姫は拳で未来を拓く・後編

「…来るぞ」


 人払いならぬ魔物払いは済ませてある。この廊下にいるのは、魔王とアンティア。そして、今階段を上がってきた勇者だけだ。

 勇者はこちらの姿を認めると、途端に怒りを露わにした。剣を抜き、何故かアンティアにその切っ先を突き付ける。


「見つけたぞ、姫を騙る化け物め! お前を打ち倒し、アンティア姫を取り戻す!」


 おかしな事を言ってくる不法侵入者に、魔王は怪訝な顔を向ける。


「姫を…騙る?」

「とぼけるな! 化けて本物の姫と入れ替わり、エルヴァスティ王国を混乱に陥れた悪逆非道めが! 姫をどこへやった? 隠すとただじゃ済まないぞ!」


 そう叫んだ勇者は、腰に括りつけていた一枚の紙を開き、見せつけてくる。

 開かれた紙には、アンティアと思しき似顔絵が描かれている。しかしその紙の様式は、肖像画というよりは手配書に近い。


「…ふっ、そういう事か」

「どういう事だよ」


 得心した様子のアンティアに、魔王は訊ねずにはいられなかった。彼女の過去の語りから薄々感づいてはいたが、認めたくない気持ちが強かったのかもしれない。


「父王は勇者を使い、我を亡き者にしたいのだ。手際の良さを見るに、前より策は練っていたのだろう。

 後は如何様いかようにもすれば良い。適当な女を王女に仕立て、勇者にくれてやるもよし。適当な死体を王女だと偽り、葬ってしまってもよし。

 いずれにしても『第一王女が魔物に囚われていた』という事実は、魔王領侵攻の良い着火剤となる」


 魔王は思わず舌打ちした。エルヴァスティ王がアンティアを救出するはずがない理由が、今なら分かってしまう。


「…それはまた、嫌な話だな」

「だがこれは、王族として…父王の為に、我が出来る最後の孝行と言えような…」

「何を、ごちゃごちゃとっ!」


 こちらの会話を断ち切るように、空気の読めない勇者が剣を手に飛びかかってきた。憮然と両手を下ろしているアンティアに向けて、剣が振り下ろされる。


 ───ギィンッ!


 寸での所で、魔王はその剣を盾で食い止めた。右手に炎の魔力を込め、勇者に向けて放り投げる。


「くっ!」


 牽制に放った炎の魔力は、身を翻した勇者の右側を掠めていった。遠い先の床に着弾すると、爆裂四散して真っ赤な火柱を上げる。


 勇者との距離が取れたのを見計らい、魔王はただ立ち尽くしているアンティアに声を荒らげた。


「お前は何でこの城へ来た?!」


 戦いとは何の関係もない問いかけに、アンティアのいかつい顔から困惑が読み取れる。


「それは…汝の、花嫁に」

「ああそうだ。

 薄暗い部屋に閉じ込められたまま、、疎まれ一生を終えるよりも、魔王の嫁になる方がまだマシだと思ったんじゃないのか!?」

「───っ?!」


 アンティアの面持ちに驚愕が入り混じる。どうやら、魔王の考えは間違っていなかったようだ。


 エルヴァスティ王は、治療と称してアンティアの毒殺を試みていた。

 最初は治療だったのだろう。しかし一向に改善の余地が見られなかった為、業を煮やした王は毒による死を求め始めた。

 そしてそれに、アンティア自身は気付いていたのだ。


 魔王によるアンティア誘拐は、死に怯える彼女にとって、渡りに船になっていたに違いない。


 勇者の攻撃魔法による猛攻を盾で防ぎながら、魔王は声を張り上げた。


「そんな糞親の事なんか、今すぐ忘れろ! ここからはお前の人生だ! お前の勝手にして何が悪い! お前は一体、どうしたい!?」

「我は………我、は───」


 魔王の背中に守られたアンティアは、肩を震わせ俯いている。


 彼女にとって、ここで示される願いは人生の指標となるだろう。親から望まれて来なかった彼女にとって、ここが出発地点だ。ぶれる事のない、眩きものであるはずだ。


 やがて、アンティアは顔を上げた。その瞳には一筋の涙が零れて行き、絞り出した野太い声には決意が込められていた。


「我は、生きたい!!!」

「よく言った!! ならば戦え! 勝ち抜いて、生き残ってみせろ!!」


 喝を入れられたアンティアはその身を奮い起こし、盾を構えた魔王の背後から躍り出た。

 弾幕のように降り注ぐ氷魔法の飛礫を巧みに躱し、呼吸を整えながら拳に力を込める。


「こはあぁああぁぁぁ───」


 身体中の気が拳に満ちる。全てを砕けと魂が叫ぶ。過去も、しがらみも、執着も、この一撃で乗り越えてみせろと訴える。


 眼前の勇者は魔法を中断し、剣を握り締めて突きの態勢を取った。突き出された剣の切っ先はアンティアの心臓を的確に狙う───が。


「ぬうぅうぅんんっ!!!」


 ───パァッ!


 気合いと共に突き出したアンティアの拳が勇者の剣の先に触れると同時に、二人の間で閃光が迸った。


 激しい力のぶつかり合いの末に起こったのは、勇者の剣の崩壊だった。


「なっ?!」


 勇者の顔に狼狽が浮かぶ。アンティアの拳を刺し貫くと思われていた剣が、逆にバラバラに砕けて行ったのだ。戸惑いは当然だった。


 束までも砕いたアンティアの一撃はそれだけでは留まらず、身を捻って躱そうとした勇者の右肩も撃ち抜いていた。ショルダーガードからも崩壊が始まり、全身鎧全域を満遍なく砕いていく。


「物質崩壊の闘気か。良い拳だ」


 魔王とて、ただ観賞していた訳ではない。アンティアが躍り出たと同時に防御を解いた魔王は、アンティアに気を取られていた勇者の背後に回り込んでいた。


 不法侵入者にかけてやる情けはない。魔王は剣を振り下ろし、鎧を失いガラ空きになった勇者の背中を切り捨てた。


 ───ザンッ!


「───あ」


 魔王城を散々蹂躙した勇者も、断末魔ばかりはか細かった。事切れた災禍の主は力無く崩折れ、絨毯に赤いシミを作るだけの置き物と成り果てた。

 

 騒動が収まり、魔王は盾と剣をかき消してアンティアを見やる。


 彼女はぼんやりと自分の手の平を眺めていた。

 魔王にとっては、自慢の盾をへこませた厄介な拳ではあるが。

 彼女にとっては、未来を掴み取った勲章のようなものと言えるだろう。


「う、うぅ」


 彼女の心中に去来したのは何だったのだろうか。溢れかえった感情を清算するかのように、アンティアは泣き出してしまった。


「うあぁぁああぁぁあぁぁぁ───」

「ああ、ああ。きったない顔して泣くなよ。子供じゃあるまいし」


 涙どころか、鼻水もよだれも撒き散らして、先程の雄々しさは見る影もない。

 魔王は呆れながらも彼女の背中を撫で、しばしなだめる事を優先した。


 彼女の人生がここから始まると思えば、これは産声と言えるだろう。



 ◇◇◇



 ───魔王と共に勇者を打ち倒したアンティアは、その後魔物達に温かく迎え入れてもらえる事となった。

 元より多種多様な種族が集まる魔物界隈は、”見た目”よりも”強者”が好まれる風潮があり、魔王に匹敵する実力を持つ彼女に惹かれる者は多いようだ。


 魔王との仲も良好で、彼女が趣味で始めた家庭料理によって瞬く間に陥落。今では、公私ともに良きパートナーとなっている。


 ただ、夜の営みについては魔王にも思う事があるようで───


「すっごく…すっごく、いいんだけどさぁ…。抱いてる内に、何だか抱かれてる気分になっちゃうのだけは、何とかならないかなぁって…」


 ───と、部下達に惚気のような愚痴を吐く事もあるとか…。



 めでたしめでたし。

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深窓の姫君の事情 那由羅 @nayura-ruri

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