マスターピース(後編)

「そのぉ、俺の視点が悪くないというのは」


「ちゃんとした製品ならムートンが引き取る、という点だ。つまり自分で武器を引き取る必要があるんだ」


「品質の悪い武器を集めてどうするんすか」


「スランプではなく、意図して売れない武器を作って集めているなら、それはもう使う為、と考えるのが自然だろう」


「むふう……使う? 十三振りもか」


「一人で使うとは考えづらいな。なら複数人で使うのが妥当と思われる」


「つ、使うって何に?」


 レックスは嫌な予感が増したが、ここまで聞いて知らないふりも逆に辛い。早く話してほしくて先を促した。


「武器を使うのは、そりゃあ戦う為だろう。だが自分が使うわけじゃない。自分が使うなら出来が良い物の方がいいに決まっているからな。そして他人に渡す以上、その人物は真っ当な武器を持っていない、かつ買う事の出来ない人物だとわかる。おそらくこの廃村で住んでいる者達へ渡すのだろう。つまり――」


「ま、待て!」


 その先をムートンが制止した。


「……た、例えばだ、複数人でダンジョンに入って一旗揚げようってか? 今は職のない彼らを助けようと――」


 それはレックスでもすぐにわかる、無理がある答えだった。


「……駄目っすよ。粗悪な装備でできる事なんてたかが知れてるっす。低級モンスターを十数人で倒しても儲けなんてないっすよ。一日の食い扶持すら稼げない」


 アリサだけでなく、もうレックスにも、そしてムートンにも答えの見当はついていた。

 

「む……ふぅ……じゃあ、こう言いたいのか? 犯罪目的か……暴動を起こすような……」


「多分な」


「だが! そんなことしてあいつに何の得がある! 暴動を扇動して何が手に入るんだ! あいつはあと一歩で親方になれるんだぞ! それをフイにしてまで……!」


「ここからは今まで以上に根拠がないが、それでも聞くか?」


「なんだ、もったいぶるな……! 早く言ってくれ!」


「集団で襲うならどこがいいか? お貴族様のお屋敷か? それとも銀行か? まさか、それらは厳重な警護があるため、粗末な装備で行っても上手くはいかないだろう。そこでザルクは墓所を襲うよう扇動する」


「確かに警護は薄いし、さっき話に出た副葬品があるっす。墓荒らしは比較的確実で実入りのある犯罪っすね」


「で、だ。ザルクはこの暴動は扇動すれど参加はせず、そして成功しようが、失敗しようがどうでもいいと考えている」


「……どういうことだ」


「暴動の目的は、盗掘の痕跡を消す事だからだ。盗掘は常に警戒されている。もし何かしらの形跡が見つかり、墓を再度掘り返す事になったらどうだ? 犯行はすぐに露見するだろう。そして墓所を主に見回っているのは、この工房の人間だ。自分が疑われるのは勿論、世話になっている親方の立場も危ない。だが暴動が墓場で起きれば……仮に墓所から失われた物があっても、その犯行を擦り付ける事ができる……」


「そうまでして、金が、金が欲しいのか…! いや……根拠がないといったな!? ならそれは間違いだ! 奴は金銭に頓着するやつじゃない! それは俺が一番よく知っている!」


「……違う」


「……む、ふう……?」


「金だとしっくり来ないのは私も同じだ。だが墓場に埋まっているのは副葬品以外にもあるだろう」


「……いや、そんな……!」


「う、うえ、まさか……!」


 強いモンスターを倒せば、それだけ優れた素材を入手することができる。そのために冒険者達は、日々命を賭けてダンジョンへもぐっている。

 しかしそんな事をせずとも、極めて優れた素材を手に入れる事ができるのならば――


「抗魔力の強い魔物の革を防具に使えば、魔法に強い防具が出来上がる。それと同じように高レベルの冒険者の皮膚を使えば、相応に強力な防具ができる。彼の目的はおそらく、ディルムの死体だ」


「に、人間を素材にして防具を……!」


「……っ……そこまで……思い詰めていたのか……? マスターピースが完成しないことを……」


「ま、品評会で人間の革を使ったことが発覚するか否かは門外漢の私にはわからんがね」


 気が付けば、けたたましいまでに鳴っていたハンマーの音が止まっていた。

 三人の傍には男が立っている。ザルクだ。


「親方……」


「ザルク、お前……!」


 ムートンは勢いよく、ザルクの胸倉をつかみ上げる。


「ちょっ……落ち着いて……!」


 止めようとしたレックスを、アリサが制止した。


「ここはムートンに任せてみよう」


 ムートンは一旦冷静になると、ザルクから軽く距離を取った。


「ザルク、お前、さっきのアリサが言っていたことは聞いていたな?」


「途中からですが、概ねは」


「多くの人々を巻き込み、ディルム氏の尊厳も損なう最低の計画だ……本当にそんな事を企んでいたのか?」


 勿論ムートンとしては首を振ってほしかっただろう。例えそれが嘘であっても。しかしそうはならなかった。


「はい……アリサさんの仰ったとおりです。俺は……ディルム氏の死体でマスターピースを作ろうとしていた……」


「……言ったじゃないか。お前の腕なら、例え時間はかかっても立派な親方になれるって。何をそんなに思い詰めているんだ」


 その言葉に、ずっと俯いていたザルクが勢いよく顔を上げた。


「思い詰めもしますよ……! 俺はもう37歳になるんですよ! とっくに親方になってなきゃおかしい歳なんだ! 親方は言ってくださいましたね。お前は親方になれる、その腕はあるって……それを信じて……俺は気が付けばここまで老いていたんだ!」


 少し間が空き、ムートンは笑いを漏らした。そんな反応が返って来るとは思わなかったのだろう、ザルクも気勢が削がれたようだ。


「な、何を笑っているんです……」


「おかしいさ。何をそんなに気に病んでいるのかと思えば……俺が親方になったのは、46歳の時だよ」 


「え……」


「えっ、ムートンさんって一体いくつなんすか」


「お前は黙ってろ」


 ずいと前に出たレックスをアリサが制する。


「むふう……名匠ガンドロワが鍛冶屋を志したのは、45の時で、親方になったのは57さ。伝説の鍛冶屋ボリオリが今も勇者に受け継がれる剣を完成させたのは、82歳の時だ。それを思えばどうだ。お前の若さで老いがどうとか語るんだ。笑いもするさ」


「俺は、俺は……」

 

「何度でも言うぞ。お前には腕がある。情熱もある。きっと真っ当な形でマスターピースは完成するんだ。だから……馬鹿な真似はするんじゃない」


「申し訳ありません……申し訳……」


 ザルクはぼろぼろと泣きながら、膝から崩れ落ちた。


「アリサ、すまないが、今回の事は――」


「まだ武器を配ったわけでも、扇動をしたわけでもないんだろう? ただの妄想を言いふらしたりはしないさ」


「毎度迷惑をかけるな」


「なら、持ち込んだ素材はもっと高く買い取ってくれ」


「むふう! 悪いな、こっちも商売なんだ!」


 事態は一件落着のようだ。場を見守っていた徒弟のシャナも胸をなでおろしている。

 一方レックスはどこか不満顔だ。


「なんだその顔は」


「ここでディルム氏のゴーストがいきなり襲い掛かってきたりしないっすかね? なんかこう……力が有り余ってしょうがないというか」


「商売に来たってずっと言ってるだろう……なんで暴れなきゃいけないんだ」


「ああ、商売に行くって本当にそれだけだったんすね。てっきりどこかでひと暴れするもんかと」


「何度も言うが、お前はリサイクルショップの店員を何だと思ってるんだ」


「むふう、おバカな弟子を持つと、お互い苦労するな」


「そっちの出来の良い徒弟と比べるな……って弟子じゃねーよ! つきまとってくるただの客だ!」


「はっはっは、俺達の関係でただの客はひどいっすよ、姐さん」


「こいつはほんとにもう……」


 そのうちいなくなるだろうと思っていたレックスだったが、思いの外長い付き合いになるかもしれない。

 そんな嫌な予感を、アリサは頭を振って追い払った。

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