瑞々しさを求めて

セントホワイト

瑞々しさを求めて

 その男には誰もが認める筋肉があった。

 幾人もの男たちが憧れ、また偉大な芸術家たちが男の絵を描くほどの造形美を持っている。

 太く鍛えられた上腕二頭筋や胸の厚みは脈動感に溢れ、引き締まった全身の筋肉は数多の女性たちを魅了する。

 荒々しくも野性味が溢れ、どんな怪物や暴漢であろうとも男の筋肉を見たならばたじろぐのも仕方がないほどに完成された筋肉美。

 もしも、この男が剣を持って暴れるような事態となれば銃器を使わざるを得まいと思わせてくれる。


 しかし、その男には致命的な欠点があった。


 それは彼が……生きていないということだ。

 呼吸をせず、心臓はなく、血液は循環せず、考える脳もなく、筋繊維さえも彼は持っていない。

 それは彼がだから。

 作られた美は製作者の感情が多分に含まれ、創造され、余計なものは取り入れられてはいない。

 彫られ、削がれ、研がれ、磨かれ、幾つもの工程を経て男は完成されていた。

 だが。時に不思議な話はあるもので、製作者の手を離れてから途方もない長い年月が経ると奇妙な話が持ち上がる。


 長い年月が経っても劣化していない。むしろ瑞々しさを得ているように見えると。


 部屋の一室に飾られた男の彫像は白い部屋の中央に設置され、その肉体美には今までどこか違う、得も言われぬ神々しさに似て非なる艶やかさが宿っていた。

 SNSの普及によって次々に取り扱わられたことにより、観光客たちが押し寄せるほどにもなった彫像は当時関東の美術館に設置されていた。

 まるで命を授かったかのような彫像は脈動感に溢れ、まるで生きている本物の人物のようであると誰も彼もが持ち上げた。

 だが彫像の素晴らしさの裏で奇妙な話も持ち上がり、その内容は唐突に辞めていく美術館の館長だった。

 お客は年々増加して入るのに、一年にも満たない期間で美術館の館長は変わっていく。

 そのことに疑問を持ったとある記者は元館長たちに訪ねに行ったが、美術館を辞めてからひと月後に亡くなっていた。


「……逃げろ。逃げるんだ……逃げ場がないとしても……」


 そんな言葉を全員が残して。

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