冒険者の死(前編)

「オゥ、ごきげんようマドモアゼル」


「げっ、ラグランシェ」


 今日も今日とてリサイクルショップには変人が訪れる。

 貴族のラグランシェもその一人だった。


「お貴族様っすか」


 少し警戒しながらレックスは突然現れた貴族の男を見据える。

 貴族と一言に言ってもその権威や地位は様々。しかし性質の悪い貴族に至っては、平民の事を、路傍の石だとしか思っていない者もいる。

 このラグランシェとかいう貴族は一体何を目的に、このような寂れた場所にある店にやってきたというのか。


「この棚から、あの棚までにある商品……全て、買わせていただきましょう」


「え?」


 レックスは思わず聞き返した。

 この店には様々な物が置いてある。日常品や家具、嗜好品もあるが、基本的には冒険者向けのラインナップが目立つ。おそらく冒険者が主な客層であり、それを思えばそうなるのが自然だろう。

 ではこの明らかに線の細い――戦いとは無縁であろうお貴族様が、何故この店の商品を買うのか。


「この棚からこの棚まで?」


 店の商品の7割を占める。


「オゥ、その通りですよ、店員の青年よ」


「俺店員じゃないっすけどね。お金は……出すんすよね?」


「無論。それが買い物というものでしょう?」


 ますますレックスにはわからなくなった。金は出さん! しかし商品はもらっていく、貴族様に逆らうのかー! ……というわけでもないらしい。

 ラグランシェの使用人達と思しき人物達が店に現れ、ドサリと金貨の入った袋を置くと、テキパキと店内の物を外に停めてある馬車へと運び出した。


「オゥ、今回も良い買い物をさせていただきました……それでは、また。ごきげんようマドモアゼル……」


 ラグランシェは風のように現れ、風のように去っていった。

 一方アリサはラグランシェが現れて以降、ずっと頭を抱えている。


「どうしたんすか。良い客じゃないっすか。大儲けを喜ぶところでは?」


 当のアリサは喜ぶどころか、目を血走らせ、歯ぎしりをしている。


「良い客だぁ? どこがだよ! 店を見ろ店を!」


 すっからかんである。


「これじゃあ、何でも買います、何でも売りますの看板に偽りがあるだろう!」


「はぁ、でももともと、俺のジャマダハルだって買い取ってくれなかったわけだし」


「お前、自分の罪をよくもまぁ、そんな軽く振り返れるな……」


「それにしてもあのお貴族様、あんなにアイテムを買い込んで何に使うんすかね?」


「知らね。あいつはいつもああなんだ、フラッとあらわれたら、店の物を根こそぎ買っていくんだ」


「競合店の妨害とか?」


「ありえる」


 レックスは自分で言っておきながら、ありえるかなぁと思った。

 こんな寂れた場所にある店をライバル視する貴族などいるはずがない。


「ともかく今客が来たら、この店が、何も売っていないと誤解される」


「では、どうするんで?」


「出張買取だ」


 出張買取。主にダンジョン前での商人の買取を指す。

 ダンジョン帰りの冒険者は、モンスターや宝箱から様々なアイテムを持ち帰る。当然商人としては良品を競合店より早く買い取りたいわけである。そのため、ダンジョン帰りの冒険者を狙い、ダンジョン前で張り込む商人の数は少なくなかった。冒険者も大抵は疲れ果てているため、重いアイテムを出来るだけ早く処分したい……お互いウィンウィンな関係である。

 人気のあるダンジョン前には、露店すら開かれるほどの賑わいを見せているという。

 しかしアリサの行う出張買取は少し違った。彼女の場合ダンジョン前で張り込むのではなく、ダンジョン内部まで出張するのだ。


「ダンジョン内部で荷物のやりくりに悩む冒険者は少なくない。より優れたアイテムを優先するため、泣く泣く高価な品を捨てる奴は多いのだ」


「ダンジョン内での買取……姐さんの強さがあるからこそ出来る事っすよね」


「私は戦わんぞ。基本隠密行動だ」


「隠密は無理じゃないっすかね……だって、あれ」


 レックスはアリサのすぐ後ろにいる人物を指さした。


「楽しいですねぇぇぇぇぇ! 私いつも一人なのでぇぇぇぇ! こうやってパーティーが組めて嬉しいですぅぅぅぅぅぅ!」


 店の常連客である変人、モーイである。


「モーイよ。私達は偶然ダンジョン前で出会っただけで、パーティーは組んでいないよ。別行動にしよう」


「え!? 今なんて言いましたかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「いや、もう……なんでもないよ……」


 隠密行動は冒険者の基本である。モンスターに気取られる音は立てず、モンスターの音を聞き取り、奇襲で仕留める。それが理想的な冒険者の在り方である。

 しかし今のアリサ達にはそうしたセオリーは全く無意味だった。


「次から次へとモンスターがやってくるっすよ!」


「これだけ喚いているんだから当然だろうな……」


「こおおおおおい! 怪物達! やっつけてやりますよぉぉぉぉぉ!」


 ゴブリン、コボルド、ホビット……大量のモンスター達がレックス達に襲い掛かる。

 しかしレックスとモーイはこれらを全く苦にしなかった。

 特にモーイの奮闘はすさまじく、彼女はモンスターの体の傷を最小限に抑えて、次々と撃破していく。そして戦闘が終了する度、死体を器用に腑分けしていき、売れそうな部位は即座にアリサに買い取ってもらっていた。


(なるほど、この前姐さんが言ったように、凄腕っていうのは本当らしいや)


 高レベルで絶世の美女。誰もが組みたがるであろう条件を揃えている。しかし――


「ソードラビットの頭部ね。これは70E」


「やったぁぁぁぁぁぁぁ!」


(これじゃあ、誰も組みたがらんわな)


「おい」


「え、なんすか?」


「あまり油断するなよ。ここはダンジョンとしても易しい方だし、まだ階層も浅くモンスターも弱い。そしてお前のレベルが高いのはわかっている。だがどんな冒険者でも油断をすればウサギに首を狩られる事は避けられんぞ」


「うっ……」


「? なんだ?」


「姐さんが俺の事を心配してくれるなんて……こういうの初めてで感激しちゃって」


「何を大袈裟な」


 日頃そんなにレックスに強く当たっていたかなぁと、アリサはちょっと反省した。


「うわぁぁぁぁぁぁ! 死体です!」


「はいはい、死体ね。買い取れそうな部位は残っているか?」


「違います! 人間の死体でぇぇぇぇぇぇす!」


「ん……本当だ」


 モーイが指さす先には軽装の鎧に身を包んだ冒険者らしき男が倒れ伏していた。

 背中には大振りの剣が深々と突き刺さり、一目見て死んでいるとわかる。

 死後それなりに時間も経っているようで、もう助かる余地はなかった。


「明日は我が身、明日は我が身。迷わず成仏してくれよ」


 レックスは信心はないので、とりあえずいつものように見様見真似で十字を切った。

 一方アリサは神妙な顔つきをしている。


「どうしたんすか姐さん。ダンジョン内の死体なんて珍しくないでしょう」


「いや、この死体、おかしくないか」


「どこがっすか?」


「綺麗すぎる」


 レックスは改めて死体を見た。


「まぁ、俺ほどじゃないけど、整った顔立ちっすかね」


「そういう意味じゃねぇ! モンスターに殺されたなら、死体はもっと損壊しているだろう!」


「あ」


 人類に攻撃性を持つ生物(ゴーストやゾンビ等も含む)を総称してモンスターと呼ぶ。

 例外なく彼らによって命を落とした人間は、更なる攻撃にさらされる。最も多いパターンが捕食であるが、ただただ加虐性を満たすためだけに攻撃を行う者もいる。

 この死体は目立つ外傷は頭部の打撲傷と背中に突き刺さった剣ぐらい。モンスターに殺された死体としては明らかにおかしかった。


「姐さん、この死体、もしかして――」

 

「……! ゾイ!」


「ぞい?」


 突如として上げられた声に振り向くと、三人の冒険者がいた。

 魔法使いらしき男と、全身鎧を纏った男、そして弓を携えた女……おそらく死体の男のパーティーメンバーなのだろう。


「どいて!」


 女はレックスを突き飛ばすと、死体にすがりついた。


「ゾイ! しっかりして、ゾイ、ゾイ!」


「ダメだよ、これはもう……」


 三人もゾイと呼ばれる冒険者が死んでいる事を認識したようだ。

 一方レックスは突き飛ばされた体勢を整えると、女の方をじっと見た。


「お前……ナターシャか?」


「! レックス……!?」


「何だお前ら、知り合いか?」


「ええ、まぁ、その、何年か前にパーティーを組んでまして……」


「見てくださぁぁぁぁぁい! 隠し宝箱見つけましたよぉぉぉぉ!」


「ちょっと待ってくれモーイ……死体に加えて知り合いとの再会ってだけで情報過多なんだ。もうこれ以上情報を増やすな」


 アリサの言うとおり、情報過多で言う機会を逃してしまった言葉を、レックスは胸中で反芻していた。

 姐さん、この死体、もしかして人間に殺されたんじゃないっすか――

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