MUSCLE PASSION!!

すずちよまる

筋トレで恋は叶う?


「……ごめん…悪いけど、ガリは無理」


ある春の日。放課後。体育館裏。俺は、水川空来みずかわそらさんの目の前で、唖然としていた。

このたび男子高校生、遠山権とおやまごんは、美人優等生に振られました……。

水川さんは断るとしても、おどおどして申し訳無さそうにするだろう……という保険の予想は大はずれで、かなりあっさり振られた。

『無理』は、キツい……。


「……じゃあ、行くね」

「え、あ……」

行っちゃったぁーーー!!

夕方なのにまだ明るい春の光が、俺を強く照らした。





次の日の帰り道。

今日はとてもどんよりした気分で過ごした。

いつもよりも授業は耳に入らなかったし、体育の100m走は……20.05と、いつもより0.05秒…遅かった。

「んで、主人公がありえん呪文唱えるー!『エマシデンシカンナエマオー!』って!そしたら大魔王も倒れ……!」

俺の両サイドで、よく三人でいる“いつめん”の石丸いしまる小町こまちが、また変な漫画の会話がだいぶ盛り上がっている。

「そこで私の推し様、大魔法使いメン・ケイくんが必殺の剣技ーー!」

水川みずかわさん……もうあの様子じゃ…失恋、だよなぁ…。

諦めなきゃか……。

「でもケイくん大魔法使いなのに剣使ったのマジ意味わかんなかっ…」

「あ?」

「ゴメンナサイ」

俺は自分でいうのもなんだが勉強はめっちゃできるほうなのに……。顔だってまあブサイクまではいかないし……。

何がいけないんだろう……。

“ガリ”か……。

無理…なのか……。

「石丸、死罪」

「罪重!?」

でも、やっぱりこの長年…二年間の想いを、すぐに捨てるなんてとてもでき

「ケイくんはね!『スーパーウィザーズ』の中でダントツで一番イケメンだかんね!?でもって最強だからね!?」

「最強は“マスターウロウチョ”さんだろ」

「違うの!強さとかじゃなくて、顔面クオリティと言動と性格と態度と全て含めて最強って意味だから!ったく、これだからは……」

「んだと!?俺の方が古参だかんな!?お前は三年と4か月で俺が三年と4か月と3日…」

本当お前ら……

「うるさい!」

俺の知らない漫画の…変なバトル漫画の話をメンタルボロボロなやつの両サイドで……。

「……ごんさ、今日なんかピリピリしてね?」

「思った。どうしたの?」

二人にはまだ言っていなかった。言いたくないような気もするが……俺はしつこくなる前に打ち明けた。

「……ああ、そうだったのか…」

「そっ…か」

「うん」

沈黙がしばらく続いた。

「まあ……私たちがなんか適当に慰めたって意味ないし?」

「生きてりゃ上等!っしょ?」

意外に、二人もあっさりしている。

まあ、その方が、楽…か。

「でもさ、お前ガリだもんな。絶対水川のじゃないだろ」

え?

「水川さんの…タイプ?」

「え?まさか知らなかったの?好きなのに?」

そんなにか?


空来そらちゃんはね、“マッチョ”がどタイプなんだよ」


「マッチョ、かぁ、マッチョね。……え゛?」

俺は水川さんのストレートなボブの黒髪、銀縁の丸いメガネ、大きな黒い目、白い肌、きっちりとした制服を思い出す。

あの清楚を絵に描いたような優等生が、マッチョ好きだと?

「マッチョ?」

「マッチョ」

「マッチョ?」

「マッチョだって」

まじ…か…!?

でも……そうか、だからガリは論外ってことか……。

さらにへこんだ俺の肩を、石丸と小町は両側からポンと叩いた。

「強く生きろ」

口をそろえて二人は俺にそう微笑んだ。





「マッチョ、かぁ……」

帰宅後、部屋で課題を進めながら、自分のお腹をなでた。

自分で把握していなかったほど、ガリガリだ。

それにただ細いだけで運動もしてないし、力はもやし。

やっぱり、これじゃあな……。

なんとなく“筋トレ”と、検索してみる。

まあ、たいしたことは出てこない。


“筋トレ 即効”


“筋トレ 即効 簡単”


“マッチョ なり方”


何を検索しても同じようなメニューしか出ずだ。

もう諦めようかと、検索内容を取り消していると、“筋トレ”のあとに、“マッチョへの近道講座”と出てきた。

……近道?まあこれもどうせ同じことが…。

試しに検索してみた。

すると、“マッチョへの近道講座 斎木さいきチカラの筋トレ”というサイトが出てきた。

ページには、その斎木チカラとかいう人の写真がのっていた。マッシュヘアでかなりイケメンだが……細マッチョって感じで、水川さんの好きな感じではなさそうだ……。というか、なんか見たことある顔…?誰かに似ているのかもしれない。

『ゴリマッチョ用のメニューも!たった三日でムッキムキに!!』

そんな見出しがあり、興味をひかれた。

「いや、でもさすがに三日でって……」

まあ、やってみる価値がない訳ではないし。

俺はとりあえず、半信半疑でそのサイトのメニューを三日間続けてみることにした……。





七日後――――


「え……?」

いや、三日なわけないよな。

「…あ、もしかして…?」

急にマッチョになるなんて、逆にキモいし。

「嘘だろ……?」


まあ……七日は、かかった。


ごんか、お前!?」


クラスメートは、目を丸くして俺を見ていた。

「いや、ちょっと……筋トレをしてみたんだけど……」

「いやこんな急になるかよ!?」

「まあ、いいメニューだった?ってことかなあ」

自分でも信じられない。まさか本当に、ムッキムキになるなんて。

元々身長はあったから、チビマッチョみたいな気色悪いことにはならずにすんだ。

あれ、なんだか女子たちから若干視線を感じるような……。

まさか俺、モテそうな感じ!?

「ガチで遠山とおやま?」

「あ、やあ。小町こまち……なんでそんな顔すんの?」

「急にキモくなったなって思って」

キモ……え?

「私の推し様は細マッチョだもんね」

そう言い捨てて、小町は自分の机に向かった。

……地味にショック。

まあ、これで水川さんの目も惹けるし、俺が好きになるかもしれないし!


水川さんは違うクラスなので、廊下でなんとかすれ違えないかはかった。

休み時間、俺は教室を出て、水川さんのクラスの近くをうろうろしてみた。

「…でさー」

あ、水川さんが女子たちで話してる!

俺は軽く聞き耳をたてた。

普通に考えたら、かなりキモい。

「ほんとマッチョ好きだよね、空来そらって」

おおっ?

「大好き。キモいとかいう人ほんと意味わかんないし」

だよね!?だよね!?ほらみろ小町!

「でも私、ゴリゴリのマッチョはちょっと無理かなあ」

んだとあの女子!水川さんの好みを否定するなんて生意気な!

「えー嘘でしょ。ゴリマッチョめっちゃかっこいいじゃん。ほら、あの人……」

あれ?まさかもう俺の噂が……!?


下関しもせき先輩!!」


…………。


…………え?


「もーまたいってるー」

「柔道部の人ねー」

「こんど試合見に行くの手伝ってよ!」

「えーまあ、いいけど?」

「……でさ…が……!」


水川さん、好きな人がいる……だと!?



帰り道。

「え?まさか知らなかったの?好きなのに?」

「小町お前、知ってんのに言わないのなんだよ!?」

「えー?聞かれてないし」

「俺もお前は知ってて挑戦してるすごいやつだと勝手に思ってたぞ」

ほんとにつらすぎんだろこれは……!

小町は悪気があって言わなかったんじゃない。ガチで天然なのだ。だから責めようがなくまたつらい…。

へこんだ俺の肩を、二人はまた両側からポンと叩いた。

「デジャヴかよ」

「まあ……うん。これはもうどうしようも…」

「そういうこともあるさ、遠山」

「捨てんなよ!?てかそこ揃えろ?デジャヴするなら作れ!?」

あーもう、今度こそ諦めるのか……。





次の日の休み時間、俺は先生に捕まり、先輩の階におつかいへ行くことになった。

マッチョ姿で廊下を通るのは緊張するし結構気まずいが、目的の3年B組は、すぐそこだった。

「あのー……」

自分でも思うぐらい小さな弱々しい声で、呼びかけた。見た目がマッチョだからって、内気な中身までは変わらないようだ。

でも、近くにいる何人かの先輩は気づいてくれたようで、一斉にこちらを振り向いた。

ただ………めっっちゃ、強面コワモテ

もうなんか、顔の中央に集中線が引かれてる感じ。

この人たちは、僕が抱えるファイルに視線を落とした。

「ああ?…んだよ1年かぁ?なんだそれは」

怖すぎ。絶対ヤバい。死……

「どうしたのかな?1年生?」

立ちすくんでいると、強面コワモテ軍団の後ろから、今度は少女マンガを超える美少女が出てきた。

よかった。まともな人はいるんだ。てか、俺そんなに1年生の雰囲気なの?

「いや、2年です……あ、あのっ!御木みき先輩は…いらっしゃいますか?」

「ああ、私ですよー。御木先輩です!」

御木先輩は、ピースを顔の横におき、僕にニコッと微笑んだ。

か、かわいい……。

「この…クラスの山谷やまたに先生から頼まれて…次の放送委員会のことだと……」

「わぁ、ありがとう!おつかい偉いねー!」

さっと優しく、ファイルを受け取ってくれた。

なんか子ども扱いすごいけど……優しくて怖くなくてかわいいから、きっとまともな人……

「御木さん、これなんすか」

「なんか悪いものっすか!?例えばその筋肉野郎からのラブレターとか!?」

えっ。……強面コワモテ軍団?

「もう、あんたたち、大袈裟ね。ただのバカ山谷からのクソいらねぇ贈り物よ。立ち上がったりしなくてよろしい。見苦しい」

えっ。……御木先ぱ…

えっ?

「さてさて、坊や。もう三分で授業が始まっちゃうよ?教室に戻ろっか。ファイルありがとね!またおいで!“お姉さん”が待ってるわ」

いや、えっ?

ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ

「え、あ…はい……え?」

「じゃあねー!」

「おいガキ、次御木さんに何かしたらぶっ殺すからな」

「え、俺なんもしてな…」

「もぉー!小さい子に意地悪しちゃだめだよ?」

「小さい子!?」

「うっす御木さん!」


どういう状況!?






またその日の帰り道。

「え?まさか知らなかったの?好きなのに?」

「いや強面コワモテ御木みき先輩も好きじゃないから。わざとデジャヴ起こすな」

「てかさ、ごんって学校に関する情報知らなさすぎだろ」

「それな」

「え、そうかな……」

「だって3年B組をが治めてるのは有名だよ?」

御木女王……まあ、確かにそういう感じだった。

「でもあんなんで結局一番団結力あるからね、あのクラス。去年の体育祭で2年の中でも全校でも優勝だったし」

俺は強面軍団がリレーやら騎馬戦やらをやってる光景を思い浮かべ、鳥肌がたった。

「俺さ……やっぱり無知すぎる?」

「うん」

「間違いない」

「そっか…もう俺に青春なんてねーのかなぁ」

恋も叶わず、ただマッチョになって終わる高校生活って……

「じゃあ、今日は帰りにハンバガショップ行こ」

小町が、身を乗り出して言った。

「お、いいじゃんいいじゃん。学校情報なんでも話してやるよ。下校延長!それも青春っしょ」

なんだかんだで、二人は“いいやつ”なのだった。

「……うん、ありがと」



店について、俺たちは奥の席に座った。

石丸いしまるが、最初にいつものように椅子に座った。

そして、反対側にいつものように小町こまちが座る。

俺は、いつものように石丸の横に座……

「待てごん

「え?なんだよ」

「お前ちょっと…いやかなり…デカい」

ああ、そうか。俺がマッチョになって、横並びにくっついた椅子に座れなくなったのか。

かといって、小町の横だって同じこと……

「じゃあ悪いけど小町、石丸の横行ってくれ」

「あ、そうじゃん」

「え…まあ別に、いいけど……」

小町は珍しく、ぶっきらぼうだった、ような気がしたが……もしかして、石丸と近すぎる、か?

え、でもまさかこの二人に限って……あれれ?

とりあえず、小町以外は普通に、俺たちはハンバーガーを頼んだ。

「…権?何その……量」

石丸は、俺のトレーをまじまじと見つめた。

「量もキモイし……肉厚しか頼んでないじゃん……」

小町は少食な方なので、何かこの世のものでないものを見るような目をした。

「いや、なんかマッチョになってから、妙に腹が減って。でもなんか、炭水化物はそこまで欲しないんだよなぁ。お前ら、パンのところだけいらない?」

「いらない」

「てかさ、ガチで筋トレのメニューがよかったからって一週間ぐらいでそんなになるの?」

「おかしいよな、だったらみんなムッキムキじゃね?ネットに載ってたなら誰でもみれる訳じゃん」

まあ……そうなのだが。

自分でも信じられない。でも、俺は二人の言うとおり、かなり無知なので、そもそも基礎を知らなかったのかもしれない、と考えてる。

「俺は正しい筋トレをすれば、マッチョの素質があったってわけじゃないかなぁ」

「マッチョの素質ぅ……?」

二人はどうも納得のいかない表情だったが、渋々うなづいていた。

「じゃあさ、そのサイト見せてくれない?」

「いいよ、えっと……なんて検索したっけ……」

確か……“筋トレ マッチョへの近道講座”かな。

「あ、あったあった。…これだよ」

俺は見覚えのあるサイトを、二人に見せた。

そのときなぜか、沈黙の空気が流れた。

あれ、結構……微妙な反応?

「ちょっと待って、え、何?」

「…しい」

「え?」

「絶っっ対怪しいだろ!?」

えっ。

「よくこんなサイト開いたな!?え、何?じゃねぇ!変な薬買わされて強靭な体を作れる!とかでだまされて体ぶっ壊れたらどーするんだぁ!?」

ええっ!

「そんなっ、そんなに怪しかったらすぐ見るのやめるし……大丈…」

「いや今すぐやめろ!死ぬぞ!」

石丸はガチで怒ってきた。そんなに……

でも、心配してくれたんだよな。

「分かったって。気をつけるよ…ありがとな」

俺がそういうと、石丸は少し顔を赤くしてそっぽを向いた。

「ありがとうなって……ったく、すぐ騙される。なぁ、小町…」

「……ケメン」

「え?」

「イケメン」

…………?

「は?」

「この写真の人!斎木さいきチカラさん!……ねぇ、私の推し様、メン・ケンくんにそっくりじゃない!?マッシュ細マッチョイケメン!」

…………。

あの沈黙は、小町にとってはズッキュンの時間だった、ということか……。

なんだ、石丸とはなんもないか。少し期待した俺がバカだったな。…石丸もマッシュなのに。

「小町……相変わらずだなぁ」

「だな」



一段落ついたところで、俺たちは本題…のようなものに入った。

「でさ、前提として、遠山とおやまはまだ空来そらちゃん諦めない方針?」

う、つらい質問…

「……正直、希望は薄いとは思ってる。でもここまで来て、マッチョにもなって、なんか諦めきれないってゆーか…やっぱりまだす……好き、だし」

「だよな……うーん」

「今日のおつかいでその下関しもせき先輩も見られるかなって思ったんだけど…いなかった。クラス違うのかもな……でもきっとかっこいいんだろうし、俺なんて……」

「あのさ」

黙っていた小町が、ぎこちなく口を開いた。

「私、実は知っちゃったんだよね……一段落ついたところで、言おうと思ってたんだけど……」

「え?何を?」


「下関先輩さ……彼女いるんだよね」


…………ん?

「彼女?」

「彼女」

「マジ?」

「マジマジ」

「小町、それ誰だよ?」

「それが例の……御木女王!」

「まじか……」

モヤモヤと心臓を縛り付けていた縄がほどけるように楽な気持ちになった。

いやでも、これは水川さんの恋が叶わなかったことを喜ぶことになる。

水川さんの幸せを喜べないのは……自分が許せない…。





次の日。

登校後、廊下にて。

空来そら、空来!遠山とおやまくんいるよ!おはよー!遠山くん!」

「あ……おはよ」

「え、水川さ…おはよう……?!」


休み時間、トイレの前にて。

水川みずかわごんいるぞ」

「え?……ああ」

「…………?」


お昼休み、食堂にて。

「……空来ちゃん?ほら、権くん…」

「うん…」

「…………」


なぜか……最近よく水川さんと会う。

いやまあ、毎日会ってるんだけど、なんというか、関わることが多いというか……あいさつとか。

なんか水川さんの周りの人が僕の存在を知らせて……

え、待って待って。もしかしてこれって…?


「意識されちゃってるかもねー」

休み時間、一応女子の小町に女心とやらを聞きにいった。

「やっぱり!?どどどどうしようコレ!」

「いやまだ決断は早いよ。様子見てみな」

小町は、教科書を片付けながら慎重に言った。

「うーん、そうか……そうだよな」

「遠山くーん?」

どこからか名前を呼ばれ、振り返ると、他クラスの水川さんのお友達らしき女子が俺に手招きをしていた。横には……水川さん!?

「ど……どうしたの?」

俺はめっちゃ早足で駆け寄り、震える声で聞いた。

「あのさ、遠山くん……ちょっと、放課後……いいかな」

おお……!?

「話があって」

まさか!?

「もももちろん!?いいけど!」

「そう……じゃあ体育館裏で」

しゃあーー!!見たか小町!ロックオンだぜぇ……


「…………いま、なんと?」

あのときを思い出す、夕方の光に照らされ、唖然とする。


「だから、迷惑なの。あなたが私に告ったことも見られてクラスで広まって、私のタイプの姿になって、みたいな……フラグ立ってるの!変な勘違いがウザイから、もう関わらないで」


え、ちょっ、ま、えっー!?

うちの学校情報だだ漏れすぎない?もはや闇じゃん!

てか、え?これって、嫌われた……の?

「でも俺……ただ水川さんが好きなだけで……!」

水川さんは、俺の体を睨みつけた。

「それ、努力じゃないよね」

「え?」

「なんか、薬とか……ズルをしたんでしょ!?だっておかしいじゃない!そんな急に…あんなガリだったのに急にマッチョになるなんて!」

まあ、それは言われるよな。

でもちゃんと筋トレはしたし……。

俺はただ真っ直ぐ、水川さんに近づきたいだけで……。

そのとき、水川さんは俺の後ろを見て、目を見開いた。

「え、ど、どうし…」

「逃げるよ」

「ええっ?」

水川さんは見た目からは絶対想像できない力で俺を引っ張った。

「ちょっ、待って、どこへ……!」

「とりあえず、学校から遠いところ…!」

マジか、絶対にマッチョの俺より足速いし力あるだろ。ってか、女子の力じゃ……!?


俺たちは、結構離れたハンバーガーショップにとりあえず入った。

「はぁ、はぁ、はぁ…ちょっと水川さん…どうしたの…」

「……とりあえず、座ろう……店員は?」

「え?どういう…?奥の席座ろっか」

「え、何座る?案内されない……?」

案な…い?

とりあえず、水川さんと二人席に向かい合って座った。なんか、ぎこちない……?

「何にする?」

「……じゃあ、これ」

「肉厚バーガー……俺も!じゃあ、俺頼んでくるね」

「え?」

「え?」

……さっきから、様子がおかしい。

「頼むって?店員ついてないの?」

「……もしかして、なんだけど……水川さんって、お金持ち?」

まさか、こういうところに来たことも…

「こういうお店、初めてで…勢いで隠れようと入っちゃったけど…」

まさかの、高級レストランしかいったことないお嬢様だったとは。

「なるほど……今日は俺奢るよ」

「え、悪いよ……ご…ごひゃっ!?」

安さにびっくりしているのか、メニューを見て固まっている。


不思議そうに水川さんはハンバーガーを見つめていた。

やっぱり、かわいいなぁ…。

でもさっきの…なんだったんだろう。

「……ごめんなさい。急に引っ張ってきて」

「あ、いや別に大丈夫……ところで…何から逃げてたの?」

水川さんはしばらく黙っていたが、ハンバーガーをおいて、話し出した。

「私の家……父が社長のらしくて。…mizukawaの」

「mizukawaって、スポーツ用品の!?その“水川”さんだったの!?」


「まあ………祖父が亡くなってから父が会社を継いで……でもね、ここまで上り詰めたのは祖父だから。父は絵に描いたような親の七光り。そのくせにあたかも自分が活躍したかのような本を出して、インタビューなんか受けちゃって……ムカついた」

水川さんは、コーラを一口飲んで、あまり好まなかったのか、嫌なことを思い出したのか、顔をしかめた。

「しかも自分がもやしだからって、私が体を鍛えるのも反対してくる…。なんでも好きにさせてくれないの。さっき逃げたのも、父の部下が追いかけてきたから……。でね、この前、祖父の知り合いの息子さんを紹介されたの」


『大学生の知的で男前なご子息だ。高校のときの成績は…まああれだが…推薦で国立大学に合格したらしい。マッチョやら筋トレやら暑苦しいヤツは諦めなさい』


「本っっ当にムカついた……!私の好みを否定したあげく、どう考えてもそいつも親の力使って大学行ったんでしょ!」

……ここまで感情的な水川さんは見たことがない。

「私のタイプ……マッチョだって言ってるけどね……それは私自身が筋トレが好きで、趣味が合う人も兼ねて言ってるんだけど、本当は……」

水川さんは、薄く、少し悲しそうに笑った。


「がんばっている人……努力が見られる人が大好き。自分もがんばろうと思うし、がんばる人に悪い人はいない。自分で手に入れたものほど、綺麗なものはないから」


水川さんは、今度は輝いた笑顔を見せた。

「――――綺麗なものが好きなの」

とっても、明るくてまぶしくて、綺麗な笑顔……。


「あ、あと、誰かからもし私が下関しもせき先輩好きだって聞いてたら、忘れて。あの人彼女いるし。なんなら冷めたから。御木先輩を選ぶってセンスでね」

「えっ……そうなんだ」

「うん。でも勘違いしないでね。今は好きな人、いないから」

「あ、はい……デスヨネ」


今日は俺の知らない水川さんをたくさんみた。

俺はずっと、水川さんの“かわいい”とか“きれい”とかの見た目、姿、立ち振る舞い……そういう外見しか見えていなかった。

――――水川さんは、かっこいい……!

「こんな……こんなただ水川さん追いかけてるだけで、頑張ってない俺が言うのもなんだけど…」

でも……お父さんの話をしているときの水川さんは、いらいらもあったけど、少し悲しそうだった。


「お父さんと、話した方がいいと、思う。水川さんだって、そんなお父さんでも…嫌いな訳じゃないんでしょ?」

「……支えたいと思う。私がもっと意見だして、がんばってる人、応援したい。で……私も、筋トレがんばりたい!」

……つぅ……。

やっっぱかわいすぎる。

俺は思わず顔を逸らしてしまう。

“筋トレがんばる”は引っかかるが……。

「あ……何か……話しすぎた……。じゃあ、私、帰るから。…ハンバーガー、ありがと」

「う、うん。気をつけて!また明日ね」

「……うん」

俺は、水川さんが慣れていなさそうに店を出ていくのを見届けた。

「……頑張ってみようかな、俺も」

ハンバーガーを食べて、俺は薄暗くても明るい、藍色の空の中を歩いて家へ向かった。





一週間後。

俺はあのサイトの斎木さいきチカラさんと連絡をとった。なぜ、あんなにすぐにマッチョになるのか。聞くのは怖かったが、電話の感じはいい人だと判断して、聞いてみた。

でもやっぱり、怪しい回答だった。

『えー?そんなの、僕が筋トレの天才だからに決まってんじゃーん』

タメ口だったし……。

でもある日、とんでもないことを知る……


お昼休みのこと。

俺は、最近水川さんと話せるようになった。

「えっ、チカラ?」

「うん……これみて俺、マッチョになったんだけど…怪しいよね、どうみても……」

「私の兄だよ、それ」

「…………あ、え?」

お兄さーーん!?

「でも斎木さいきって……」

「本名じゃないよ、ただの中二病で、気に入ったかっこいいと思ってる苗字名乗ってるだけ。本名は水川能みずかわちから。もう大学生なのにねー。……でもまだそんなちゃんとした筋トレ教えてるんだー。最近薬学部に入ったからってマッドな実験してるから嫌なんだよね。筋肉膨張剤とか」

こっっわ。

「努力家だったのにさぁ。まあそれはそれで努力か……。兄、筋トレ界のトップなんだよね、一応。技術はすごいから、参考にするのは正解だよ」

そうか……じゃあ俺の筋トレは、間違いではない。

しっかりと、努力してることになるはずだ。

「ねぇ……あのさ」

振り向くと、石丸いしまる小町こまちがお弁当を抱えて寄ってきた。

「最近二人がイチャイチャしだして俺ら寂しいんだけど?」

「そんなことより」

石丸の言葉を思いっきり遮り、小町が、目を輝かしていた。

「そんなこと……?」

「ごめん!さっき聞いちゃったんだけど、チカラさんって空来ちゃんのお兄さんって……!」

「あ、うん……」

「ぜひ紹介して!!」

「えっ」

また騒がしいことになりそうだ……。

でも、俺たちのいつめんメンバーは、4人になった。

恋はまだ叶う方向が見えない。

でも水川さんと仲良くなれたのは大進歩だ。

俺はとりあえず、ハッピーエンドを期待することにした。

それで、いつか水川さんにまた、告白するんだ!

「ねぇ遠山とおやまくん」

「え?何?」

「連絡先、交換しよ」

「ふぇっ!?はっ!あ、はいはいはいもちろん何個でも!」

「いや一個でいい」

今後に期待。





そのまたある日。

今日は石丸いしまると二人だ。それも……

「でさ…その……オタ女子を落とす方法って!!?」

恋愛相談に巻き込まれている。

「にしても石丸、小町こまち好きだったんだな」

「いや別に今までは普通に仲良い女友達と思ってたけど、なんかごん水川みずかわ見てると……そういう雰囲気になるというか…意外とあいつかわいいとこあるし……」

「そういう雰囲気ってお前、キモ」

「ああっ!?」

「まあでも、本当に好きなら……やっぱこれか」

俺はチカラさんのサイトを見せた。

「オタ女子ならその推しに近づくのみ!あいつ、細マッチョがタイプだろ?」

「……よし!やるしかねーなぁ!」


俺の周りはどうもみんなムキムキしたがるような……。

全国の女子高校生の間では、マッチョが流行っているのですか?

そう問いかけてみたいと思う日頃。

でも俺はあれから、筋トレに自らもハマっている。

自分を自分で作る感じと、結果がでるというところが好きだ。

今度水川さんを、マラソンデートにでも誘ってみようかな。


この先どうなるのかはわからない。でも……

俺の青春は、恋と仲間と、で埋まる気がしてきた。

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