「七原」という新人社員
七雨ゆう葉
開発部二課課長 川島
午前十一時の喫煙室。
ザーザーと音を立てるダクトに向け、開発部一課課長の
「アイツ、また遅刻してきやがって。新人の身分で重役出勤かってんだ」
「そう思うよなあ?
すっかり愚痴の
「同じ課長同士、俺も川島も部下には世話が焼けるよな」
「……まあ。でも七原って、仕事は早いんだろ?」
「まあそうだけどさ。だからつっても、程度ってもんがあるだろ」
話題の中心人物、新しく入ったその「七原」という新人は、度々遅刻を繰り返す常習犯だった。さらに「じつは身内に不幸が起きて」だの「朝起きたら頭が痛くて」などといって欠勤することもしばしば。
ただ七原は業務そのものに関しては割かし優秀で、CAD(コンピュータ設計支援ツール)などのPCの扱いはお手の物。理解も早く、タスクをスピーディーにこなしてくれる逸材でもあった。だから一層、戸部は頭を悩ませている様子。
「七原に関して、周りの部下たちも俺のとこにチクチク言ってくるようになってて」
「アイツの素行の悪さで、このままだとチームの士気も下がっちまう」
戸部の
「オレたちの世代とはもう、価値観が全然違うんだよ。昔と違って終身雇用が主流でもないし。やることやってればいいだろって考えなんじゃないか。ただオレは、そういう割り切っている人間、意外と嫌いじゃないけど」
「じゃあ川島、二課のお前のところで面倒見てやってくれよ。今度部長に頼んでみるからさ。同じ部署内の異動だからそれなりの理由付けすれば、上もすんなり受け入れてくれるだろ」
そんなこんなで一ヶ月後。
七原の一課から二課への異動が決まった。
「今日からこっちのチームに入ってもらう。よろしくな、七原」
「はい。よろしくお願いします、川島課長」
思いがけない終始ハキハキとした応答。なんだ、ちゃんとしてるじゃないか。
その後異動して来た七原は嫌な顔一つ見せず、与えられた仕事を着々とこなしていく。他の同僚とは最低限必要な会話しかせず、以前に比べると減ったものの、それでも遅刻をする日はあった。その度に上司として注意するのが億劫に感じるが、七原が入ったことで目に見えてタスクの解消が図れているのも確か。
聞いてた通り、七原は優秀だった。
勿論、遅刻などの素行を
「お疲れ様でした」
終業のチャイムと同時に席を立つと、七原は
その後の水曜日。残業もごく普通な職場だが、水曜はノー残業デーが徹底されており、どんな状況であれ帰社することが余儀なくされている。
そしてこの日は夏休み前、最後の水曜日ということで社員総出の納涼会が予定されており、今年は新たな試みとして「ボウリング大会」が開催されることとなった。
「何だ、七原か」
「お疲れ様です、課長」
「意外だな。お前こういった催しには参加しないものだと思ってたんだが」
「そんなことないですよ。と言いたいところですが。上位3位までは豪華景品が用意されていると聞いたので、それで来てみました。でも結果はダメしたけど」
「ハハハ、そうだったか。まあいいじゃないか」
「残念です。でもみんなと遊べて楽しかったです。こういう形の社員交流もアリですね」
雑談に花を咲かす、上司と部下。
頭を
翌日。昨夜とは打って変わり、この日は朝から重要な得意先との商談が控えている。出席するのは自分、そして七原。だが例のごとく、七原はまだ出社していなかった。また遅刻か。流石に今日は勘弁してほしいんだが。そう思いながらも五分、十分と、七原は依然会社に姿を現わさない。連絡すらない。
川島はたまらず、七原に電話を掛けた。
「すいません課長。ちょうど今、電話しようと思ってたところで」
「おい七原、また遅刻か。今日は大事な日なんだぞ」
「すいません」
「で、あと何分で来れそうなんだ?」
「あの、すいません」
「今日はお休みします」
「え? どうした七原。具合でも悪いのか?」
「いや……筋肉痛がひどくて」
「は?」
「全身痛くて、昨日からずっと寝れてなくて。それで体調が」
「…………」
その日を境に。
川島と戸部の喫煙室での立場は、ガラッと逆転していた。
「七原」という新人社員 七雨ゆう葉 @YuhaNaname
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