていないよ、モーイ」


 38の数字に場が少しざわめく。レベル10台も決して低いわけではないが、ごくごく一般的な冒険者の範疇を出ない。一転、38は一流どころと並べても遜色ないレベルだ。

 レベルで強さの全てを語れるわけではないが、それでも38という数字が人に与える驚きは小さくないだろう。


(ふーん、俺よりちょっと高いんだ)


 行動を共にしていたレックスはすんなり受け止めたが、ゾンのパーティーは半信半疑のようだった。


「で、それが何か? レベル自慢ですか?」


「いや、そんなつもりはないんだが。ゾイのレベルは?」


「15……」


「そうか、何故分かれて行動をしていたんだ?」


 これには魔法使い風の男、エッジが答えた。


「ここでキャンプを張ろうとしていたんだ。それで四人バラバラになって周囲の安全の確保を、と……ここはまだ階層も浅いから単独行動でも問題ないと思ったんだ」


「わかった、ありがとう」


 アリサはその質問をした後、また黙りこくってしまったので、場は沈黙が支配した。

 耐えきれなくなったエッジはナターシャに話しかけた。


「ナターシャは断定しないって言ったけど……僕はやっぱりこのレックスって男が怪しいと思うんだ」


「おい」


 レックスの凄みに、弱気らしいエッジは怯んだようだった。それをかばうようにサクソンが立ちはだかり、言葉を続ける。


「君とナターシャは過去、パーティーを組んでいたのだろう? どういう関係だったかは知らないが……今のナターシャの恋人であるゾイに嫉妬することは十分に考えられる」


「誰が誰に嫉妬だぁ? 冗談も休み休み言いやがれ! そもそも俺はこいつがまだ冒険者を続けている事すら知らなかったんだ!」


「ちょっと熱くならないでよ! 私とあなたがパーティーを解散したのも、それが原因でしょう!?」


「チッ……」


 気まずい空気が流れた一行に、レックスは背を向ける。

 そうすると、後ろにいたアリサと目が合った。


「俺は……やってないっすよ」


「当たり前だろう。ずっと一緒にいたのに」


 アリサは呆れて声を出した。


「じゃあ、誰が殺したって言うんすか。姐さんはもうわかっているんじゃないですか?」


「誰が殺したかはわからん」


「マジっすか、姐さんが……全てを見通す姐さんが……」


「お前はリサイクルショップの店員を何だと思ってるんだ……殺したのが誰なのかは分からん。ただし剣を刺した人物は、多分これからわかるぞ」


「え、いや、ちょっと待ってください! 殺した人物と剣を刺した人物は別……って意味っすか!?」


 レックスの大声に、ナターシャ達三人もアリサの方を見た。


「そもそもだ。仮に人間が殺したとしたら、何故犯人は剣をそのまま放置していったんだ。剣を抜き、適度に死体を損壊させればいい。そうすれば罪をモンスターに擦り付けられる。これじゃあ人が殺しましたと言っているようなものじゃないか」


「殺人に不慣れでパニックになってしまい、そこまで頭が回らなかったんでしょう!」


 ナターシャが声を荒げた。

 その剣幕に、レックスだけでなく、パーティーメンバーのエッジやサクソンも怯んだようだった。


「完全な否定はしきれんが、私は違うと思う。剣を刺した人物は冷静だったのではないか。あばらを抜け、一刺しで内臓を突き刺す行為は、パニックに陥った人間がすることではないと考える」


「なら、損壊する時間がなかったんでしょう! 殺してすぐにあなた達が来たから!」


「いや、私達が来てからゾイは死後それなりの時間が経っていた。それからモーイの大声。もし殺人をするなら、人の声が聞こえる場所で犯さないと思うんだ」


 レックスは合点がいったように手を叩き合わせた。


「なるほど……ゾイが死んだのは、俺達が来るかなり前ってことっすよね。だから時間がないから死体を傷つけなかった、というのは違うと」


「じゃあ何故……!? 何故ゾイを殺した人間は、モンスターに罪を着せようとしなかったって言いたいの!?」


「逆なんじゃないか」


「逆って表現好きっすよね。この前の金貨の時といい」


「茶々入れんな」


「逆……!? どういう意味だ!?」


 サクソンがアリサに話の先を促す。


「人間の罪をモンスターに着せる事が犯人には必要だったわけじゃない。モンスターの罪を人間に着せようとしたんだ」


「え……!?」


 ゾンのパーティーが混乱する中、幾分一行の中で冷静なレックスは、その意味を咀嚼していた。


「じゃあモンスターがゾンを殺した。で、それを人間のせいにしようとしたって事っスよね」


「ああ、頭部の傷が本来の致命傷だろうな」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話がおかしい! モンスターが殺したのなら死体は損壊するはずだろう!?」


「だからモンスターが殺した直後に犯人は現れ、モンスターを退治した後、モンスターの死体を隠蔽したんだろう。その後、剣はゾンに刺されたんだ」


「俺の苦し紛れの推理、結構いい線行ってた……?」


「そうだな」


「な、なんでそんな事をする必要があるんだ!」


「モンスターを庇った……なワケないっすよね」


「そりゃそうだろうよ」


「じゃあ、無実の人間に濡れ衣を着せて、殺人犯に仕立て上げる事こそが目的だった?」


 レックスの発言で場に緊張が走る。もし仲間の誰かが別の仲間に悪意を持って、死体に剣を刺したとしたら……それは恐ろしい想像だったからだ。

 しかしアリサはその考えを否定した。


「それも多分違う。それなら特定の人物が犯人として推察できるような、わかりやすい証拠が残されたんじゃなかろうか。この犯行は、おそらくそういった悪意を持った行動ではない」


「じゃあ、何を目的に」


「……ここ、階層が浅くてモンスターもさほど強くないだろう?」


「はぁ、まぁ………………あっ」


 レックスはゾンのパーティーの一人に視線を送る。

 エッジ、サクソンの二人がまだ真相に辿り着けず、目に見えて困惑している中、犯人であろう一人――ナターシャは悔し気に歯を食いしばっていた。


「ナターシャ、お前か? お前がやったのか? ゾンの名誉を守る為に……弱いモンスターに殺されたって事実を隠すために」


 食いしばる歯を、そして握りしめた拳をほどく。

 ナターシャの全身から力が抜けた。


「……私が戻った時は丁度ゾンが死ぬ瞬間だった……ゴブリンの不意打ちを頭に受けてね。私、最初は笑ったの。すぐにゾンは立ち上がると思ってね。ああ、間抜けだなって彼も笑いながら……まさかこんなに呆気なく死ぬなんて思わないじゃない」


 その後、ナターシャはゴブリンを倒したものの、ゾンは命を落としていた。

 低級モンスターに殺される――戦士である冒険者にとってはこの上ない恥であり、笑い話だ。

 その事に思い至ったナターシャは、ゴブリンの死体を隠し、ゾンの剣を、ゾンの死体に刺した。殺したのはゴブリンではない、卑劣な人間の騙し討ちによるものだと見せかけるため。


「……ゾンはね。大きな商家の息子なの。でも実家の反対を押し切って冒険者になった。きっと一流の冒険者になって、名を轟かせるんだって。ずっと、ずっと努力してきたの。鍛錬を欠かした事なんて一日もなかった。もっと時間があれば、今よりもっと強くなったと思う。こんな、こんな死に方をしていい人じゃないの……」


「違うんだよ、ナターシャ」


 そう言ったレックスに対し、何が違う、そう激情のまま言い放とうとしたナターシャが口を噤む。

 レックスがあまりにも悲しそうな顔をしていたから。


「こんな死に方をするんだよ、冒険者って奴は全員な。俺だっていつかはゾンと同じ道を辿るんだ。喧嘩別れした時に言ったろ? 冒険者は夢見てなるもんじゃない。落ちぶれた、そうならざるを得なかった人間がなるものなんだ」


「私は、私は……あなたのその言葉が受け入れられなくて……」


「ただいま戻りましたぁぁぁぁぁぁ! 大漁ですよぉぉぉぉぉぉぉ!」


 話に飽きて、周囲のモンスターを倒していたのだろう。大量の戦果を抱えたモーイの声が響く。

 しかしそんなモーイも泣き崩れるナターシャの姿を見て、自分が場違いな事に気付いたのだろう。

 困惑した様子で、きょろきょろと周りの顔を見渡している。

 そんなモーイにも、そしてナターシャにも誰も何も言えないまま、しばらく時間は流れた。



 店に戻ったアリサ達一行。未だ押し黙るレックスにアリサはうんざりしていた。

 こういう時に限ってモーイは静かに、出張買取で得られた商品を陳列している。


「オルガは公正な判事だ。ごくごく軽い刑罰で済むだろう。そう落ち込むな」


「いや、落ち込んでなんかないっすよ。ただ、俺達が死体を見つけなきゃ、事態は丸く収まったんじゃないかってね」


 そうすればゾンは名誉を失わず、ナターシャは死体に剣を刺した罪から自首することもなかったのではないか。


「そうは思わないね。ナターシャは自分も疑われる覚悟はあったんだろうが、他の冒険者にも殺人の嫌疑をかけるつもりだった。私達が見つけて良かったんだ」


「そうっ……すね。あいつは、本当にゾンの名誉だけを守りたかったのなら、最初から自分が殺したって言い張るべきだった」


 やはり神妙な顔で黙り込んでしまうレックスに、どうしたものかと悩むアリサだったが、

 それを救うかのように店の扉が開かれた。アリサは満面の笑みで客を迎え入れる。


「いらっしゃ――」


「オウ、御機嫌ようマドモアゼル……」


「げ! また来た! 何故だ、昨日来たばかりだろう!?」


「商品を再入荷したと風の噂で聞きましてね……私の為に仕事に励むとは、大変良い心がけです……」


「誰がテメーの為に働くか!」


「陳列! 終わりましたぁぁぁぁぁぁ!」


「ああ、ああ! ご苦労! 蜂蜜水淹れたから飲め!」


 モーイとラグランシェによって、場の空気が少し和らいだ。

 それによってようやくレックスは切り替える事が出来た。ナターシャにはナターシャの、そして自分には自分の人生がある。

 冒険者でいる以上、明日には死んでいるのかもしれない。

 だったら悩んでいる暇はない。今を懸命に楽しまなければ。


「ありがとうございまぁぁぁぁぁぁす! あ! ラグランシェさんっっっ! またお店に来たんですね! 本当にラグランシェさんは店長さんの事が大好きなんですねぇぇぇぇぇぇ!」


「す、好き……!? 私がマドモアゼルアリサの事を……!? ば、馬鹿な事は言うものではないよ、マドモアゼルモーイ……私はこのような偏屈な女性を愛することは決してない!」


「そうなんですか!? ごめんなさい!!! 私の勘違いだったみたいですっっっっ!」


「わかってくれればいいのだよ、ハッハッハッ」


 要するに。あのラグランシェとかいう貴族はアリサの気を引くために、店の物品を買い占めているらしい。

 それで好意を寄せてもらえると思っているのだろうか?

 やれやれ、この人は変な人物にまとわりつかれる宿命らしい。

 レックスはアリサに同情の視線を向けた。

 自分もまたその変人の一人だという自覚は全くもたないまま。

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