召喚勇者は筋肉ですべてを解決する

御剣ひかる

筋肉で語る!

 世界が魔王率いる魔物に支配されつつある。

 人間はこの数百年、魔物と戦い続けた。

 戦況は一進一退を繰り返すが、数年前、魔王の配下にとても強い魔物が現れ、人間は圧され始める。

 あっという間に人の住む地域が魔物の支配下に呑み込まれていく。


 たかが魔物一匹に、と勇み立っていたのは初めだけだった。

 歴戦の戦士すら簡単に屠られ、人間は禁術に手を出すことも致し方なしとの選択をする。


 つまりは、異世界から勇者となりうる者を召喚する転移術だ。


 これ以上魔法を扱える者が減ってしまうとその術すら使えなくなり、世界は魔物のものになってしまう。

 世界を人間が支配するなどとは言わない。せめて人間が安心して暮らせる土地を確保する。

 人々の願いが、禁術の解禁を促した。


 太古の昔に異世界から呼び寄せられた者はたった一人で魔王軍を蹴散らしたという記録がある。その者は武器の扱いも魔法にも長け、いや、人間の範疇を超えていたという。

 だが転生の術で犠牲になる命も少なくはない。

 ゆえに禁術とされていたのだ。


 魔力を扱える者の中から選りすぐりの三十人が選ばれ、誰一人、自分が犠牲になることをいとわなかった。


 かくて術は成され、魔法陣の中に一人の大柄な男が姿を見せた。二十代半ばほどの、いかにも強そうな男だ。男が身を起こすだけで「気」が動くのを感じる。


「おぉ、たくましき勇者様」


 唯一残った国の王が首を垂れ、状況を説明する。


「……つまり、俺は三十人の人間を犠牲にして呼ばれたということか」

「さようでございます」

「なんてことだ! そんなことは間違っている!」


 勇者とあがめられた男が吼えた。


「俺がすべて解決してやる!」


 筋肉の塊の腕を曲げてさらに筋肉を強調する。

 きっと蘇生魔法を使うのだと誰もが思った。


「……ふん! ふんふんふんふんふーん!」


 なんと勇者は召喚に携わり命を落とした術師たちの背中にてのひらをうちあてるだけだった。


「筋肉は、すべてを解決する!」


 男がすがすがしいドヤ顔の後ろで、なんと、息絶えた者達がむくりと起き上がる。


「おおぉ、素晴らしき蘇生魔法」

「あのてのひらに魔力を込めていたのだな」


 周りの者が絶賛すると、勇者は首を傾げた。


「魔力? そんなものは持っていない。気合いを注入しただけだ」


 つまりは、活を入れただけだ、と。


「バカな……」

「いやしかし、現に死者はよみがえっている」

「この際、魔力だろうが筋肉だろうがかまわん。勇者様は間違いなく魔物どもを蹴散らしてくれるだろう」


 勇者は歓待され、旅に必要な道具を渡され供の者を連れて、召喚の半日後には領土奪還の旅に出ることになった。


「勇者様、本当に戦うのはおひとりで大丈夫なのですか?」

「うむ、俺に任せておけ」


 見の周りの世話をする者達は、他に戦える者がいないことに不安を抱いていたが、勇者の初陣を見ててのひらを返した。


 山ほどもある巨体の一つ目の怪物も、数と俊敏さを武器とする四つ足の獣の群れも、勇者の拳と蹴りであっけなく沈んでいった。


 拳を天に掲げ、勇者が勝利宣言をする。


「筋肉はすべてを解決する!」


 どうやらこれが勇者の口癖のようだ。

 供の者もやがて、勇者の勝利の際に雄たけびを上げるようになっていった。




 旅をはじめて一週間後、勇者はかつて人間が統治していた国の王城にたどり着く。

 ここを奪還すれば人々の暮らしは安定するだろう、とのことだ。


 勇者としては魔王城まで一気に乗り込みたいところだが、国王の頼みとあれば断れない。まずはこの地を完全に取り戻すことにする。


「おそらく王城には罠が仕掛けてあるでしょう」

「強い力を持つ魔物も集まっていることと思われます」


 供の者の忠告に「大丈夫だ」とうなずいて、勇者は王城へと足を進める。


 廊下を進むと罠が作動し、矢がうなりをあげて飛んでくる。

「この程度、筋肉で防ぐ!」

 勇者は矢先を拳で薙ぎ払う。


 先に進む扉には強固な魔法の鍵がかけられている。

「この程度、筋肉で砕く!」

 勇者は鍵を扉の取っ手ごと破壊する。


 広間では魔術に長けた魔物が一斉に即死級の魔法を放ってくる。

「この程度、筋肉ではじき返す!」

 猛毒も業火も雷の槍も勇者の体を傷つけない。


「化け物か」

 魔物にすら化け物呼ばわりされる勇者であった。


「えぇい、おまえらふがいないぞ」

 玉座に座っていた魔物が立ち上がる。

「忌々しい人間の勇者め、オレが直々に相手をしてやろう」


 堂々と現れた魔物は身長こそ二メートル強と、魔物としてはさほど大きくはない。が、体を覆う筋肉は勇者に負けていない。

 まさに筋肉対筋肉だ。

 人間と魔物の代表と言える二人は激しく睨みあう。

 が。


「……おまえ、ひょっとしてマサか」

「そういうおまえはタツ!」


 なんと、魔物も異世界召喚で呼ばれたのであった。しかもこの二人、同じ世界から呼び寄せられたのだ。


「ジムに来なくなったからどうしたのかと思っていたらまさか魔物になっていたとはな」

「最初は戸惑ったが、もう魔物として暮らすしかないなと開き直ったところだった」

「よし、再会を祝して、一戦やるか」

「おうよ」


 二人は親密な笑顔を消して、身構える。

 どれほどのバトルになるのかと魔物も人間も物陰に隠れながらも視線はしっかりと二人を捕らえる。


 魔物のタツが両腕を上げ、ガッツポーズをとる。


「フロントダブルバイセップス!」

「むぅっ、素晴らしい腕の筋肉! 三角筋の盛り上がりが美しすぎるな。しかし俺も負けないぞ」


 勇者のマサが半身になり、腰の辺りで右手首を左手で掴んで腰から太ももを強調するポーズ。


「サイドチェスト!」

「おぉっ、なんて輝かしい大殿筋。よし、オレはアブドミナルアンドサイ!」

「ならば俺はモストマスキュラー!」


 かくてマサとタツのポージング対決は延々と続いた。




「さすがタツ。魔物となっても鍛錬を怠っていなかったのだな」

「マサこそ、オレがいなくなって腑抜けていなかったか」


 二人は見つめ合い、うなずいて同時に言った。


「そこまで絞るには、眠れない夜もあっただろう」


 わっはっはっは、と肩を組み笑いあうマサとタツ。


「我々は何を見せられているんだ……」


 魔物も勇者の供の者も呆然としていた。




 二人の勝負は引き分けとなり、魔物と人間の間で和平交渉を持つこととなった。


 人間側は、占領された王国の領土を返してもらうこと。以後侵略して来ないこと。

 魔物側は、不可侵を約束する代わりに人間の領土で取れる食べ物を一定数納めること。

 双方納得の上で締結された。


「やはり筋肉はすべてを解決するな!」


 魔物の雄、タツと人間の勇者、マサはこの世界にとどまることにした。

 時に酒を酌み交わし、時にポージング対決をしながら魔物と人間双方が条約を守ることを見守り続けたそうだ。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

召喚勇者は筋肉ですべてを解決する 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説