下拵えをどうぞ

杜村

2人の夕食

 筋トレってクセになる。

 最初は同居人に無理やりやらされたのに、いつの間にか1日休むとこの世が終わるくらいの気持ちになってしまった。

 入浴前に全身を鏡に映して、ちょっとずつ主張を始めた筋肉たちを愛でるのもまた良し。

 そうなると、鶏胸肉とブロッコリー、ゆで卵にプロテインという定番メニューに辿り着くのもあっという間だった。


「けどなあ、飽きんねん。定期的に、もう嫌やって気持ちが湧いてくるわ」

 お手製の鶏ハムをフォークでつつきながら、カオルが口の端だけで笑った。

「そう? 今日は何作ろって考えることがうなって、生きんのん楽になったけど」

「そんな、大袈裟な」

「大袈裟やないよ。本音」

「ほんでも、どっかにお披露目するわけやなし、食べるいうんは生きる楽しみやろ? 鶏胸やないもん食べたいわ。イタリアンで出るようなサラダも食べたい。卵はオムレツがええ」

「ほんなら、作ってや」

「あっ、そっか。そやな」


 フルタイムで働いている者同士の同居だ。私が掃除嫌いだから、料理を担当していただけ。

 翌日の夕食は、カオルが作るということで話がついた。


 帰宅後、キッチンに入るなという厳命により、洗濯物を畳みながら出来上がりを待った。


「お待たせー! できたで!」

 呼ばれてダイニングに行くと、彩り鮮やかな山盛りのサラダのボウル、スクランブルエッグと大葉で巻いた細長いものを盛り付けた皿が並んでいた。

「うわ、張り込んだな。葉っぱもん何種類あるん」

「サラダミックスいうの見つけてん。ワサビ菜に気ぃつけてな。あとはパプリカと、プチトマトと、ナッツも入れてみましたー」

 オムレツに失敗したらしいスクランブルエッグ的なものは焼きすぎだけど、それはそれで良し。

「こっち何?」

「ささみの大葉巻き。梅干し叩いて塗ってあんで!」

 褒めて褒めてと言わんばかりのカオル。

「肉は鶏肉なんかーい。ヘレでも出るかと思たのに」

「高かってんもん。目先変わったからええやん」

「うん。ほな、いただきまーす!」


 まずサラダを食べる。オリーブオイルと岩塩をかけただけだが、普段は入れないルッコラやトレビス、砕いたアーモンドが美味しい。

 案の定ちょっとパサパサする卵は、となりの大葉巻きから染み出した汁に浸された部分が美味しい。

 そして、梅干しの種を取って叩いて大葉で巻くという、思いの外手間のかかる一品に箸を伸ばす。

「ん? んー?」

 ささみを縦に半分に切ったと思われる大きさだが、あ、これはやっちまったな。カオルも口にして、難しい顔をしている。

「なあ、これ筋取ってないな」

「筋って何?」

「白いピラピラ。ちょこっと出とったやろ?」

「あー、あの栞みたいなん?」

「取ったやつも、よう焼いたらイケるんやけどな。それか、全部をバンバン叩いたら舌に触らんけど。けど、よう噛んだらええわ。ええ味やし」

「うーん、初めて食べたかも。そうか。今まで誰かかれかが取ってくれとったんか」

 カオルは難しい顔をして咀嚼している。

「ささみって、どこやっけ?」

「胸の骨の脇。右左みぎひだり1本ずつ。胸筋の奥にあるんやて。白いピラピラはな、筋っていうけど神経やで」

「神経か。ナンコツもズリも美味しいのに、これは微妙やな」

「そうか?」

「気ぃつかわんでええよ、シオン」

 上目遣いになるカオル。

 いつもと違うことをした夜は、甘やかに過ぎてゆく。

 

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下拵えをどうぞ 杜村 @koe-da

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