マスターピース(前編)

「なんでついてくるんだよ」


「へへ、どっから姐さんの強さの秘密が見つかるかわかんないんでね」


「商売をするだけなんだが……」


 アリサとレックスは多数の収集品を背嚢に詰め込み、郊外の寂れた村にやってきた。

 村と言っても家を構え、定住する人間などほぼいない。荒れ果てた家々には、行く当てもない食い詰め者達がアリサ達に視線を向けている。

 物品を詰め込んだ鞄を持つ女性など、それこそならず者達の良い餌食だろう。だが、そうはならなかった。レックスがいるから――ではない。

 アリサは荒れた建物の中でも、数少ない手入れの行き届いた建物のドアを叩いた。


「やぁ、ムートン」


「むふう、来たな疫病神! 今回も低品質な革を持ってきたのか」


「そう言うなよ。何も高く買い取ってくれと言うわけじゃないんだからさ」


 ずらりと並んだ武器。そして奥には鍛冶場。ここは武器や防具を製造する工房であった。


「ははぁ、なるほど、武器や防具の素材になる収集品を売りに来たんすね」


「むふ? そっちの男は?」


「知らね」


「それはないっすよ、姐さん……」


 レックスは簡単な自己紹介をすると、アリサの強さの秘訣を何か知っているかとムートンに尋ねたが、そもムートンはアリサが強い事すら知らなかったので、無意味な質問だった。


「それにしてもなんでこんな郊外で商売を? 工房って変なところに建ってるのが多いっすよね」


 工房に収集品を売る方が、商店に売るよりも高く買い取ってくれる。しかし大半が辺鄙な場所にあるものだから、大概の冒険者は利便性の高い商店で売ることが多い。


「むふう、工房は鍛造のハンマーによる騒音や、革をなめす際の臭いがつきものだ。繁華街には建てられないんだ」


「まぁ、こんな辺鄙な場所に構える変わり者はこいつぐらいだけどな」


 アリサがムートンを指さす。


「へぇ、質問を繰り返しちまいますが、なんでまた?」


「さっきここに来るまで見ただろう。こいつはな、食うに困った連中に炊き出しや職の斡旋なんかをやってるんだ」


「へぇ~」


「彼等もいずれまた立ち上がる。俺はその手伝いをしているだけだ」


 道中、食詰者にありがちな殺気の類が感じられなかったのはそのせいかと、レックスは納得した。彼等はアリサがムートンの客だと知っていたのだ。


「世間話より商売だ。今回は量だけでなく、品質も悪くないはずだが」


「むふう、見せてもらおうか」


 アリサは大きな背嚢を開き、中身をムートンに見せた。


「あ、これ俺が売った皮だ」


「何、オークの皮じゃないか。こいつ高レベルの冒険者なのか」


「ただの小便垂れだ」


「それは言わない約束っすよ、姐さん」


「良い皮だ。これなら抗魔力の強い鎧が作れるだろう」


「オークは魔法が効き辛いんで、鎧には最適そうな気がするんすけどね。あんまり見ないっすね」


「むふう、オーク自体相当レベルの高い冒険者じゃなきゃ狩れないからな。素材の供給が少ないんだ」


「なるほど」


「後はオーク製のアイテムは臭いがな……」


「ああ……」


 アリサが持ち込んだ素材を、ムートンが吟味し、それをレックスが興味津々に見つめる。

 しばらく時間が経つと、外から工房のドアが開けられた。


「親方、墓場の掃除終わりましたよ」


「むふう、ご苦労だな、シャナ。ザルクの手伝いに戻ってくれ」


「あ、アリサさん。また素材を売りに来てくれたんっすね。ありがとうござます」


 シャナの去り際の挨拶に、アリサは軽く手で応えると、ムートンに向き直った。


「墓場の掃除だ? 炊き出しに加えてそんなことまでしてるのか。もう聖職者に鞍替えしたらどうだ」


「いや、いつもやってるわけじゃない。聞いてないか? 魔法使いのディルムが死んだことを」


「あ、ディルムって聞いたことあるっすよ。三十年前の大戦で活躍したレベル60オーバーの魔法使いっすよね」


「そうなのか? あの爺さんが誰かに殺されるのは想像できんが」


「寿命だよ。もういい歳だったしな。ともかくそれで墓場を見回る必要ができたからよ。その一環でな」


「なんでそれで墓場を見回る必要が?」


 レックスのこの質問にはムートンも面食らったようだった。


「むふう、高レベルの人物が死んだ際の面倒事も知らんのか? アリサ、お前ちゃんと物を教えてやってんのか?」


「こいつが勝手について回ってるだけだ。物を教える義理なんぞない! はぁ……いいか、墓場を警戒する必要は二つある。一つは副葬品だ。高レベルの人物が死んだ際は、大抵財宝が死体と共に埋められる。ディルムは三十年前の大戦で第一線で活躍した偉人だ。煌びやかな財宝が副葬品となった事は想像に難くない。それを狙うであろう墓場泥棒を制する事が一つ」


 ムートンが更に説明を引き継いだ。


「もう一つがゴーストの発生の警戒だ。強力な魔力を秘めた人物が死亡すると、魂と行き場を失った魔力はモンスターであるゴーストへと変化することがままある。黄金や宝石は魔力を吸収し、蓄える性質を持つ。副葬品が埋められるのは、ゴーストの発生を抑止することが最も大きな目的なんだ」


 死人の魔力を吸いつくした財宝は呪いがつきものだ。だから、魔力を吸いつくし、財宝の価値がなくなるまでは墓を見回る……それが慣習だった。


「ほー……ゴーストは厄介っすね。あいつら剣の類が効かないから。それならもっと警戒した方が良いのでは?」


「俺達以外にも見回りは行っているよ。だが一番墓場に近い俺達が中心になっているのは、まぁ、しょうがないわな」


「墓場も辺鄙な場所にあるんでなんでかなーとは思ってたんすけど、ゴーストが出るからなんすね」


「むふう、そういうことだ……こんなものか。全部で16Gだな」


「随分色を付けてくれたな」


 会話中も、ムートンは手際よく査定を進めていたらしい。

 アリサが買い取り金額に驚いていると、ムートンは言い辛そうに切り出した。


「代わりと言っちゃなんだが、頼みごとがある」


「いつもの事だろう。別に買取金額を増してくれる必要はあるまい」


「そうか、じゃあ9Gで」


「下げ過ぎだ! それじゃあ赤字だ」


「わはは、すまん。冗談だ。16Gは妥当だと思うよ。特別色を付けたわけでもないさ」


「いつもの事って、なんの頼み事っすか?」


「むふう、なに、少し話を聞いてもらうだけだ。今回はザルクの事でな――」


 ザルク。先程レックスも聞いた名前だ。


「こいつの徒弟の一人だよ。ええと――ほら、あそこにいる」


 表口からわずかに見える工房内部で、痩せた男がハンマーを振るっている。

 先程のシャナがいかにも徒弟然とした活発な少年だったのに対し、ザルクは疲れた中年といった様相だった。よれた服に陰気な哀愁。鍛冶仕事に従事するその姿は、親方であるはずのムートンとそう変わらない歳に見えた。


「確か品評会が近かったはずだな」


「お、品評会は知ってるっすよ。ギルドにマスターピースを収める事で、親方と認められるすよね」


 マスターピース――剣、鎧。作った物は何でもいいが、ギルドに認められるだけの完成度を持った作品の事である。

 品評会で、このマスターピースを完成させることで、初めて親方として工房を構える事がギルドに許されるのだ。


「むふう、ゴーストは知らんのに、品評会は知っているのか。随分知識が偏っているんだな」


「へへ、冒険者にありがちな事っすよ」


「胸を張って言う事か。で、そのザルクがどうかしたのか? この前の話では、大分品評会で失敗しているんだったか」


 品評会で失敗続き。なんとなくレックスも想像できたことだった。本来なら、すでに親方になっていてもおかしくない年齢なのではないだろうか。


「むふう……そのザルクが武器を多く作っているんだ」


「それのどこがおかしい? この工房は武器も防具も満遍なく作るだろう?」


「奴が得意とするのは防具だ。マスターピースも鎧で挑む。それだけじゃない。作る武器の品質がどれも売り物にならないぐらいひどいんだ」


「スランプじゃないっすか。品評会が近くて緊張しているとか」


「むふう……奴は本当に腕がいいんだ。要領が悪くて品評会では失敗が続いているが……本来はいつ親方となっても問題のない実力を持っている」


「にもかかわらず、低品質な武器を大量に作っている、か」


「そのお……本人に聞くのはまずいんすか?」


 レックスは努めて声を抑えて聞いた。元々三人は大声で話していないことと、鍛冶場での騒音が大きすぎて、一応ザルクには届いていないだろうが……


「もう聞いたよ。さっき君が言ったように、スランプだと答えていたな」


 もしムートンの持った違和感が正しければ、ザルクは何か言えない事情を抱えている、という事か。

 腕の良い鍛冶屋が、意図して質の悪い武器を量産している――

 ムートンの頼みごとの正体がレックスには納得いった。彼はおそらくアリサの観察眼を頼りに、何度かこうした奇妙な謎を解いてもらっているのだろう。


「武器は具体的にどれぐらいの量だ?」


「剣を十三振りだ」


「材料はどうしてる。自費か?」


「むふう……鍛冶仕事で余ったモンスターの部位を回している」


「つまりお前が出しているわけだ。お優しい事だな」


「それが親方の務めだからだ。徒弟には早く一人前になってもらいたいからな」


 アリサが少し考えこんで黙ったので、代わりにレックスが気になった点を質問した。


「売り物にならないレベルって、具体的にはどの程度っすか? ひん曲がってるとか?」


「むふう……使えないことはないだろうが、店に置けば信用にかかわるな」


「じゃあ、金の為っていうのはどうっすか?」


「むふう?」


「店に置けるレベルだと、ムートンさんが引き取って売るでしょう? でも信用にかかわるレベルなら店には置かない。本人が引き取るから、売り払えば二束三文でも金になるでしょう」


「奴にやった材料で作ったものだ。無償で店には置かないよ。二束三文で売るぐらいなら、ちゃんとした製品を作って俺が買い取った方が奴は儲かるさ」


「ううん、そっか、違ったか……」


「……いや、悪くない視点だと思うぞ」


「マジっすか?」


 まさかのアリサからの評にレックスは少し喜んだ。


「むふう……ザルクは仕事一筋の人間だぞ。金の為に動く、というのは納得しがたいな」


「金の為じゃないだろうな……根拠の薄い当て推量だが聞くか? あまり良い話じゃないが」


「悪い話なら尚更見て見ぬふりはできんだろうよ」


 当事者のムートンは腹を決めているのに、全く関係ないレックスは物怖じしてしまった。

 アリサの鋭い目は、かつて蒼獅子のジャマダハルを売りに行った時と同じだったからだ。

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